第二話 ~雑務と友人~
「で、ここは?」
「運動場」
「目的は?」
「会場の準備」
「……ですよね」
俺は数秒前の自分の思考に羞恥で悶えていた。
転移魔法によって飛ばされた先は広大なグラウンドだった。芝生と客席が周囲を囲み、更にそれを包み込むように木々が聳えている。そんなグラウンドでは数十人の教職員や学生たちが杖を片手にテントや箒を運んで行き来していた。
ただ、一つ奇妙なのはどの人もこちらを一瞥した後、不自然に視線を逸らしていったことだ。その中には転移魔法に対する興味の視線も含まれているだろうが、一部では無視するでもなく何かひそひそと話し声が聞こえる。
持ち場へ向かったユカリさんを見送っていると、背後から一人の男性が近づいてきた。高級そうなスーツに薄くなった頭髪、いかにも大学のお偉いさんといった風貌だ。
その男性は取り繕ったような笑みを浮かべてアイリスに話しかけた。
「おや、榊教授。あなたがいらっしゃるなんて珍しいものですな」
「ああ、ハゲ先生か」
「ハゲではなく、
「うーん、見送り?」
いや、そこは嘘でも手伝いとか言いましょうよ。
俺が内心でツッコんでいると羽根と名乗る人物はため息交じりに顎をさすりこちらに視線を向けた。
裏口入学の身としては無意識に緊張が走る。だが、かけられたのは思ったより暖かい言葉だった。
「あなたが噂の……。もし学校生活に不安を感じたらいつでも私に相談しなさい。研究室の移動くらいは特例で認めますから」
「はあ」
思わず間抜けな返事がでてしまった。
研究室の移動を考えなければならない状況とは……。というか噂になっていたのか。裏口入学はもっと密やかに行われるものかと思っていた。
そのやり取りを見ていたアイリスが煙たそうに手を振りながら言う。
「ハゲ先生。私だって教授なの。学生の一人くらい面倒見れるから大丈夫だって」
「ハゲではなく羽根です! まったく、白井さんを見ている教員は皆彼女に同情していますよ。それと、くれぐれも他の先生方の邪魔だけはしないでくださいな」
そう捨て台詞のように吐いて羽根と名乗る男性は行ってしまった。
その後ろ姿を見つつ俺は隣でぷうと頬を膨らませたアイリスに問いかける。
「アイリス、あの人は?」
「ああ。応用魔法学の統括部長だよ。分かりやすく言うなら校長の次の次くらいに偉い人」
さも当然のように言い放つ少女を横目にさらに尋ねてみる。
「あまり友好的ではなさそうな雰囲気だったけど何かしたんですか?」
「うーん、大したことはしてないけど……。たぶん、去年の実験中に間違って研究棟吹き飛ばしたのを怒ってるんじゃない?」
「それはお前が悪い」
「てへっ」
そう言って教授様はチロっとピンクの舌を覗かせていた。
アイリスは本当に送りに来ただけらしく、すぐさま転移魔法でいなくなってしまった。あの魔法、便利そうだからすぐにでも伝授いただきたいのだが、ユカリさんも使っていないみたいだし不完全とも言っていた。今度交渉だけしてみよう。
それはそうとアイリスから渡された課題は
『・オリエンテーションの準備の手伝い
・健康診断結果の受け取り
・女子制服の入手(※手段は問わない)』
の三つだ。
他はともかくとして、オリエンテーションの準備だけは時間制限があるため優先される。
俺は人の流れに沿って適当にグラウンドの端にポツンと建てられた古びた倉庫へ行くと指示を出している職員に事情を説明して箒を運ぶ班に加えられた。
アイリスの名前を出すと驚愕と同情の表情をされたのだが、先の羽根先生の話を踏まえ、意味は深く考えないこととする。
なお、箒は数がギリギリらしく、墜落事故や机との衝突を防止するため、オリエンテーションで使うものは飛行禁止と言われた。
俺は倉庫の隅に立てられかけた大量の箒のうち束になった4本を担ぐと、指定された場所を目指して歩き始める。と、倉庫から出てすぐ男子生徒が声を掛けてきた。
「君も一年生かい?」
ややくすんだ金色の髪に整った顔立ちは女子からかなりの人気がありそうであるが、口調に反してそこまで驕った雰囲気は無い。俺と同じく制服姿で箒を運んでおり、暇つぶしに話しかけてきたのだと推測する。
「そうです。も、ということは貴方も一年生ですか?」
「僕は
まあ体よく押し付けられただけだけどと苦笑いを浮かべているがあたり、仲間意識が湧いた。
「俺は第三魔法研究室一年生の飛騨ユウタです。教授に押し付けられてきました」
「第三魔法研究室⁉ それって三賢者の一角の?」
「賢者?」
「初代賢者の
「まあ、天才なんだろうけど、どちらかと言えば……」
何とかと天才は紙一重と言うしな。
俺の疑念をよそにあそこって新入生取るんだ……などと一人で納得したらしい千田シュンは改めてこちらを向くと手をさし出してきた。
「まあどこの所属でもいいや。よろしく、ユウタ」
俺は一瞬戸惑うが、ほどなくして手をとる。
「ああ、よろしくな、シュン」
「そう来なくちゃ」
屈託なく笑うシュンの顔を眺めながら、コイツとは長い付き合いになる予感がした。
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