第一話 ~奪われた鞄と盗賊少女~

 薄暗い路地裏を進み、屋根の間からうっすらと差し込むに流れながらギリギリの所で見失わずについて行った。


 それにしても俺はそこまで足が速いわけではない、と言うよりも平均より遅いという自負があるほどだ。


 身軽そうなフードの少女へ付いていけているのはただの意地だと思う。しっかりと送り出されてきた手前、おめおめと帰郷する訳にもいかない。


 ……それに、あんな見栄も張ってしまったしな。


 息が弾み思考がまとまらない中、角を曲がったところで正面に壁が現れた。


 ようやく追い詰めたかと思ったが、そこに立て掛けてある箒を見て、どこかで聞いた最近話題のひったくり手法が思い出される。


 箒で低空飛行していてはターゲットに気付かれる上に、上空は逃げるのも目立つ。だから地上で人気のない路地に移ってから用意していた箒で逃走するのだ。


 案の定、少女は箒に跨るとそれに魔術を流し始めた。


 魔力によるスイッチによって魔術が起動を始め、励起光から箒がうっすらと光り、浮遊し始める。


「っ、させない!」


 俺はとっさに手を伸ばし、箒の端に触れる。それと同時に、少女が跨る


「へ?」


 そう少女が不思議そうな悲鳴をあげたのも無理はないだろう。


 魔術を起動するためには人が持つ微細な魔力を流す必要がある。だが、俺が少女の逃走を手助けするように魔術を流しただけで、箒は光を失い地に落下したのだ。


 それは文字通りの棒切れとなっていた。


「ちょっと聞いてないってば⁉」


 フードの少女は慌てて飛び上がると動転したように行き止まりの壁に向かって走り始める。


 俺は諦観を込めて一連の事象を見ていた。


 これが昔からの俺の体質。


 原因は不明だが、俺が起動しようとした魔術の込められた品々、魔道具は全て再起不能になる。しかし、一度起動した魔法を消すような便利な使い方はできない、ほとんど使い道のない体質だ。


 体内の魔素が毒になっているやら魔術に嫌われているやら、挙句呪われているとまで好き放題言われてきたが残念ながらそれらを否定する根拠はなかった。


 そして、だからこそこの体質を究明するために、少女の手の中にある書類が必要なのだ。


「それを返してもらおうか」


 俺が勝ちを確信して告げたはずが、フードから口元の笑みが返ってきた。


 少女は瞬く間に懐から杖を取り出すと、靴の魔術を起動させながら横の壁に向かって走り出した。


 俺が呆然としている間に少女は壁を強く蹴って反対側の壁に足を向ける。そうして、壁を蹴り上げながら屋根へ上って行った。


 安全圏に達したと判断したのか「返して欲しければここまでおいで~」と挑発してくる。


 このような安い挑発に乗るのは大変不本意だが、乗らざるを得ないのも事実だ。俺は周囲に人目がないのを確認すると自分の体を空が引っ張る様にイメージした。


 すると体が重力の楔を離れて宙に浮き、ゆっくりと屋根を超える高さまで飛翔した。


 魔術が使えない俺がなぜか唯一使える魔法。ただ、あまりにも世間の常識とは離れたこの現象は人目につけないようにと親に言い聞かせられてきた。たしかに研究者を志す身からしたらいいモルモットであるという感覚は分からなくもないのだ。


 とはいえ今は背に腹を変えられない非常時。


 俺が手を伸ばすと見計らったように鞄が宙を舞った。


「はい! じゃあね~」


 フードの少女の楽し気な声が響く。


 憎いことに、このまま少女を追えばギリギリ届かない軌道だ。


 重要なのは鞄の中身であり、窃盗犯の逮捕のような崇高な精神は持ち合わせていない。よって迷わず鞄を確保した。


 ゆっくりと下降していると遠い彼方の屋根に少女の姿があった。


 彼女は一体何がしたかったのだろうか。それとも追い詰められたから諦めたのか? それにしては予定調和のような振る舞いだったのが気になる。


 が、まあいいだろう。鞄は取り返したのだ。


 綺麗に晴れた空のもと予定通り魔法大学への道順へ戻る。


 軽いのは気分だけでなく鞄の中身もであることに気付いたのは、目的地に到着してからのことだった。

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