第二話 ~飛んできた紙と少女~
それからシュンと雑談しながら仕事をこなし、箒の残りが数えられる程度になった頃、ふとシュンが話を振ってきた。
「そう言えば、高級な魔道具と安価な魔道具の違いって知ってる?」
体質的に使えないためそこまで魔道具について興味を持ったことが無かったので、適当に予想する。
「魔術式の書かれている量とかか?」
「惜しいね。確かに高級な杖とかはものすごく大量で複雑な魔法陣が組まれてるけど、それを書くためには表面じゃなく中に埋め込まないといけないでしょ?」
「まあ表面積にも限界があるしな」
そう言えば中学の社会科見学で杖作りを見学した覚えがある。大気中から魔素を効率よく取り込む魔術核をいれた杖の表面に術式を施した後、内部に術式を浸透させる特殊な液を塗り付けて、更にその上に別の術式を書くという工程を繰り返し行う。
金銭面では杖の材料費は魔術核、特殊な液、伝導部の木の順だったはずだ。
だが、魔術核と伝導部の木が無ければ杖として機能しない。つまり……。
「魔術を浸透させる液を節約するために安物は表面に魔術式がむき出しになってるのさ」
「その理屈で行くと少なくともこの箒は安物ではないということか」
「そう、そうなんだよ!」
力強い同意から、これが言いたかったことらしい。シュンは運んでいる古箒から意味ありげに視線を動かした。
目を向けた先には数人の生徒と教員が集まっていた。隙間から見る限り、どうやら調子に乗って飛行していたところを浮遊させていた机と衝突し箒が折れてしまったらしい。
どこか楽しそうなシュンの隣にて、気の毒に思い内心で手を合わせる。が、所詮は他人事だ。
それよりも、と周囲を見渡す。
テント、机、マイク、椅子。いくら魔術が普及しているとはいえ、あらゆるものが飛び交うこの光景はなかなかに壮観だ。
そんなある種の現実と幻想が織り交ざった光景に目を奪われていると、空飛ぶ無機物に混じって、一枚の紙が空中で飛ばされてきた。
恐らく誰かの持ち物が魔力風でさらわれたのだろう。
シュンの手前、箒を片手に魔力を流すことなく浮き上がると、紙を確保し持ち主を探すため周囲を見回した。
「バカ、どいて!」
という短い叫び声と共に鳥のような速さで箒に乗った何かが飛んできたのはちょうどそれと同時だった。
「危ない!」というシュンの声に先の折れた箒を思い浮かべて反射的に箒を庇うと、直後に凄まじい衝撃で箒が飛び込んでくる。そして案の定落下した。
落下で背中を強打し一瞬意識が飛ぶも、何とか思考を回復させる。
全身が重い。
四肢の感覚を確かめるため恐る恐る体を動かす。
左手を握ると箒固さが。右手を軽く握ると何か暖かくて弾力性のあるものを掴んでいた。
そう、手のひらにちょうど収まるような、柔らかい何か……。
「きゃぁっ」
少女の小さな悲鳴が耳元で聞こえた気がして恐る恐る目を開く。
体が重いとは思ったが、俺の上に耳まで赤面した制服姿の金髪の少女が乗っていた。髪の高いところで二つに結ばれた髪がわなわなと震えている。端麗な顔立ちに女性らしく膨らんだ胸元とそこに添えられた手……。
「あなた、意識があるならぶっ飛ばすわよ?」
「す、すいません」
慌てて手を放すと少女は急いで立ち上がり、腕を組み距離を取る。
俺もようやくゆっくりと体を起して土を払った。
互いに気まずい空気が流れる中、空気を読んだのか読まなかったのか、シュンが駆け寄ってきた。
「ユウタ、おめでとう」
「落下した人間に向ける一言目にしては辛辣じゃないか?」
「いや、ラッキース……」
「アンタたち、それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ?」
俺もか……?。
やや理不尽に思いながらも面倒になるので口答えはしない。
「まったく、せっかく頑張って応用魔法学の教室に主席で入れたのに……入学式前から散々ね」
確か主席はオリエンテーションの挨拶と離陸式の先頭の役目があるため事前に連絡があるという話だったはずだ。
その少女の呟きにシュンが素早く反応する。
「へえ、それじゃあ君が鹿井さん?」
「そうよ。アタシ……私は鹿井彩音。今年度入学生主席にしてこの大学の顔とも言える応用魔法学教室の学生ですのよ」
声が上ずり、やや頬を紅潮させて金髪の少女、鹿井が途中で口調を変えつつ自己紹介をしてくる。が、あまりにも取り繕った風で見ているこちらが居た堪れなかった。
俺とシュンが気まずそうに黙っていると、ついに耳まで赤くなった鹿井が「ああ、もうっ!」とかぶりを振って声を上げた。
「いいじゃない、大学デビューよ! 今だけは不意を突かれたから昔の口調で話すけど……。広めたらわいせつ罪であなたたちを退学に追い込むから。いいわね!」
「別に僕はなにも触ってないけど?」
「この重なる発言だけでセクハラとして十分よ!」
シュンは抗議の視線を送るも、やはり先ほどの姿を思い出しいたたまれなくなったのか、やれやれと大袈裟なジェスチャーをした。
まあ、個人の望む学生生活を妨害する必要もないだろう。
俺も軽く首肯すると左手に掴んだままだった紙を差し出した。
「悪かったな」
「分かればいいのよ」
ふん、という効果音が付きそうな勢いで後髪が揺れた。
この件はもうこれでいいか。そう思い散らばった箒を集めているとぴしゃっと何かを叩く音が聞えてきた。振り向くと鹿井が髪を指に絡めながら視線を逸らしつつもこちらに歩いてきた。その頬には先ほどとは違う赤みがある。
「それはそうと、その……助かったわよ。でもお礼は言わないから!」
先ほどの紙は渡す際に少し見えたのだが、新入生代表挨拶のカンペだったらしい。何度も書き直した跡が見られたことから、この鹿井という少女の気真面目さと苦労が伺われた。
俺が何かを言うよりも早く、鹿井が続ける。
「礼は言わないけど、貸しは嫌。だから、何でもいいから一つ言うことを聞いてあげるわ」
「何でも? 僕ならそうだなぁ」
「そこ、それ以上余計なこと考えると入学式に出れなくするわよ? 物理的に」
鹿井の言葉に瞬時に釘を刺されたシュンはすぐに動きを止めた。
二人のやり取りをぼんやりと眺めつつ、ある用事を思い出した。
「制服が欲しいんだけど、女子の……」
「滅べ、変態!」
そう言うが早いか、俺の頬に先程の彼女に匹敵する赤い紅葉が加えられたのだった。
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