第36話「救国の英雄たち」
シデ城砦は、陥落の危機に瀕していた。
いや、もはやこれは、まだ落ちてないだけと言っていいだろう。
モンスターの大群は、すでに城砦をぶち抜いて南へと進軍している。
四本あった物見櫓は、天空を飛翔する
五千匹のスタンピードを前に、小さな城砦は何の役にも立たなかった。
それどころか四方をモンスターに囲まれて、百余名の警備兵はもはや逃げることすらできない。
「た、隊長……」
絶望的な戦いだ。
傷つき、倒れ、動揺する兵士たちに、警備隊長のオルハンは声をからして叫び続けた。
「剣を振るえ、矢を撃ち続けろ。まだ終わってないぞ!」
そうだ。
城砦はボロボロに崩れて、満身創痍となっても、我々はまだ生きている。
誇りある王国兵士は、最後の一兵までも戦い抜く。
「そうじゃねえ、隊長。その腕、早く治療しないと!」
城壁を越えて襲い来るガーゴイルの切り込みを受けて、オルハン自身も左腕を断ち切られていた。
「そんな暇は、ない!」
片手で弓は引けなくとも、剣はまだ振るえる。
オルハンは、自らの左腕を奪ったガーゴイルを長剣で叩き伏せて倒した。
自らの血と、モンスターの血に塗れても、まだ生きている。
倒すべき敵は、まだいくらでもいる。
「た、隊長。あれ!」
「だから、口を動かす前に……」
副長格のベテラン警備兵ヘルムの指差す後方を見て、あれほど戦えと叫んでいたオルハンは、剣を止めてしまう。
城砦に攻め寄せてくるガーゴイルですら、驚いたのかみんな動きを止めていた。
「……なんだ、あれは」
夢でも見ているのだろうかと、オルハンは己の眼を疑った。
一陣の砂煙が、五千匹のモンスターを一網打尽になぎ倒しながら、こちらに駆けてくる。
ひゅっと砂煙からきらめく何かが空に舞ったと思うと、天空を飛ぶ
あまりの光景に、凶悪なモンスターどもが恐怖に絶叫して、一斉に逃げ惑い大混乱に陥った。
じっと眼を凝らして、ようやく見えた。
一瞬にしてこの絶望的な戦況を覆したのは、きらめく鎧の女剣士であった。
たった一人の剣士が、城砦でも止められなかった五千匹の群れを止める。
そんなことができる人間は……。
「ありゃ神速の剣姫だ! みんな、勝ったぞ!」
警備兵のヘルムが、いち早く気がついて叫んだ。
アナストリア王国最強のSランク女剣士、大公爵アルミリオン家の息女にして、神剣『不滅の
剣姫アナストレア・アルミリオン!
この状況で剣姫の名はどれほど心強いか。兵士たちから、歓喜の雄叫びが上がる。
確かにそうだと、オルハンは確信する。
あんなことができる人間は、剣姫アナストレア殿下しかいない。
「みんな、あと一息だ。気を抜かずに生き残れ!」
「そうだ隊長、とにかく血を止めねえと」
ヘルムは、慌ててオルハンの傷口を包帯で押さえる。
ちぎれた左腕はもうどうしようもないが、血を止めないと命にかかわる。
「すまんなヘルム」
「あれ、隊長。傷が……」
血がいつの間にか止まっていた。
それだけではない、断ち切れたはずの腕が再生し始めていた。
「まさに、神の奇跡だ」
警備隊長のオルハンは思わず天を仰いだ。
それだけではない。
回復魔法はモンスターにダメージを与えるのか、空飛ぶ悪鬼ガーゴイルたちが次々と墜落して、苦しみのたうち回っている。
「主神オーディアよ、勇敢なる勇士たちの傷を癒やし給え!」
賛美歌のように天に響く美しい祈り。
純真の聖女セフィリア・クレメンスの
続いて、城砦の上に飛び上がってきた魔女マヤが、賢者のローブを風にひるがえしながら、モンスターの群れに向かい呪文を詠唱する。
「万物の根源よ、天地の法力よ、我がマヤ・リーンの下に集え! 天空の流れ星よ! 我が召喚に応じ! 地へと降り注ぎ! 激発せよ! 神の理に背きし悪しき者どもに今こそ天の裁きを!
真昼に夜空が生まれ、天から流星が次々と降り注ぎ、モンスターの群れは瞬く間に壊滅した。
万能の魔女の名に相応しき、圧倒的な魔法力。
Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の三人だけで、五千匹のモンスターは瞬く間に駆逐されていく。
「これ、俺達いらねえじゃないか」
Aランクパーティー『流星を追う者たち』のリーダー、アベルは苦笑する。
元Aランクのギルドマスターであるゲオルグは、軍馬の上から雄叫びを上げ大剣を振り回し、モンスターの群れを打ち砕く獅子奮迅の活躍をしている。
同じく冒険者たちの先頭に立った流星の英雄アベルも、自慢の流星剣を振るい、瞬く間に十数体のゴブリンを倒した。
Aランクの英雄、ゲオルグやアベルは十分に強い。
だが、なまじ強いからこそ思うのだ。
剣姫たちの活躍は、もはや人のレベルを超えている。
アベルが目指す、冒険者の頂点たる大英雄。
Sランクの壁は、これほどまでに高いのかと……。
「アベルくん、そう腐るではない! 私たちにも、剣姫様が討ち漏らしたモンスターを一匹も逃さないという仕事があろうよ」
Cランクパーティー『熊殺しの戦士団』のリーダーである巨漢のランドルは、大斧を振り回しながらアベルのカバーに入った。
戦いは、英雄一人ではできない。
街を守るためにみんなの協力が必要なのだと、ベテラン冒険者のランドルは知っている。
「そうよ。モンスターをやっつけても、まだ悪神ってとんでもないのがいるんでしょう」
ショートソードを振るいながら、女盗賊のキサラも精一杯戦う。
「ケインさんが進む道は、僕らが作るんですよ。万物の根源よ、敵を撃ち落とせ!」
魔導書を片手に、瓶底メガネの魔術師クルツも、懸命に
五千匹のモンスターたちの殲滅は進んでいた。
だが、戦いはこれだけで済むはずがない。
「む、いかん! みんな伏せろ!」
軍馬から慌てて降りた冒険者ギルドの長、ゲオルグが声の限りに叫んだ。
遠くに見えるシデ山から、黒い波動が放たれたのだ。
「ぐおおおお!」
「きゃー!」
巨漢のランドルや、Aランクパーティーの女盗賊キサラですらも、その波動に耐えきれなかった。
ほとんどの冒険者は、巻き上がった瘴気の突風に弾き飛ばされた。
「あれが、悪神なのか」
流星の英雄アベルは、身を震わせて思わず悲鳴を漏らした。
アベルは強いからこそ、自分たちがどれほどヤバイ存在を相手にしてしまったのかがわかってしまい、恐怖に震える。
剣姫たちが超人ならば、向こうは悪しき神。
シデ山から、夜の闇よりもなお暗き漆黒の闇が、おぞましい瘴気を漂わせながら近づいてきていた。
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