第8話「あいつら怪しいわね!」

 さて、剣姫アナストレアと、聖女セフィリア、魔女マヤの三人。

 街で目立たないようローブを着てフードを目深にかぶっていつも通り、物陰からケインを尾行していたのだが(闇の魔術師みたいなローブ姿の三人が街をコソコソと歩いてるのは、余計異様で目立ってしまいそうだが、そこは隠密スキルでカバー)。


 ケインが、手に入れた六千ゴールドで教会の借金を帳消しにしてしまったのでびっくりする。


「おっさん、相変わらずお人好しやな」


 だいたいケインのやることが見えてきたマヤは呆れて苦笑するが、ケインが強い戦士になって仲間になって欲しいアナストレアはがっかりしている。


「絶対ミスリルの剣に合わせて良い装備を新調するって思ってたのに!」


 そして、セフィリアは感動の涙を流していた。

 白皙の頬を仄かに赤らめ、高鳴る鼓動はハァハァと息を荒げ、涙に濡れる紺碧の瞳は怪しく煌めいている。


「ケイン様、あなたこそが、やはり……」


 このエルンの街の教会の窮状を知ったセフィリアは、すでに王都にいる父親の最高司祭レギウス・クレメンスに手紙を書いていた。

 だが、教会組織は大きく対処するにも時間が掛かるものだ。


 救いの手が間に合わず、ならず者によって危機に曝されていたシスターをケインの献身が救ったのだ。

 セフィリアの中でのケインの好感度は急上昇しすぎて、大爆発していた。


 すでに人間のMAX値を振り切り、信仰する主神オーディアの次に大事な人になっている。

 セフィリアは熱に浮かされたように、そのままふらふらとケインの方に歩いて行く。


 そんな彼女の異常な状況に気づかず、マヤはアナストレアと相談する。


「なあ、アナ姫。それよりもあいつらやけど……」

「うん」


 冒険者の顔になった二人は、即座に気配を殺した。


 エルンの街の教会を陥れようとしたAランクの二刀剣士ディマカエリスネークヘッドを頂点とする冒険者ファミリー『双頭の毒蛇団』。

 街の広場に大きな事務所まで持つ大ファミリーだが、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』にかかれば造作も無い相手だ。


 こうしてアナストレア達が尾行していても、ボスのスネークヘッドも、連れているチンピラ二人も全く気が付かない。


「せっかく後少しで落とせたところなのに、ケインのやつめ。希少なハイエルフが手に入れば、六千なんか問題じゃねえ稼ぎだったところを」


 年配の悪漢カーズがそうぼやくと、ジンクスも口を挟む。


「孤児院のガキどもも、よく見りゃ上物がいやしたね。あの狼耳の美少年とか、変態貴族にでも売れば、高い値がつくんじゃねえすか」

「ハハ、そいつはいいや」


 それを聞いていた、スネークヘッドは叱咤する。


「カーズ! ジンクス! 言葉に気をつけろ。誰に聞かれてるかわからんぞ」


 スネークヘッドは慎重だ。

 事実、そのゲス極まりない会話は、しっかりとアナストレアたちに盗み聞きされている。


「へい……」

「スンマセン」


「どうせあの教会はカタに嵌めてるんだ。遅かれ早かれ、また税金が払えなくなって泣きついてくる」

「しかし、ボス。あのケインのやつは邪魔ですよね。Dランクの虫けらのくせに、急に羽振りがよくなりはじめやがった」


 カーズの言葉に、ジンクスもまた余計な口を挟む。


「ボス、ケインの持ってる高そうな剣、見ましたか。あれだけでも一財産になりそうじゃないすか。アイツ殺っちゃっていいですかね」


 スネークヘッドは、軽率なアホどもを睨みつけて黙らせた。

 まったく、裏の商売で稼ぐといっても建前は大事なのに、こいつらときたら誰が聞いてるかもわからん街の路上で余計なことばかり言う。


 だが、カーズたちの言うことも一理ある。

 スネークヘッドは、やれやれとため息混じりに許可を出すことにした。


「……しょうがない。殺っていいなんてもちろん言わないが、アイツは冒険者だから不幸にも山でモンスターに殺られることもあるだろう。その死体からお前らが何を拾おうと、俺の知ったことではない。ただ仕事をしたなら、稼ぎはちゃんとファミリーにも入れろよ」


 あのケインという男。

 たかがDランクと思ったが、六千ゴールドを払う決断を一瞬でしたのは尋常ではない。


 目的の障害になりそうなら、早めに片付けておいたほうがいいだろう。


「へへ、そういう不幸もありますよねえ」

「ボスは話がわかるぜ!」


 スネークヘッドは、自分の責任にならないようにケインを殺ることを命じると、さっさと事務所に帰った。

 年配の悪漢カーズと若いチンピラのジンクスは、誰も聞いてないと思ったのか、路上で堂々とケインを殺してミスリルの剣を奪う相談を始めた。


 悪党どもの最低の会話を聞いて、潜んでいた魔女マヤは不愉快そうに顔をしかめる。


「どうするアナ姫、全員潰すか?」


 相手が冒険者のファミリーであろうが、一度潰すと決めたら魔女マヤに躊躇はない。改心の可能性もない悪と判断したら即座に潰す。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきているSランクの名は、伊達ではないのだ。


「待って……もう少し様子を見ましょう。あいつらも街中で襲ったりはしないでしょう。襲ってくるならクコ山よね。Cランクのチンピラ二人程度なら、ケインのランクアップにちょうどいいわ」


 この言葉にはさすがに、マヤも呆れる。


「アナ姫ェ……ギルドの受付嬢のエレナさんに怒られたばっかりやろ。まだ諦めてないんかい!」

「う、うるさいわね。ケインは凄いんだから、雑魚なんかに絶対負けないわよ!」


 悪漢なんかさっさと潰せばいいのに、またアナストレアが面倒なことを言い始めた。

 この剣姫(アホの子)がまた暴走したら、自分がフォローを入れるしかないかとマヤはため息をつく。


 万能の魔法が使える自分と、この国最高の回復術士であるセフィリアが後ろから守っていれば、万が一の際にもケインに危険はない。


「あれ、そういやセフィリアはどこいったんや?」


 尾行に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか聖女がいなくなっていた。

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