第5話「なんで認められないのよ!」

「ひぃ、ひぃ……アナ姫ぇ! これどこまで運ぶんや!」


 あまりの重さに、普段は杖より重いものを持ったことがない魔女マヤが愚痴る。

 ほとんどアナストレアが一人で引っ張っているオリハルコン製の鎖でズルズルと引きずられているのは、シデ山の巨大洞窟の最奥に居た最強最悪の魔獣、悪竜イビルドラゴンだ。


 なんと、その巨体を辛うじて生かした状態で、隣のクコ山の麓まで引っ張っていこうというのだ。

 あまりに重いので、さっきから何度も何度もマヤが浮遊フライングの魔法をかけて軽くしているのだが、それにしたって十三メートルの巨体を運ぶなんてもう限界を超えている。


「文句言ってないでキリキリ運ぶ!」


 体力無尽蔵の剣姫アナストレアはいいが、手伝わされる聖女セフィリアや魔女マヤは溜まったものではない。


「何のためにこんなことをせなあかんのや。こんなんさっさと殺して、金に変えて渡せばええやんか」


 殺してからなら物扱いになるから、どんな巨体でもマヤの収納魔法で運べるのに。


「絶対に殺しちゃダメよ。Dランクのケインでも倒せるようにギリギリで生かしておいて、ケインの実力で倒させるんだから」


 それ明らかにおっさんの実力ちゃうやろと、マヤは叫びたくなるがさすがに言えない。

 さっきから、首をもたげるたびに神速の剣の腹で、バシン! バシン! と頭を叩かれている悪竜イビルドラゴンが酷い状態になっているからだ。


 間違ってあの剣の腹がこっちに飛んできたら、マヤなど一瞬であの世行きだろう。

 悪竜イビルドラゴンは、恐ろしい猛毒のブレスを吐くのだが、すでに毒袋はアナストレアにめちゃくちゃに斬り刻まれて吐けない状態になっている。


 危険度Aクラスの最凶最強とまで呼ばれる大魔獣を可哀想と思ったのは、これが初めてであった。


「なーセフィリア、あんたもこんなんおかしいと思うやんな」


 仲間が欲しくて、黙ってロープを引っ張っているセフィリアに聞くのだが、聖女はブルンブルンと幼さの残る可愛らしい童顔を横に振った。


「お礼は必要、アナの気持ちは、正しいと……思う」

「どこが正しいのか、うちにはさっぱりやわ」


 それでも、アナストレアの無茶なわがままを聞いてしまうのは、惚れた女の弱みというものだろうか。

 マヤがグチグチと言ってるうちに、ついに山の麓まで到着した。


「ケインは今日も薬草狩りに山に入ってるらしいから、この道は絶対通るわよね」

「せやろな」


「よーし、じゃあここにさり気なくミスリルの剣を置いてっと」

「もうどっから突っ込んだらいいかわからんけど、ミスリルの剣が山道にさり気なくあるわけないやろ!」


 金貨一千枚はくだらない価値がある激レアの宝剣である。

 根がケチなマヤはもったいないなあと思うけど、おっさんの実力だと羽根のように軽いミスリルの剣は確かに一番向いている装備ではあるだろう。


「後は、ケインがミスリルの剣で颯爽と悪竜イビルドラゴンを倒すのを待つだけね」

「もうええわ」


 そんなに上手く行くわけ無いやろと思うけど。

 ツッコミ疲れたので、そこらに座り込んでため息をつくマヤだ。


「あっ、来た。ケインは今日も渋くてかっこいいわね」

「普通のおっさんやん」


 もうええと言いながら、つい自分も一緒に茂みから覗きこんでツッコんでしまうのは、西方サカイ生まれのさがだ。

 ケインも熟練の冒険者ではあるから、さすがに身体は引き締まってはいるが、それにしたって三十五歳の普通のおっさんをかっこいいは少し言い過ぎだ。


「マヤは男を見る目がないわね、髭とか激渋じゃない」

「ただの無精髭やん」


「いちいちうるさいわね。黙ってみてなさいよ」

「はいはい」


 そう言われると、黙っていられないのが西方サカイの血筋なのである。

 ついに、ケインは山の麓に鎮座する悪竜イビルドラゴンと対面してしまう。


 まあ、十三メートルの巨体が山道を塞いでるんだから、気が付かないわけがない。

 おービビっとるビビっとると、マヤは笑う。


「あー、なんで逃げちゃうの! ほら、そこにミスリルの剣だってあるのに、なんで倒さないのよ」

「そりゃそうやろ」


 悪竜イビルドラゴンは、アナストレアがボコボコにしたので満身創痍で立ち上がることさえできない状態だ。

 その上で猛毒のブレスも吐けないのだから、ケインでもミスリルの剣でチクチク刺していけばいつかは倒せる。


 しかしそれは、その事情をケインが知っていればの話である。

 いきなり、危険度Aランクの最凶モンスターが現れれば、誰でも戦いを避けようとする。


 ケインが臆病なわけではない。

 Dランクとはいえ、二十年も冒険をやっているベテランのケインであればこそ、慎重になって当然なのだ。


 そこら辺の事情が読めないあたり、やっぱりアナ姫はまだ子供だなとマヤは呆れる。

 しかし、そこでマヤにも予想外のことが起こった。


「やった、ケインがミスリルの剣を拾ったわ!」

「なんでやおっさん」


 ここは、絶対に逃げるところだろう。

 もし猛毒のブレスが来たら一巻の終わりなのだ。


 それなのになんで! と、冷めて見ていたマヤまでも手に汗握ってしまう。

 ケインは、ミスリルの剣を鞘から引きぬいて「うぁぁあああ!」と叫びを上げて斬りかかった。


「「「あっ!」」」


 茂みに隠れてるんだから声を潜めなきゃいけないところなのに、アナストレアもマヤも寡黙なセフィリアですら悲鳴を上げた。

 おっさんのその一太刀は、一歩及ばず。


 ミスリルの剣は、ドラゴンのあぎとに弾き飛ばされて、くるくると天高く舞う。

 やっぱりダメだったか。


 弱いなりにおっさんようやった。

 もし危なそうなら、攻撃魔法でも飛ばして助けてやろうとマヤが杖を握りしめた瞬間、再び予想外の事態は起こる。


「グォオオオオオオオオ」


 悪竜イビルドラゴンが断末魔の悲鳴をあげて横倒しになった。

 その竜の額に、さっき飛ばされたミスリルの剣が深々と突き刺さっていたのだ!


「すごい、ケインすごいわ!」


 アナストレアは、もう踊り上がらん勢いで喜んでいる。

 セフィリアは肩を震わせて、澄んだ瞳から涙を流していた。


「偶然やろ……」

「偶然なわけないでしょ! 竜の額は一番の弱点よ。やられたように見せかけたフェイント! ケインは竜の額を狙ってミスリルの剣を直撃させたのよ」


 どんな剣技だ!

 もしそれが本当なら、ケインは剣姫アナストレアにもできない神業を会得していることになる。


「いや剣を投擲って言っても、もし当たらんかったらどうするんや」

「ケインの腰には、まだ自分の鉄剣があるもの。ダメならそっちで戦えばいいじゃない」


 うぐぐっとなってしまうマヤ。

 アナストレアの言うことは、なまじ理屈が付いてしまってるだけに反論しづらい。


 あの冴えないおっさん冒険者が、実は神速の剣姫アナストレアを超える凄腕の剣士?

 いやいや、そんなアホな。


「なあ、セフィリアも偶然やと思うよなあ?」


 セフィリアは、ひとしきり泣いて、鼻を鳴らしながら感動の涙をローブの袖で拭うと、「ケイン様を、暖かいものが守ってる……」とつぶやいた。


「なんのこっちゃねん」


 ともかく、これでケインが冒険者ランク昇格となればアナストレアは満足してめでたしめでたしになったのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。


     ※※※


「なんでケインが昇格しないのよ! ギルド長を出しなさい! 私はこの目で見たわ、ケインが一人で悪竜イビルドラゴンを倒したのよ。Bランク、いえAランクになったっておかしくないでしょう!」


 結局、冒険者ギルドの判断としてはケインはDランク残留ということになり、怒り心頭の剣姫アナストレア。

 そうして、頭を汚い床に押し付けるようにして対応に追われるのは、不幸な受付嬢エレナであった。


「ケインさんは、死んでいた悪竜イビルドラゴンを発見したと報告しておりまして」

「全然違う、ケインは自分の力で倒したのよ!」


「私ごとき平民の受付嬢が、公女殿下に差し出がましいことを申し上げるのをどうかお許し下さい」

「何よ、言ってみなさいよ!」


「アナストレア様、あなたが悪竜イビルドラゴンをあんなところまで引っ張ってきて、わざとケインさんに殺させたんですよね」

「うっ……」


 やっぱりバレバレであった。

 土下座していたエレナは、顔を上げた。


「あのミスリルの剣も、あなたが置いたものですよね。それでは、ランク昇格は無理です」

「違うのよ。確かに私がお膳立てしだけど、でもケインは見事な剣技で!」


「ギルドのランクシステムは、上がればいいというものではありません。その人の強さに応じて認定されるもので、弱い者を守るものでもあるのです」

「ケインは弱くないもの!」


「Sランクの戦いに万が一でもケインさんが巻き込まれたら、本当に死んでしまいますよ」

「強くなるまで、私が守るわ」


「あなた方『高所に咲く薔薇乙女団』が、どれほど厳しい戦いをしているのか、私はその実際を知りません。ですが、救国的な活躍は冒険者ギルドの一職員として深く尊敬しております」

「だから何よ」


「それでも、先の戦いで聖女セフィリア様は命を落とされたのですよね。剣姫アナストレア様、あなたは守りきれなかった」

「それは……」


「私は、自分の担当する冒険者を守りたいのです。お願いですから、ケインさんを巻き込まないでください」


 そのエレナの言葉は、ただ一心にケインを守ろうとするものだった。

 だから、いかに剣姫アナストレアといえど、わがままを通すことはできなかったのだった。

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