第20話「マヤの憂鬱」

 逃げ出した聖女セフィリアの捕縛に成功した『高所に咲く薔薇乙女団』は、定宿先の『黄金の釣鐘亭』のロイヤルスイートルームで作戦会議中だ。


「勝手に抜け駆けするなって言ってるでしょう」

「私は、ケイン様と……」


 また剣姫アホ聖女てんねんがケインのことで言い争っている。

 これツッコまずに放っといたらどうなるかとも思うのだが、会話が噛み合わないままにずっと続くから恐ろしいのだ。


「もちろん、いずれ新たなSランク冒険者となったケインは、私達のパーティーメンバーに入れるわよ。今はまだ、その下準備をしている段階で」

「……誓約、しなきゃ。ケイン様が私の運命、だから」


 あかんこいつら。

 ツッコむのも疲れるけど、黙って見てるほうが疲れる。


「あーもう、お互いに勝手にしゃべるのやめえや。まず、剣姫。ええかげんことあるごとにケインケイン言うのやめえや」

「そんな犬の鳴き声みたいに言ってないわよ!」


「それを言うならキャインキャインや。剣姫割りとそういうとこ拾っていけるんやな……じゃなくて、アナ姫はウチらがこの街に来た目的を忘れてるやろ」

「忘れてなんかいないわよ。シデ山に封印されてる悪神の復活を阻止して、モンスターの異常発生を止めるんでしょう」


「そうや、わかっとるやないか」

「そのために、ケインを新たな協力者にすべく育ててるんじゃない」


「なんでやねん」


 Dランク冒険者をSランクまで成長させるとか、百年かかる。

 それを三日ぐらいで育つんじゃないと本気で思ってるのが、常識を知らない天才剣士アナ姫の恐ろしいところなのだ。


「ケイン様、育てる」


 聖女セフィリアまでそう言う。

 恐ろしいことに、そこでは剣姫アホ聖女てんねんの意見が一致してるのだ。


 マヤには、二人がおっさんに惚れ込んで頭がどうにかなってしまったとしか思えない。


「私は、聖女の誓約をケインに使うのは賛成なのよね」

「いやいや、あかんて!」


「でもなんか儀式がエッチっぽいというか、男女でそういうのはまずいんじゃないかとも思うのよ」


 手をモジモジとこまねいて、頬を紅に染めるアナ姫。

 アナ姫はイケイケタイプに見えるのに、意外と性的なことには免疫がなかったりする。


 いろいろと回りくどいことを言ってるのも、好きになってしまったケインとまともに話せないからじゃないかと疑ってしまう。

 まあそういうお姫様育ちで奥手なところは可愛いのだがと、マヤはため息をつく。


「誓約は、エッチじゃない」

「で、でもなんか、抱き合ったりするんでしょ……」


 どんどんほっぺたが赤くなっていくアナ姫。

 また話がずれてしまっている。


「セフィリアも、セフィリアや。聖女の誓約ができるんならアナ姫に使わんかい」

「いや」


「なんでやねん。明らかに悪神を倒すための秘策っぽい儀式やろ」


 大賢者の養女であるマヤは古今の民話、神話にも詳しい。

 過去の伝説では、聖女の誓約は勇者に神聖力を与えるとなっているのだ。


 悪神の復活なんて神話級の危機が起きて、当代随一の天才剣士のアナ姫がいる。

 まさに今こそが、聖女の誓約の使いどきだろう。


「悪神を倒すのは、勇者でなく善者」

「またそれか。なんやねん善者って、気のいいだけのおっさんが善意だけで悪神を倒せたら、誰も苦労せえへんわ」


 それどころか、復活しかかった悪神を抑えるための死闘で、セフィリアは一度命尽きて死んでいるのだ。

 全くシャレになってない。


 確かにセフィリアの蘇生に、ケインのおっさんが力を貸してくれたことは事実だ。

 マヤだって、そのことについては恩義を感じもしよう。


 だからといって、悪神を倒す切り札とも言うべき聖女の誓約を、おっさんに無駄打ちするのを許しておくわけにはいかない。


「ケイン様は、いい匂いがした」

「な、な、何言ってるのよ!」


「お父さんと一緒の匂い」

「ちょっと、それってどんな匂いだったの?」


 また話がずれている。

 なんでこいつらは、そろいもそろって三十代も半ばのおっさんに首ったけなのだろうとマヤは頭をひねる。


 ファザーコンプレックスなのだろうか。

 そういう意味では、養父ようふである大賢者ダナ・リーン以外の男性が嫌いなマヤにも素質があると言えるのだが。


 マヤには、やっぱりケインはただの気のいいおっさんにしか思えない。


「なあ、セフィリア。そのケインのおっさんが悪神を倒す善者になるってのはどういう理屈やねん。どんな天然でも、セフィリアは他ならぬ聖女や。なんか神話的な根拠があるんなら、ウチも考えるわ」


 うーんと、セフィリアは首を傾げてから答える。


「……聖女の勘?」


 だめだこりゃ。

 マヤだってセフィリアにイジワルをしたいわけではないのだが、この国の希望をそんなあやふやなものに使わさせるわけにはいかない。


「聖女の誓約をケインのおっさんに使うのは、やっぱり禁止や」

「そうよ、やっぱりその、エッチなのはダメよね……」


 アナ姫は、話がこんがらがるから少し黙っててほしい。


「マヤのケチ」

「とにかく、ダメなもんはダメや。さあ、今日も山を調査しに行くで」


「それなら、ケインがまた薬草狩りに行くみたいだから付いて行きましょうよ」

「まあ、それでもええか」


 シデ山の隣のクコ山でも、モンスターの異常発生が報告されている。

 ケインの後を付けて人里により近いクコ山を探索してモンスターを退治しておくのは、『高所に咲く薔薇乙女団』の目的にも敵っているとは言えるのだった。


 どうせろくなことにならないだろうなあと予測しつつ、やっぱり美少女が好きなマヤは剣姫には逆らえない。

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