第4話「近頃山ではモンスターが増えている」

 ケインは、クコ山の麓の神様にヤマユリの花をお供えした。

 そして手を合わせてお祈り。


「昨日はありがとうございました。おかげで助かりました」


 ケインは、わざわざ一番白く綺麗で香りが高い花を探して丁寧に摘みとってきた。

 この山でケインをかばって死んだ、昔の冒険者仲間アルテナが好きだった花でもある。


 彼女の魂はとっくに召されているだろうけど、山の神様にお願いすれば天に届くかもしれない。

 死者への祈りは、亡くなった者ではなく生きている者のためにあるという教会のシスターの言葉を思い出す。


 これも供養だ。


「さてと、じゃあ今日も薬草を狩ってくるか」


 おっさんは今日も、危なげない足取りで険しい山道を登る。


「おっと……」


 ゴブリンの集団が遠目に見えて、慌てて道を避けた。

 一匹や二匹ならDランク冒険者のケインでもなんとかなるが、それ以上となると危なくなる。


「ギャギャ!?」

「うわ、こっちにもか!」


 わざと道を避けて山道に入ったのに、雑木林を抜けたところで一匹のゴブリンと鉢合わせてしまった。

 こっちもビックリしたが、相手も驚いている。


 ケインはすかさず腰に刺した鉄の剣を引き抜いて、突きかかる。

 ゴブリンも手に持った棍棒を振り上げたが、遅い。


「ギャー!」

「悪い」


 ケインが鋭く胸を突き刺すと、絶命したゴブリンは、棍棒を持った手をだらりと落とした。


「ふう……いや、落ち着いてる場合じゃないか」


 知能が低く体格の大きさでも人間に劣るゴブリンは、大したモンスターではない。

 Dランクのケインでも、一匹ならば無傷で倒せる自信はある。


 だが、さっきの叫び声でゴブリンの群れが集まってきて囲まれれば、無事では済まない。

 ゴブリンの耳を切り取って冒険者ギルドに持っていけば金になるのだが、命あっての物種。


 長い冒険者生活でケインが学んだ一番大事なことは、生死を賭けた戦場では決して欲張らないこと。

 さっさとこの場を離れる。


 ゴブリンの耳は後で様子を見て、回収できたらすることにしよう。


「しかし、妙だな……」


 近頃、クコ山のゴブリンが異常に増えているような気がする。

 そうなると山の麓で働く木こりや狩人、近くの村で野良仕事する人達にも危害が及ぶかもしれない。


 だから、クコ山のゴブリン退治の依頼を受けたいというのが、ケインがパーティーを組みたい理由でもあった。

 もちろん、そちらの仕事のほうが実入りがいいということもあるが。


 薬草採取の仕事だけでは、ギリギリ食べていけてもなかなかお金が貯まらない。


「おっと、取り過ぎないようにしないと」


 今日も薬草と一緒に、クコの実や山菜などを取るが、取るのは自分の食べる分だけだ。

 群生しているものは全部取らないように気をつけるし、根っこを取らないようにして摘んで取ると、しばらくすればまた生えてくる物も多い。


「強烈な匂いがすると思ったら、ワイルドガーリックか」


 このツンとした匂いが苦手な人もいるらしいが、ケインは大好きだ。

 とても滋養のある食べ物で、炒めものにしても汁物にしても、和え物にして食べてもいい。


 カバンも一杯になったし、今日はこのぐらいにするかと山を下る道を通る。

 さっきの倒したゴブリンからも耳が回収できたし、今日も収穫は多かった。


 今日は山の神様に何をお土産にしようか。

 ガーリックは、さすがに匂いがキツいので神様も嫌がるかななどと益体もないことを考えていると、山道を下ったところに黒い巨大な塊があることに気がつく。


「なんだあれ……」


 近づいて確認するまでもなかった、全長十三メートルの巨体が道を塞ぐように横たわっている。

 その巨大な爬虫類の身体、蝙蝠のような翼、長い鉤爪、そして……ケインは思わず喉を鳴らす。足が震える。


「グルルルルル」


 ケインを一飲みにできそうな大きなあぎとから漏れでる唸り声は地の底から響くようで、聞くだけで本能的な恐怖心を抱かせ、腰が抜けそうになる。

 だがそうなれば命取り、ケインは勇気を振り絞るように叫んだ。


「なんでこんなところに、悪竜イビルドラゴンがいるんだよ!」


 シデ山にある巨大洞窟の奥深くに住むという悪名高き邪竜の伝説は、子供だって知っている。

 危険度は文句なしのAランク、最凶最悪の大魔獣、悪竜イビルドラゴンであった。

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