第7話「孤児院の子供たち」

「ケイン、ごめんね。私が不甲斐ないばっかりに、あんな大金を払わせてしまって」

「いいんですよシスター。あんなのあぶく銭なんだから」


 拾った悪竜イビルドラゴンの死骸で稼いだ金と、孤児院の借金が全く同額だったことにケインは運命的なものを感じた。

 全く自分の金のような気持ちがしなかったのはこのせいだった。


 きっと教会のシスターと孤児達を救うために、神様から遣わされたお金だったのだ。

 そう思えば、ケインはむしろ清々しい気持ちになった。


「恩に着ます。ケインに立て替えてもらったお金は、私が必ず……」

「いや、シルヴィアさん。本当に気にしないでくださいよ。そんな事言ったら、俺の方こそ、シルヴィアさんには返しきれない恩がたくさんあるんだから」


 実を言えば、ケインや二十年前に亡くなった幼馴染のアルテナも、この教会の孤児院で育ったのだ。

 銀髪のハイエルフ、シスターシルヴィアこそが、多くの孤児とともにケインとアルテナを育ててくれた育ての親だった。


 今は独り立ちして天涯孤独のケインだが、シルヴィアのことは本当の母親のように慕っているし、ここの孤児たちはみんな家族も同然だと思っている。

 ちなみに、ハタチぐらいにしか見えないシルヴィアの実年齢を聞くのだけは、孤児院のタブーである(おそらく二百歳は超えてる)。


「ありがとうケイン」

「それより、なんであんな質の悪い連中に金を借りたんです?」


「それが……」


 シスターが説明するには、さっきの『双頭の毒蛇団』が、孤児院の子供達が小間物や花束を広場で売っている事に難癖をつけて高額の上前を撥ねてくるようになったそうなのだ。

 それどころか、連中はいきなりこれまでの百年分の税金をよこせとも言ってきたそうだ。貧しい教会に払えるわけがない。


「そんなショバ代みたいなの違法でしょう!」

「それがそうでもないのよ。あのひとたちはエルンの街の参事会の一部と癒着して、徴税請負人になってるのよ」


 街の参事会から委託されて商人から税を取り立てる徴税請負人は、仕事の手数料として細々とした税金を取り立てる事が認められている。

 連中は権力を笠に着て、教会の孤児達のささやかな商いにまで、税金という名目でショバ代を取ると言い出したのだ。


 貧しい教会の孤児からまで税金をむしり取るなんて、明らかに悪質で許されることではない。

 だが、これまで教会だけがお目こぼしをされてきたことに法的根拠がなかったため、直ちに違法とまではいえない。


 法律のグレーゾーンで悪さをするやり口は、黒い噂の多い『双頭の毒蛇団』がやりそうなことだった。


「うちの教会でも元の収入に加えて、シスターたちが読み書きを教えて指導料を取ったり、祈祷料を取ったり、薬草からポーションを作る以外にも懸命に金策に走ったんだけど、どうにも経営が成り立たなくなってしまって」

「そうでしたね」


 もともとは、薬草狩りの仕事も銀貨三枚で出していたのだ。

 ゴブリン退治のついでにやれる仕事でもあるし、その時は結構やる人もいたのだが、それが銀貨二枚、ついには銀貨一枚しか出せなくなってからはケインしかやらなくなってしまった。


「どうやりくりしても、あの人たちがかける税金の分が赤字になってしまって。最初は金利もあとでいいと言っていたのに、まとまった金額になってから急に払えと言ってきて」


 他からも教会の借金の証文を全てかき集めた連中は、全部まとめて暴利を取り立ててきて、ついにシスターが連れ去られるところだったというわけだ。

 おそらく、最初から『双頭の毒蛇団』の狙いはシスターだったのだろう。


「あいつら許せないな」

「でもいい知らせもあるのよ。王都から、純真の聖女様がこの街に来ているらしいの。聖女様ならきっと、私達をお救いくださるでしょう」


 聖女様は、訪れる街の人々を必ずと言っていいほど救っているそうだ。

 お助けくださるといいなと、ケインもシスターと一緒に祈った。


 教会の借金の問題はとりあえず片が付いたが、『双頭の毒蛇団』がシスターを狙っていることに違いはない。

 ケインとしても、まさかA級冒険者のスネークヘッドをやっつけるなんてことはできないけど、何か自分にもできることがないか知恵を絞ろうと思った。


「ケイン、ケイン!」


 シスターとの大人の話が終わったと思ったのか、教会の孤児たちがワーと集まってきてケインを囲む。

 みんな怖かっただろうに、よく泣かずに頑張ったもんだ。


「ケイン、助けてくれてありがとう。大人になったら私が結婚してあげるね!」


 そう言って飛びついてくるのは、まだ八歳の女の子で猫耳が特徴的なミーヤだ。

 彼女は、猫人族ケットシーの血が混じっている。


「ハハ、それは嬉しいね」


 ケインがこんなに子供たちから歓迎されるのには、ちゃんと理由があった。

 カバンからドライフルーツを取り出して、ケインはいつものように子供達に配る。


 山で取った野苺やマルベリーを乾燥させたものだ。

 ケインにとっても貴重な甘味なのだが、子供達の笑顔には代えられない。


 みんなとても嬉しそうに食べてくれるので、自分で食べるよりもケインの心が暖かくなる。


「あま~い!」

「ケインありがとう。大好きー!」


 ひさしぶりの甘味を堪能した子供達は、次々に抱きついてくる。

 気のいいおっさんのケインは、大人の女性にはまったくモテないのだが、子供たちにはモテモテなのだ。


 山で拾った果物で満足するんだから、子供は無邪気で良い。

 エレナさんも、こんなに簡単に口説けたらどんなに良いかと思って、ケインは苦笑してしまった。


「まあ、ミーヤちゃんがケインと結婚するのね、とてもいい提案だわ。ふふ、ミーヤちゃんがケインと結婚してくれたら、さっきの六千ゴールドはチャラになるかもしれないわね」

「ちょっとシスター、子供の冗談ですよ」


「あら、子供はすぐ大きくなるんだから、意外と私は本気だったりするんだけどね。神に身を捧げたシスターでなかったら、私がケインと結婚しても良かったんだけど」

「アハハ、それこそありがたい話ですね」


 凄絶な美人のシルヴィアに言われるとちょっとドキッとしてしまうけど、いまやケインのほうがオジサンだから全く釣り合わない。

 こういうのは、冗談にして笑っておく。


 そうでなくても、育ててもらった恩を感じているシルヴィアに対して、ケインはよこしまな心など抱かない。


「ケインさん」

「どうしたキッド?」


 十三歳で、孤児の中では最年長でリーダー的存在のキッドが、話しかけてくる。

 群青色ぐんじょういろの短髪の彼にも、狼人族ワーウルフの特徴のシャープな狼耳が生えている。


「俺もケインさんとなら、結婚してもいいよ……」

「うえ! キッドは男の子だろ!」


 いきなり、そんな迫り方をされるのでケインは変な声が出てしまう。

 キッドはまだ男というより男の子で、とても細く華奢な身体つきをしている。


 獣人の血が混じっていると美形になりやすいのだが、その中でもキッドは市場で花を売れば近所の奥様方が殺到するほどの美少年だった。

 中性的で綺麗な顔立ちをしているので、芝居で女の子役でもさせれば似合いそうに思うけど、残念ながらケインにそんな倒錯的とうさくてきな趣味はない。


「あらー、ケインと結婚するのはキッドでもいいわね。ケインのお嫁さんになりたいなら、あとで私のお化粧道具と可愛い修道服を貸してあげるわよ」

「これもしかして、シスターが言わせてるでしょう?」


 いつまでも子供っぽいシスターは、たまに子供と一緒にこういう悪ふざけをやる。


「うふふ、バレてしまってはしょうがないわね。ほら、キッドは美少年だから、こうやって男の子同士のロマンスを匂わせると、黄色い声援が飛んで、花束が飛ぶように売れるのよ」


 キッドの髪を優しく撫でながら、シスターが微笑む。

 それはなんか、妙に似合ってるから売れるのはわかる気がするけど。


「商売は大事ですけど、子供を変な道に連れ込むようなのはどうかと思うけどなあ」

「軽いお芝居みたいなものなんだけど……それとも、変な道に入りそうなぐらい気に入った?」


「いやいや、俺にはそんな趣味ないですよ!」

「ふふ、満更でもないって顔だったけど。まあ、こうやって教会の危機に、みんな自分の才能を生かして懸命に頑張ってくれてるのよ。ありがたいことだわ」


 たくさんの孤児たちをまとめられるだけの器量を持ったキッドは、容姿だけでなく抜きん出た才能がある。

 できれば、他の才能を伸ばしてあげてほしいなあと思うケインだ。


 うーん、それにしても。

 若く見えると思ったらシルヴィアさんは、シスターなのにお化粧までしてたのかと、ケインはそのことにも驚く。


「……化粧品と可愛い修道服なんて買う余裕があったら、教会の経営に回したほうがいいんじゃないかな」

「あら、ケインはわかってないのね。化粧と可愛い修道服は、大口の信者から寄付金を集めるときに使うのよ。こんな感じでね」


「あっ、なるほど!」


 ハイエルフのシルヴィアに可愛らしく手を合わせてウインクされると、これはどんな男も魅了されてしまうなと納得してしまう。

 オーディア教会の戒律に違反しない程度には、女の武器もちゃっかりと使っているシスターシルヴィアであった。

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