第二話 入学オリエンテーション
第二話 ~初回課題~
俺が第三魔法研究室教授、榊愛璃ことアイリスによって誘拐……もとい裏口入学した日……どちらも聞こえが悪いのだが、どうにかならないだろうか。
いろいろと混乱も収まり、諦めてすべてを飲み込んでから聞いた話だが、俺は転移魔法で意識が飛んだものの半日で目を覚ましていたらしい。何やら適正があるようで次からは意識も保てるだろうと言われた。
それはそうと、今日はレポート提出日の翌日、すなわち入学式兼オリエンテーションの日だ。入学オリエンテーションでは新入生全員が同時に飛び立つという飛行魔法を用いたイベントがある。これは学外からも見物人が来る程度には王立大学の有名な行事だ。
なぜか天井にはめ込まれた壁時計は6時半を指していた。入学式は10時からなのでもう少し時間がある。
暇をどう潰そうかと考えていると、一度帰って一睡してきたユカ姉こと白井ユカリさんがお茶を組んできてくれた。
「はい、お茶が入りましたよ」
「ありがとうございます」
「あ、ゆか姉ありがとう!」
ユカリさんは先の私服ではなく、白のシャツに淡い黄色のセーター、黒いスカートにローブを羽織った大学の式典用の装いだ。魔法大学は基本的に私服だが、式典のみこの制服の着用が義務付けられている。ちなみに、俺も先ほどユカリさんから受け取った制服に身を包んでいた。
一方でアイリスはリボンのあしらわれた白いセーターに桃色のスカート姿。街中で遠目に見ればただの育ちのいいお嬢様なのだが……。と、ここで俺は一つ疑問を抱いた。
「そう言えばアイリスって今何歳なんですか?」
「何歳に見える?」
……女性に年を聞いた自分も非礼だったかもしれないが、この返事は面倒なことこの上ない。俺はありのままの感想を述べた。
「十二くらい?」
「なんでそうなるの、もっと頭使って!」
まあ、教授だからおそらく大学は卒業しているよな。
それから教授になるまで数年はかかるとして……。
「まさか三十路……」
「そんなに老けてない!」
ならいくつなんだよ……。
せっかく俺の灰色の脳細胞が導き出した答えを一蹴されため息をついていると、アイリスが喜々として言い放った。
「それじゃあ、それが最初の課題。提出期限は今学期で。出来なかったら秋のゼミ旅行は自腹ね」
ゼミ旅行という楽し気な単語に混ぜてくるとは何とも嫌味な。
所属研究室の教授からは指導のため、定期的に課題を出される。だが、一体これは何の指導なのか不明だ。
アイリスの隣でユカ姉さん同情するような、共感するような目を向けている辺り、彼女も過去に同じ課題をだされたのかもしれない。
「それにしても、そろそろ二人とも行った方が良いんじゃない。遅刻しちゃうよ?」
「行くってどこへ?」
「入学オリエンテーションの準備会場ですよ。そういえば言ってませんでしたね」
なるほど。本番にしては随分と早いと思ったが準備は必要だ。
俺が納得したように、準備のため准教授室に向かったユカリさんを見送っていると正面に座っているアイリスが俺の足を蹴ってつついてくる。
「何ぼ~ッとしてるの? 君も手伝いに行くんだよ」
「え、俺も……ですか?」
「別にため口でもいいよ」
アイリスから許可をもらったものの、あくまで相手は教授。最低限の礼節はわきまえるべきだろう。
「いえ、それで一年生も準備に行くんですか?」
「ううん、特に決まりは無くて、一つの研究室から二人以上って話なんだよね。で、私は行きたくないのでよろしくって感じ!」
アイリスはゴミのような発言に語尾にハートが付きそうな雰囲気で言い終えると、ソファーの背もたれに体重を任せ足を延ばす。
まあ、教授だから内容は百歩譲るとしても、馬鹿正直に全て話す必要も無いかったのではなかろうか。
俺の不満が表に出ていたのか知らないが、アイリスが良いこと思いついたと言わんばかりに虚空から紙とペンを取り出すと、つらつらと書き始める。
「そうだ、色々と課題にしちゃおう」
今、そうだって言ったろ。思い付きだろ。
俺がタメ口でもいいかなと思っている間に書き終わった紙を渡してきた。そこには箇条書きでこう書かれていた。
『・オリエンテーションの準備の手伝い
・私の健康診断結果の受け取り
・女子制服の入手(※手段は問わない)』
全て見事なまでのパシリだった。そのうちパンと書籍を買ってくるように命令されるところまで見える。
そして個々の内容も内容だ。一つ目はまだしも、健康診断の結果は自分で受け取りに行くべきだし、最後の項目には不穏な注意書きが書いてあった。
「あ、健康診断は医学魔法研究室の教授に言ったら渡してくれるから」
忘れてた、と声だけは可愛らしく付け足してくるが、内容が可愛くない。
俺は一応抗議してみた。
「健康診断くらい自分で取りに行ってくださいよ。というかそこじゃないでしょう。女子制服なんて何に使うんですか?」
「乙女の秘密ってことで。事務でもらえると思うけど、もらえなかったら適当にはぎ取ってきてもいいよ」
「良くないです。入学式前に退学じゃないですか」
「それも一興?」
「興冷めです」
「まあ何とかなるって。というか何とかして」
健康診断の結果の方が乙女の秘密に近いのでは?とか、いろいろと言いたいことを堪えてため息をついていると、部屋からユカリさんが出てきた。
「お待たせしました。それじゃあお願いします」
「うん! さあ行くよ!」
アイリスはそう言ってこちらに手を伸ばしてくる。
最初に会話した時から思っていたが、この少女は色々と適当だ。だが、前人未到の転移魔法の作成など、差し引いて余りある才能を持っている。
なんとなく、その小さな手を取れば世界の真理へたどり着ける気がした。
俺が差し出された手を取った瞬間、再度視界が歪んだ。
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