桜#6
「明日から冬休みだねぇ」
2人はいつも通り桜乱通りを歩いていた。
「そうだな」
しかし、2人は浮かない様子だった。なぜなら冬休みは互いに冬期講習の予定がびっしりと詰め込まれているからだった。
重苦しい空気の沈黙が流れるがそれを切り裂くように水瀬は言った。
「いつかの話の続きなんだけど、私人間関係はジグゾーパズルみたいなものだと思うの」
「また説教か?」
「違うよ。最後まで聞いて」
水瀬は少し口に笑みを浮かべ、たしなめるように言った。
「パズルのピースみたいにさ、人って合う人と合わない人がいるんだよ。多分大岩はひねくれてるからピースの形が特殊なんだろうね。…けど、絶対に言えるのは誰とも合わないピースはないって事」
大岩は文句を言いたくもなったがとりあえずは黙って聞いていた。
「いつかね、出会えると思うんだ。大岩とピッタリな子に。だからもし、そんな人と出会えたら…大切にしてあげて」
正直、大岩にはそんな運命論的な話はピンと来ていなかった。しかし、水瀬の表情は真剣に伝えようとするものだったので無下にもできなかった。
「まぁ…心に留めておくよ」
水瀬は「ありがと」と言い、あの三日月の笑顔を大岩に向けた。
そうしてその後普段通り勉強してあたりも暗くなってきた頃、図書館を出ると、外では雪が降っていた。
夜の暗さでは白い雪がよく映える。風はほぼ無く、ゆっくりと舞い降りる雪。やはり夜は冷えるのか、水瀬はマフラーを取り出し口元が隠れるくらい深く巻いた。
「上を見て」
水瀬が言った。
上を見ると視界を邪魔するものは何も無く、視界を埋め尽くすのは、深黒のスクリーンに映し出される無数の雪の粒。絶えることなく上から下へフワフワと降り続けるそれを見ているとまるで我々が夜空へゆっくり舞い上がっているかのような錯覚さえ覚える。
「綺麗だ」
つい、思考さえ漏れ出す。
「最後にこれが見れて良かった」
水瀬はそう言った。
「最後?」
「うん。だってそうでしょ?もう冬期講習でここには来ることは無くなるし、三学期だって殆ど登校しないから、もう大岩とは会わなくなるかもね」
「…そうか、寂しくなるな」
それは大岩の胸に湧いた紛れもない本心だった。
水瀬は少し驚いたように大岩と目を合わせた。その後もしかしたらまたあの三日月の笑顔で笑ったのかもしれなかったが、水瀬はマフラーで口元を隠しているのでそれを確認することは出来なかった。
桜乱通りを見やる。あと1つだけ季節が変わればそこでは満開の桜が咲き乱れる絶景が観られる。しかしその桜の下を大岩と水瀬が共に歩くことは無い。──もうあの笑顔を見ることも、無い。
その事実は大岩に強烈なもどかしさを抱かせた。いてもたってもいられない大岩にあるひとつの案が浮かんだ。
「なぁ水瀬。俺、お前と同じ大学目指していいかな?」
本来誰の許可も必要としないはずの選択を口にする。
「いいよ」
水瀬は大岩の願望を見抜いたかのようにマフラーを外し、あの両頬に笑窪を作り微妙に目を細め唇を三日月のような形にした綺麗な笑顔で優しくそう言った。
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