第7話 洗脳からの解放 ❇︎サラ視点❇︎

 翌朝。うなだれて待つベックの元に現れたのはサラだけだった。


「あの男の事を聞かせて。じゃないと一緒に冒険なんて出来ない」


「•••アイツはボクの事を騙していた事だけは確かなんだ」


「どういうこと?」


「アイツは、今までボクに、嘘をついていたんだ。ボクや仲間にはスキルを使わないって約束してくれていたのに」


 ベックは昨日の夜、眠りにつくまで後悔に苛まれていだはずだった。


 幼い頃からの親友のズクシを拒絶し、酷い事をした。


 それはあくまでも、やり過ぎてしまったズクシへの断罪のためで、彼が謝って心を入れ替えればまた、元に戻れると思っていたからだ。


 眠りにつく瞬間までそう自分に言い聞かせて、ようやく眠りにつけた時には随分時間が経っていた。


「でも、今日の朝、目が覚めた時•••アイツへの感情がいつもと違ったんだ。多分、洗脳が解けたんだと思う」


「今までの旅の中で、ずっと、交渉人のスキルの影響を受けていたのね」


「•••自分の中の感情が、本当にわからないんだ。昨日までの自分が、別人みたいに感じて、自分がなんだったのか•••」


「落ち着いて。今の自分の感情が本当の貴方なの。昨日までの事は•••考えない方が良い」


 精神が不安定になってしまったのだろう。ベックは嗚咽を漏らしながら泣いていた。


 今までの旅の全てはズクシの影響を受けていた、偽物の記憶と変わらない。


 確かベックは今年で21才になり、旅に出たのが8才と言っていた。つまり、13年近くの間、あの男に人生を狂わされてきたのか。


 朝、ベッドで寝込むキュリーも、同じ様な状態になっていた。その姿があまりにも可哀想で、サラには声をかける事も出来無かった。


 忘れてしまえればどれだけ良いのだろうか。きっと、この2人が心に負った傷は塞がる事は無いだろう。


「じゃあ、あの男はベックが持つ勇者のスキルを利用する為に同行していた?」


「•••わからない。でも、アイツが何を目的にボクの近くにいたのか、本当にわからないんだ」


「富とか、名声が目当てだったんじゃ無いの?ベックは魔王を倒す為に旅をしていたんでしょう?」


「•••アイツは、自分の功績を誰かに言いふらす様な事はしなかった。目立つのはキライとか言って、いつも後ろにいた」


「じゃあ、お金じゃない?私の蒼の勾玉を売ったのもアイツでしょ?」


「あの後、勾玉を買い取った商人から話を聞いたんだ。アイツは、勾玉をタダ同然の値段で売っていたらしい」


 目的が分からず、非道な行為を行えるズクシに対して、サラの中に産まれた感情は『恐怖』だった。


「•••じゃあ、キュリーにしたみたいな、その、そう言う目的だったって事は?」


「アイツが恋人の話をした事は一度も無い。つくる気も一切なかった」


「じゃあ•••」


 じゃあ、なんだと言うのか。考える事がわからなさ過ぎて同じ人間とは思えない。


「•••人間じゃない?人間に化けた魔王の手下で、勇者のスキルを持つベックを殺す為•••いや、これは無いわね。殺す隙なんていくらでもあった筈だもの」


 わからない。手詰まりだ。


 サラが最も恐れていたのは、ズクシがベックや自分達を殺しに来る可能性だ。


 その為には目的を知っておきたかった。


「•••これじゃ、対策も考えれないじゃない•••」


 サラも頭を抱えて黙り込んだ。とにかく遠くに逃げても、あの男は追ってくる。そんな予感がした。


「•••今はもう、出来ることは無いのね。私、帰るわ。キュリーの様子を見ないと•••」


「ごめん。お願いするよ。また何かあったら連絡してくれ。ボクも後で宿に戻るから•••」


 サラは立ち上がり、何も答えが出ないまま帰る事になった。

 

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