第3話「なんでこないのよ!」

「そう言われましても、ケインさんは『高所に咲く薔薇乙女団』の加入要請をお断りになるということでして」


 地べたに平伏させられている受付嬢のエレナは、剣姫アナストレアの詰問を受けていた。

 自慢の桃色の巻き髪も、汚い床に押し付けられている。


 なにせ、相手はSランクの天才剣士であるだけでなく、アルミリオン大公爵の息女であり立派な姫君なのだ。

 その剣姫が、平民であり一介の受付嬢に過ぎないエレナに対し、たいそうお怒りなのだ。


「あなたの誘い方が悪かったんじゃないの?」


 思い通りにならなくて、イライラしているアナストレア姫様。

 普段から荒くれ者の冒険者を相手している海千山千の受付嬢エレナも、アナストレアの権力だけは恐ろしい。


 なにせ相手は、王位継承権すら持つ公女殿下である。

 剣の腕など振るわなくても、ほんのちょっと失礼があっただけで平民の受付嬢など不敬罪で牢獄入りである。


「ケイン様にも事情、あったんじゃない、かな?」


 そうたどたどしく口にして、今にも受付嬢を斬り殺しそうな剣姫とエレナの間に入ったのは、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の聖女セフィリアだ。

 光り輝くキラキラした長い金髪に、あまりにも無垢に透き通った碧い眼の聖女は、分厚いローブを身にまとっていても、受付嬢のエレナより巨乳であるとわかる。


 これで聖女セフィリアは十三歳なのだから驚きなのだが、十五歳の剣姫アナストレアが貧乳なのと対照的である。

 セフィリアの澄んだ瞳に見つめられると、さすがの剣姫も怒りの剣を下ろすしかない。


「事情ねえ……」


 ケインがもし自分の意思で断ったのだとすると、もしかして私は避けられてるのかもしれないと、少し暗い顔をするアナストレア。

 相手にだって好みがある。


 もしかするとケインは、自分のような乱暴な貧乳女より、この色気ムンムンのオッパイオバケのほうが好きなのかもとアナストレアは思う。

 そう思ってみると、自分の燃えるような赤髪と比べてエレナの桃色の巻き髪が、いかにも男ウケしそうで小憎たらしくなってくる。


「あのお嬢様方、ギルドの受付嬢としての私見を申し上げさせていただいてよろしいでしょうか!」


 決死の思いで、まだムカムカしている凶暴な公女殿下に言上奉る受付嬢のエレナ。

 なんで最高位の王族が冒険者なんてやってるんだと泣きたくなるが、これも仕事である。


「なに? 言ってみなさいよ!」

「ケインさんは、いつもこの街の教会からの薬草採取の依頼を受けてらっしゃいます」


「薬草を山盛り集めて銀貨一枚でしょ。どう考えても割に合わない仕事よ。あんたがケインを色香で惑わせて無理やり引き受けさせてるんじゃない?」

「違うんです。孤児院もやってるこの街の教会は経営が苦しくて、それ以上の額は出せないんです」


 街の教会の窮状を聞いて、主神オーディアに仕える聖女セフィリアは「ああ……」と驚きの声を漏らし手を合わせた。


「考えてもみて下さい。街の教会は薬草で作るポーションで成り立っています。ケインさんが薬草を持ってこなければ、この街の教会の経営が破綻して孤児たちは路頭に迷います。ポーションだって作られなくなったら、街は大変なことになるんです!」

「じゃあ、そのためにケイン様は……」


 本来なら街の教会は、最高司祭の娘であり純真の聖女であるセフィリアが救うべきだったのだ。

 それなのに愚かな自分は気づけなかった。


 一度は死んだセフィリアが生きかえったのは、ケインが『蘇生の実』をアナストレアに渡してくれたからだと聞いている。

 その恩人のケイン様は、自分だけではなく、街の教会と孤児たちまで救ってくださっていたのだ。


 なんと聡明で慎み深く慈悲深いお方だろうとセフィリアは、感激で胸がいっぱいになった。

 その澄み切った紺碧の瞳は、感謝の涙で溢れた。


「怪しいわね。ケインが、そこまで考えてるように見えないんだけど。この色気ピンクオバサンが、卑劣な色仕掛けで分が悪い薬草採取の仕事をケインに無理やり押し付けてるだけじゃないの?」


「い、いろぉ……」


 顔を伏せながら、その可愛らしい作り笑顔を悪鬼の形相に変えている受付嬢のエレナ。

 真っ赤な唇から血がにじみ出るほどに噛み締め、今にも溢れ出そうな罵詈雑言を必死に抑える。


 冒険を遊びでやってる大貴族の馬鹿娘め、ぶっ殺す! ぶっ殺す! と念じながら、額に青筋を浮かべて耐える。

 相手は救国の英雄で剣の達人の上に公女殿下だ。


 冒険者ギルドの受付嬢にどうこう出来る相手ではない。

 しかし、酒場の飲み物に遅効性の毒を混ぜれば、あるいは……。


「みんなが助かるからって、ケインだけが割を食うのは絶対おかしいわよ!」


 怒り心頭のアナストレアである。

 彼女の計画では、ケインを『高所に咲く薔薇乙女団』の四人目のメンバーに迎え入れて、強い戦士に育て上げるつもりだったのだ。


「なあ、やっぱもうお金でいいやんか。アナ姫の実家に頼んだら、小城一つ分の金貨ぐらい送ってくれるやろうに」


 三人の中では年長である十七歳の少女、紫色のショートヘアの魔法使いがそう言う。

 彼女がSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の創設者にしてリーダー、万能の魔女と呼ばれるマヤ・リーンである。


 ケインと直接会った剣姫や命を助けられた聖女と違って、彼女はケインに感謝はしつつも、特に入れ込んでるわけではない。

 それどころか、マヤは大の男嫌いで女好きであったので、パーティー加入の話がなくなってホッとしている。


 王国最高のパーティーとも讃えられる『高所に咲く薔薇乙女団』は、神速の剣姫アナストレア、純真の聖女セフィリア、万能の魔女マヤの三人パーティーだ。

 ここに何の取り柄もないおっさん冒険者ケインが入るというのは、美少女だけのパーティーにしたいマヤの野望をなしにしたとしても、本人にとってもキツいのではないかとマヤは思う。


「ダメよ、これはお金なんかで済む問題じゃないの!」

「お金のほうが喜ぶと思うんやけどなあ」


 昨日の段階で、ケインの内情はあらかたアルミリオン家の手のものが調べていた。

 街の最低の安宿にここ四、五年は泊まっている状況で、お世辞にもいい経済状態とはいえない。


「ケインの住処を見に行ったけど、屋根が傾いててそれはもう酷い状況だったわ。あんな激貧の苦境にいながら『蘇生の実』を私のために差し出したのよ。それがどれほどの献身だか、あなたにはわかるの?」

「それは、わかんないんやけども」


 マヤが事情を聞いてたら、単にお人よしのおっさんなだけじゃないかと思うのだが。

 声を震わせながら半泣きで熱弁を振るう剣姫は、もはや手のつけようがない。


「ダメよ、この恩義は絶対にお金なんかじゃ済まないわ。命の借りは、命で返さなきゃいけないのよ!」


 そのアナストレアの強い言葉に同調してブンブンと頷く聖女セフィリアと、うんざりした顔の魔女マヤ。


「でも、パーティー加入は断られちゃって、どうするつもりなんや?」

「大丈夫、私に良い考えがあるわ!」


 そう自信ありげに笑みを浮かべる剣姫アナストレアの顔を見て、「あっ、これろくな思いつきじゃないな」と、付き合いの長い魔女マヤは思うのだった。

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