第三章「魔女マヤ」
第21話「クコ山散策」
今日もケインは、山の麓にある祠で山の神様にお祈りしてから、薬草狩りの仕事を始める。
最近やけにケインの調子が良いせいかもしれないが、孤児院の子供たちの宝物で飾られた祠は清らかに輝いてみえる。
「おかげさまで商売繁盛です。ありがとうございます」
教会の経営が安定したため、薬草狩りの仕事の報酬は銀貨三枚にまで回復していた。
さらに規定値より多く集めれば、成果報酬まで付けるという話だった。
いつもタップリと薬草を採ってくるケインにとってはありがたい話である。
ただ、山でやたら増え続けているゴブリンには難儀する。
山に入って薬草を集めてそろそろかと下りていくと、棍棒を持ったゴブリン二匹と遭遇してしまう。
ここまでなるべく避けて歩いてきたのだが、これ以上道を外れると迷ってしまいそうだ。
もはや、戦いを避けるわけにもいかない。
「ギャー!」「ギョー!」
「悪い」
一匹を素早く不意打ちで斬り払い、二匹目も思い切りよく斬って捨てるケイン。
使っているミスリルの剣と鎧が良い……だけではなかった。
ドラゴンとの戦いや、カーズたちとの戦闘で土壇場での度胸がついたということもある。
意外にも、剣姫の訓練はケインの心と技を鍛えていた。
もちろんそれは、Dランクの範囲のささやかな進歩ではあるが、おっさんだからと言って戦闘経験が無駄になるわけではない。
人は死ぬまで成長する動物なのだ。
「だ、誰かぁー助けてくれー!」
ケインが倒したゴブリンから耳を集めていると、そこに男の悲鳴が響いた。
どっかで、聞いたことがある声だ。
声の方に駆けていくと、下の崖の方を見ているゴブリンが三匹いた。
一匹は棍棒ではなく、錆びた剣まで持っている。
行けるかどうか一瞬迷ったが、助けを呼ぶ声が聞こえたのだから行くしかない。
ギャーギャー騒ぐゴブリンたちがこっちに気がつく前に、さっきの要領で不意打ち。
一匹!
「ギャー!」
二匹!
「ギュー!」
そこまでは良かった。
だが、三匹目は錆びた剣で斬りつけてくる。よけるのも間に合わない。
「ギョー!?」
「ハッ!」
だから正面から受けて、突き飛ばす。
「ギャァ!」
三匹目が転んだところを、剣で刺して片付けた。
「ふう……」
倒した後、一呼吸置きながら構えるのは、残心という行動。
ゴブリンは群れで行動するモンスターなので、全員倒しても油断はせず辺りを見回す。
良し、敵はいない。
ケインは、ゴブリンたちが覗き込んでいた崖を見る。
「あ、ヨルクさん?」
「ケインか。ゴブリンは大丈夫だったか」
ヒョイッと、斜面を下りる。
クコ山を知り尽くしているケインは、崖に見えても下りられるコースを知っているのだ。
「ゴブリンなら、何とか倒しましたよ」
「そうかあ。ワシも、もう歳かなあ。一人だけゴブリンから逃げ遅れるなんてなあ」
麓の村で木こりをしているヨルクは、まだ歳というほどではないのだが、もう五十をとうに過ぎた初老ではある。
茶色の髪にも頬髭にも、白いものがだいぶ混じっている。
「何言ってるんです、ヨルクさんはまだまだ若いでしょう。でも、あんまり無理しないでくださいよ」
「ああ、すまねえ。だが、ゴブリンを三匹もやっつけるなんてさすが冒険者だ。ワシだって昔はなあ、いてて……」
立ち上がろうとして、ヨルクは痛みに顔をゆがめる。
「あー、足をくじいてますね」
ヨルクの足首を調べると、腫れているのが見て取れる。
また崖を無理に下りるときに足を木にでも擦ったのか、それともゴブリンにやられたのか、ズボンが破れて血も出ていた。
「ケイン。迷惑かけてすまんが、村まで送ってもらえるか」
「良かったら、回復ポーション使います?」
ケインが『双頭の毒蛇団』のカーズたちとの戦闘でポーションを使ってしまったと聞いたシスターシルヴィアに、もしものときのためとポーションをもらっているのだ。
「いや、これしきのことでそんな高いもん使えねえよ」
「そうですか、じゃあちょっと待ってくださいね」
ケインも遠慮しようと思ったぐらいだから、ヨルクがポーションを断る理由もわかるのだ。
回復ポーションは、効果の低いものでも銀貨十枚ぐらいはする。
それに、この程度の傷ならポーションを使うまでもなかった。
その場のありあわせの石で、すりばちとすりこぎを作って打ち身や切り傷に効く薬草をすりつぶして、水で洗った傷口に塗りこんだ。
「ちょっと染みるかもですが」
「ツッ……」
「ハハ、やっぱり染みましたか。効いてる証拠だから、すぐ良くなりますよ。包帯も、傷が治ってから洗って返してくれたらいいですから」
「ありがとう。さすが薬草狩りのケインだ。何から何まですまねえ」
傷口に包帯を巻いて、木の蔦で作った添え木でヨルクのくじいた足を固定する。
クコ山で一人で冒険しているケインだ。
軽傷の治療ぐらいは、お手の物だった。
さて、こうなっては薬草狩りも一時中断だ。
「なに、困ったときはお互い様でしょう」
山で生きる者たちは、みんな仲間だ。
助け合わなければ生きていけない。
ヨルクの大事な斧を拾って、ケインは肩を貸しながら一緒にクコ山の麓のクコの村まで下りることにした。
「なんでも、ゴブリンのでっかな巣窟が中腹ぐらいにできていて、ゴブリンロードっちゅうやつの姿も見たそうだ」
「ゴブリンロードですか?」
ケインは驚く。
ゴブリンロードは、稀に発生するBランクモンスターだ。
人間を超える大きな巨体と、岩をも砕くと言われるパワー。
狡猾な知性を持ち、冒険者の武器防具を奪ってしっかりと武装していることが多い。
Dランクのゴブリンの十匹分の強さはあり、単体でもCランクの冒険者パーティーで囲んでも危ないと言われる相手だ。
ゴブリンロードが中心となってゴブリンの巣窟ができることがある。
そうなるとゴブリン達は組織立った戦いをしてくるので、高レベル冒険者以外には手のつけようがない。
「いま、村長が冒険者ギルドに依頼を出して討伐しに行っとるそうだが、ゴブリンが増えすぎてどうにもならん」
「ヨルクさんも、よくそんな状況で山に入りましたね」
ヨルクたち木こりは、山の浅いところなら大丈夫だろうと木を切り出すために数人で入ったそうだ。
そこでゴブリンの群れと鉢合わせしてしまい、必死に逃げてきたと。
「ワシらも、生活があるでなあ。どうしても山に入らにゃならんときもある。木こりは木を切らんことには食っていけんよ」
「それも、そうですね」
みんな山の恵みで生きている。
仕事の手が止まってしまったら、生活が成り立たないのもわかる。
クコ村は、お世辞にも豊かな村とは言えない。
ゴブリン討伐の依頼費用だって、きっと爪に火を灯す思いで捻出したことだろう。
同じ山の仲間が困っているのだ。
俺もたまには勇気を出してゴブリンの巣窟の討伐依頼に加わってみるかと、ケインは決心していた。
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