机の上にほかほかの肉まん

机の上にほかほかの肉まん

 登校して教室に入ると、私の机の上に肉まんが置いてあった。艶やかでほかほかで美味しそうな肉まんだ。


 しかし一体誰が何の目的で、私の机の上に肉まんを置いたのだろうか。机の上に花瓶を置くいじめならドラマや漫画で目にすることがあるが、肉まんを置くいじめは聞いたことがない。この学校独特の文化なのだろうか。むしろ嬉しいが。


「おはよーマミ」


友人のユミが寄ってきて私に挨拶した。


「おはよーユミ」と私も挨拶を返した。


「それ何?」とユミが私の机を指差す。


「肉まんだよ」

「それは見ればわかる。なぜ肉まんを机の上に? 今日そんな宿題出てた?」

「まさか。学校がそんな宿題を出したら教育委員会と近所のコンビニとの癒着が問題になるよ」

「確かに。コンプライアンスは大事だよね」

「これはコンプラの範疇に属するのだろうか?」

「話がずれてきたよ。コンプラの議論はどっかの有識者に任せよう。それより、なぜここに肉まんが存在するのか? それを考えるべきだよ」


 私とユミは一緒に、机の上の肉まんの存在理由について考えを巡らせた。しかしこれといって納得のいく回答は得られなかった。


「ダメだ。さっぱり意味がわからない」

「だね。これはもう存在理由を考えるよりも、存在を受け入れることに意識を集中すべきかもしれない」


 ユミは不思議なことを言う。存在を受け入れる?


「肉まんは実存的存在なんだよ。実存が本質に先立つ。私の言う意味、わかる?」

「さっぱりわからない。一ミリもわからない」

「肉まんは道具としての肉まんとして存在する以前に実存的に肉まんとして存在するんだよ」

「一ナノもわからない」

「まあとにかく、肉まんの存在を受け入れるんだよ。マミも一緒にやろう」


 私とユミは一緒に、机の上の肉まんを凝視し続けた。


「なんだか、ここに肉まんが存在するのがすごく自然な状況に思えてきた」

「私も。肉まんは存在するべくして机の上に存在するんだよ。それ以上でも以下でもない」


 そこに友人のクミがやって来た。


「おはよー。二人とも何してるの? 肉まんを凝視しているみたいだけど。そういう趣味?」

「趣味ではない。肉まんの存在を受け入れてるんだよ。存在理由は判然としなくても、存在を受け入れることはできる。それが人間だもの」

「その肉まん、私がマミの机に置いたんだよ」


 私とユミは顔を見合わせた。なんと。犯人はクミ。しかしなぜ彼女が? どんな事情があって?


「ほら。昨日、私とマミは一緒に下校したじゃない。そして昨日はすごく寒かった」


 クミが動機を語り始めた。私とユミは、口を挟まず静かに耳を傾ける。


「で、マミが言ったんだよ。『ほかほかの肉まんでも食べたいね』って。それで今朝、そこに置いたの。私からマミへのささやかなプレゼント」


 なるほど。そのような理由があったのか。しかし彼女は少々ずれているようだ。


「あのね、クミ。確かに私は肉まんを食べたいと言ったけどそれは昨晩の話だよ。今朝の人間の心境が昨晩の心境と同じだとは限らない。人の心は刻一刻と移り変わるんだよ。川の流れのように」

「そうかもね。でも、失敗を恐れていては、人は何も成し遂げられない。私は一縷の望みに賭けたんだよ。一個の肉まんに人類の希望を託した」


 この肉まんにそれほどの情熱が込められていたとは。どうやら私は少々クミを侮っていたようだ。


「ありがとう。クミの信念は確かに受け取った。もちろん食べるわ。皆でわけましょう」

「え、私にもくれるの?」とユミが言う。

「もちろん。友達だからね」と私とクミ。

「ありがとう。でも三つに割るのは難しいね」

「確かに。じゃあ、まずはマミが半分くらいまで食べていいよ」

「え、半分も食べていいの?」

「だって、元々それはマミへのプレゼントなんだよ。もちろんいいに決まってる」


 私はありがたくいただくことにした。大きく口を開けて、ばくりとかぶりつき、ほかほかつやつやの肉まんを食べる。温かい味が口内いっぱいに広がる。うん、おいしい。おいしいんだが……


「あんまんじゃないか!」


「思い込みに惑わされてはいけない。本質を見抜かないとね」とクミは微笑み、私たちに有益な教訓をもたらした。


おわり

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