第19話「聖女捕獲」

「いやです、私は、ケイン様と誓約するんです!」


 剣姫アナストレアに引っ張られても、聖女セフィリアはケインから離れない。


「普段は大人しいのに、なんで今日に限ってこんなに頑固なのよ!」

「アナ姫が引き剥がせないとか、ほんまどうなっとるんや」


 個性的な美少女三人にもみくちゃにされて、ケインは悲鳴を上げる。

 いくら相手が美少女でも、Sランク冒険者の凄まじいパワーで掴まれてるのでこれは嬉しくない悲鳴だ。


「ちょっとマスターも、無視しないで助けて下さいよ!」


 ケインはマスターに助けを求めるが、理解を超える光景を眼にしたマスターは、見なかったことにしてビールジョッキをキュッキュと磨き始めた。

 さすがは、冒険者の荒事に慣れている酒場のマスター。


 剣姫たちに関わるとろくなことにならないので、これは極めて正しい対処である。

 店内にいる冒険者たちも、何事かとチラチラ視線を送ったが、いま話題のケインがやたら高級そうな装備に身を包んだ美少女冒険者に絡まれているのを見て、スルーを決め込むことにした。


 よくわからない厄介事には、決して関わらない。

 みんな優秀な冒険者であった。


 よく酒場の備品が壊れなかったなという感じの、壮絶な格闘の末。

 スッポンのようにケインの腰に喰らいついて放さなかった聖女セフィリアが、ようやく引き剥がされた。


「あの……」


 さすがに尋常でないセフィリアの様子に、ケインも声をかけようとする。

 セフィリアを逃すまいと掴んでいる赤毛の少女は、ケインの目が合うとゆでダコのように顔が真っ赤になった。


「ひ、久しぶりね。あの時は、ありがとう」


 声が裏返っている。


「えっと」


 赤毛の少女は、どうやらケインのことを知ってる様子だが、お礼を言われるようなことをしただろうか。

 どこかで見たことあるような気もするのだが、ケインには思い出せない。


 それに、セフィリアを羽交い絞めにしながら挨拶されても対応に困る。


「あーと、こうしちゃいられないわ。ほら、セフィリアもいい加減にしなさい」

「ケイン様……」


 アナストレアに羽交い絞めにされて碧い瞳を潤ませているセフィリアは、名残惜しそうに引きずられていった。

 あれを放っておいていいものだろうか。


「ほんま毎回、うちのもんがえろうご迷惑をおかけしましてすんまへん!」


 後に残った魔女マヤはペコペコと頭を下げる。


「いや、それはいいけど。君は聖女様の友達の子だよね?」

「はい。魔女をやってるマヤって言います」


 この子はまともだ。

 でも魔女ってなんだろうとケインは内心で頭をひねる。


 杖を持ってるから魔法使いだと思ってたんだけど、魔女って職業はあんまり聞かない。

 どっかで聞いたことがあるような気もするのだが、聖女がいるんだから魔女もいるだろうぐらいしか思い浮かばない。


「魔女のマヤさんか。聖女様は、俺に何か大事な用があったみたいなんだけど」


 さすがにケインも、セフィリアが自分に告白をしにきたのだとは思わなくなっていた。

 突然抱きつかれたのには驚くが、それよりも何か切羽詰まったものを感じた。


 途中で妨害されてしまったが、セフィリアがケインの身体に触れた瞬間に、何か不思議と懐かしいものを感じたのだ。

 聖女が言っていた「誓約」とは、なんだったのだろう。


 十三歳の聖女様におっさんの自分が好かれているというよりは、何か別の理由があるのではないかという方がケインにも理解しやすい。

 あと赤髪の子が必死に叫んでた「抜け駆けはダメっていったでしょー!」など、まったく要領を得ない会話ばかりだ。


「ほんますんまへん。あの子らは、ちょっとこれなんですわ」


 頭にクルクルパーと指でジェスチャーする。


「え……」


 この子はまともと思ってたんだけど、意外と毒舌家だ。

 それは聖女様に対して、あまりに酷い言い草なんじゃないかとケインも一瞬引いてしまう。


「そういうことですんで、ほんま気にせんっとってください。そんじゃ失礼します」


 ケインが引いた隙に、来たときと一緒のように、マヤはピューッといなくなってしまう。


「あの子たち、一体なんだったんだろ。……あとマスター、さっき助けてって頼んだのに無視しましたよね」


 酒場『バッカス』のマスターは、綺麗に磨いたジョッキに冷えたビールを注いで「俺のおごりだ」と差し出した。

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