第9話 それぞれの、旅立ち

 翌朝、朝食の終わる頃にアルウィンは約束どおりシェラを呼びに来た。気を使って、お目付け役と護衛を兼ねた騎士たちを人払いしてくれたらしい。

 客人用の天幕の中には、シドレクだけが座している。そのせいで、まるでそこが簡易な謁見の間になったような錯覚を覚える。いくら質素な格好で気さくに振る舞っていても、大国の国王だ。隠しきれない威厳のようなものが場を支配していて、前に座るだけで緊張してしまう。


 とても一対一ではまともに話せそうにない。シェラは、アルウィンに同席してもらって、これまでのことをかいつまんで説明した。

 ある使命のために谷を出てきたこと。

 その使命とは、偶然視てしまった未来を、然るべき人に伝えるためだったこと。

 鍵となるのは”エリュシオン”という謎めいた言葉。そして、一族に伝わる、青い石に刻まれた詩篇。


 「なるほど、、予言の民、ルグルブの視た未来、か。…」

ひと通りの話を聞き終えたあと、シドレクは顎に手をやって考え込んだ。もう片方の手には、シェラから受け取った詩篇の記された石がある。

 「”約束の種を植えなさい。その樹は希望へと繋ぐもの” …謎めいた詩だなだ。この石の由来を、聞かせてもらえないかな?」

 「はい。この詩は五百年前、”統一戦争”の際にアストゥールに協力した、当時のルグルブの族長ライラエルが残したものと伝えられています。あたしたちは、この詩はアストゥールの繁栄を意味していると解釈して来ました。『約束の樹』と『種』とは、建国の王イェルムンレクの子孫たちによる『黄金の樹』の王家のことだと。」

 「確かに、そう読めなくもないな。『黄金の大地』とは、この国の異名でもある。アストゥール中央部の肥沃な土地に広がる穀物畑は、実りの時を迎えると一面の黄金色に輝く。平和と豊穣。だが、『刻が満ちるとき』というからには、はるかな未来を示しているようでもある」

 「はい…。」

頷いて、シェラは、伺うように王を見上げた。

 「あの、ご存知かどうか分かりませんが、ルグルブの中でも強い力を持つものは、未来を予言することが出来る――」

 「知っている」

と、シドレク。

 「ルグルブは、力なき者でも一生に一度は未来を視ると言われている。そして未来を然るべき者に告げる。もしその者が外部にいるならば、使命のために谷を出る。――だったな?」

シェラの側で、アルウィンが小さく頷く。ということは、彼も最初から知っていたのだ。

 「シドレク様は、”エリュシオン”という言葉は詩の題名だと仰いましたよね? そうなんですか」

 「うむ。だが、まさかその言葉を知る者が他にいるとは思わなかった。まして、あの坑道の奥で見つけようとは――」

シドレクは、物思うよなうな目をして虚空を見つめた。

 「アルウィン。王宮の中庭”に、建国詩が刻まれた古い石碑があったのを覚えているか」

 「はい。」

 「その詩の題名が”エリュシオン”という」

 「――え?!」

アルウィンとシェラは、同時に声を上げた。

 ルグルブの民によって予言され、ハザル人の遺跡に刻まれた言葉の指し示すものが、王都リーデンハイゼルの中庭にある…?

 「建国詩の碑は、五百年前に今のリーデンハイゼルに最初の王宮とともに建てられた、と伝えられている。詩の、本来意味していたところもだ。その詩は、こういう内容になっている。


//  大樹は健やかに育まれ

//  抉る雨も射す光も

//  広げた枝葉に受け止める


//  百に砕けた大地のかけら

//  千に砕けた人の心

//  強き根が結びつけ

//  混沌の海に沈まぬように

//  忘却の空に散らぬように


 …どうだ? ルグルブの詩と、調子が似てはいないか」

シェラは大きく何度も頷いた。

 「もしかして…同じ詩の一部、ってことですか? どちらにも”樹”っていう言葉が出てくるし、二つの詩をつなげても、違和感がないわ。」

 「かもしれん。」

石をシェラに返しながら、シドレクは神妙な顔だ。

 「ということは、尋ね人は私、ということかな?」

 「だと思います。――聞いて下さいますか?」

 「もちろん」

シェラは、ひとつ息を吸い込んでから続けた。

 「あたしが視たものは、とても不吉な光景でした。暗い炎が美しく煌く黄金の大樹を呑みこんで、お城が崩れ落ちていく夢です。その光景と重なり合って、この青い石と、”エリュシオン”という言葉が視えました。恐ろしくて、震えながら我に返って――。未来に、何か大きな災いが起きるんだと思いました。でもそれが何を意味しているのか分からなくて、もう何ヶ月も足踏みをしていたんです」

 「ふむ。だとすれば、それは王国に災いが降りかかる、という警告と取れる」

シドレクは、考え込んだ。

 「もし、未来を告げるべき相手がシドレク様だったとすれば、こんな機会でもなければ不可能でしたね」

と、アルウィン。

 「国王が少数の護衛だけ連れて、王都の外に出ることなどめったに無いわけですから。」

 「確かにな。偶然――というよりは、必然か。目的の相手に出会える未来を含めての予言、ということだろう」

シドレクは、シェラのほうに視線を戻した。

 「ルグルブの視た未来が外れることは決してない、と聞く。ありがとう、君の言葉は胸に留め置こう。」

 「よかった」

藍色の髪の美女は、ほっとしたように胸に手を当てた。

 「これで、あたしの使命もようやく終わります。――ありがとうございます、国王様。」

そして、床に敷かれた敷物の上からゆっくりと立ち上がった。アルウィンが見送りに発つ。


 シェラが出ていったのと同時に、シドレクが呟いた。

 「やれやれ。またも、五百年前の亡霊…か。」

 「亡霊ではありませんよ。彼女は今、目の前に生きています」

入り口で振り返って、アルウィンが言う。

 「いや、そうなんだがな。…あの、ライラエルの詩だ。それに、ハザル人が残した、坑道のメッセージ」

王は、指でこめかみを叩いている。

 「五百年前の”統一戦争”に絡む因縁は、私ですら知らぬところで複雑に絡み合い、今も影響を及ぼしている。なぜ王家にすら伝えられていない情報がある? なぜ王宮にすら記録が残っていない? 『黄金の樹』の紋章に埋め込まれた石のこともそうだ。あれに鍵としての役目があることを知っている者が他にいようなどと、予想もしていなかった。」

 「あの襲撃者たちのことですね。彼らは一体、なぜ紋章を奪っていったんでしょうか。あれが鍵として使える場所が、まさか他にもある、などとは――」

 「ふむ…。さすがに、私の立場上、これ以上は自由に動けそうにない、か…。」

僅かな沈黙。

 「アルウィン。本来のお前の職務からは外れてしまうが、ひとつ頼み事をしても良いか?」

 「王の命であれば、何なりと。」

王の前に戻って、少年はそう答えた。

 「この件について、継続して調査をしてほしい。お前が見たオウミという謎の老人と、その郎党の行方を追え。ただし深追いする必要はない。紋章を取り戻せるのが好ましいが、それは必須ではない。奴らが何者なのか突き止められればそれで良い。自分自身の身の安全を最優先に考えるように。ウィラーフを連れて行くといい」

 「畏まりました。」

 「私のほうは、建国詩について詳細を調べておく。”書庫”に、何か手がかりがあるかもしれない」

 「はい」

 「――しかし、自分の国だというのに、この国の過去には、あまりに謎が多すぎるな。五百年前、一体何があったのやら…」

シドレクが苦笑したちょうどこの時、入り口のほうで声がした。

 「失礼します。お話は終わりましたか」

外で待たされていた騎士たちだ。

 「ああ、今、済んだところだ」

デイフレブンとウィラーフが天幕の中に入ってくる。

 アルウィンが脇へ下がると、代わりに、巌のような男、デイフレヴンが王の傍らに控えた。年若いウィラーフはアルウィンの隣に腰を下ろす。

 これが彼らの、いつもの定位置だった。

 「例の襲撃者たちの行方は、これまでの事情を知っていて、かつ相手の首魁の顔を見ているアルウィンに追ってもらうことにした。ウィラーフはアルウィンと一緒に行ってもらいたい。」

 「私だけですか」

 「そう。デイフレヴンは―― ああ、まあ、なんだ。王都へ帰るんで、その連れだな。」

 「ついてくるなと言われても、行きますよ。今度はそう簡単に逃げられません。」

浅黒い顔の男は、にこりともせずに言った。シドレクは溜息をつく。

 「…だろうと思った。まったく王というやつは、自由のない職業だな。」

アルウィンは、思わず苦笑する。


 天幕を出ると、既に昼が近い。

 湖のほとりに集まっていたハザル人たちの一部は、早くも荷物をまとめ、帰り支度を始めている。ディーの言った通り、ここに定住するのはごく一部だけなのだ。彼らの生活がいきなり一変するわけではない。ハザル人たちはこれからも、大半が流浪の民で在り続ける。

 けれどこれからは、根無し草ではない。水と緑の活きる故郷が、ここにある。


 灰色の荒野を渡る強い風が吹き、巻き上げられた細かな砂が視界を覆う。

 そして風が収まると、集った人々は再び、それぞれの目的地を目指して散らばってゆく。




 それから数日後、シェラは、泊めてもらっていたオアシスの町の民宿に戻って来ていた。

 セノラから一番近い集落がここなのだ。町の入口まではアルウィンたちとも一緒だった。彼らのほうは、準備が整い次第二手に別れ、アルウィンたちは引き続き、紋章を奪った襲撃者の足取りを追うという。

 「へええ、そんなことがあったんだー。」

シェラからこれまでの話を聞き終えた女性は、大きく感嘆の吐息を漏らしてそう言った。

 藍色に波打つ髪が揺れる。その髪には、ルグルブでは「既婚者」を意味する赤い色の布が巻かれている。この家の女主人、ユーフェミナだ。

 「いいなぁ、国王様に会えただなんて。どう? 『英雄王』、いい男だった?」

 「あんたねぇ。ダンナのいる身で、そういうこと言わないの。メレアグロスが聞いたら卒倒するわよ?」

話の相手は、シェラより少し年かさの、ここで同胞のために民宿を経営しているルグルブ族の女性だ。何年も前に故郷の谷を出て、この町で伴侶を得て暮らしている。姉妹かと思うほどそっくりな容貌の中で、ただ一つシェラと違うのは、白い肌に少し日焼けした跡があるところだ。

 「いいじゃないのよ。ダンナはダンナ。しばらく行商に出てて居ないんだから、ちょっとくらい良いじゃないのよ」

 「ったく。…お気楽なんだから」

シェラは、苦笑する。

 旅の使命は終わった。この町ですべきことは、もう残っていない。ここへ戻ってきたのは、宿を借りたお礼と報告、それに、出発する準備を整えるためだった。先に返却した二頭の今は、元通り厩で干し草を食んでいる。

 「ねえ、ミナ。あんたが谷を出て三年にもなるけど、そんなにいいの? ここでの暮らし」

 「いいっていうか、…そうね、楽しいわ。谷では考えられなかったくらい、毎日が楽しいの。この町には沢山の人が来て、去っていく。時々は、あんたみたいに谷からのお客も来てくれるし、寂しくない。退屈しない生活って、いいものよ」

 「ふうん…。」

椅子の上で膝を抱え、シェラは、窓の外に目をやる。

 確かに、ルグルブの故郷は閉ざされた谷だ。まるで、世界から取り残された魚のような暮らし。でも、シェラは、それが退屈だと思ったことは無かった。外の世界のようにひっきりなしにナンパされることはなく、下品な言葉を使ったり、詐欺を働こうとする者もいない。安心できる、静かな暮らしは悪くないものだ。

 「でも意外だったわね。ライラエルの五百年前の予言詩が、アストゥールの建国詩と繋がるかもしれない、だなんて」

 「そうね。言葉が指すものは分かったけど、それが何を意味しているのかは、まだわからない。伝えるべき人に伝えたはずなのに、何だか、まだ落ち着かないの。シドレク王は、とってもいい人だし、頼りがいもありそうだったけど…。」

ユーフェミナは、慣れた手つきで熱いお茶をカップに注ぎ、シェラの前に差し出す。

 「悩んでいるあなたの役に立つかどうかは、分からないけどね。こんな言葉があるの、”王とは守るものであらねばならない”」

シェラは、きょとんとしている。

 「それ、何?」

 「シドレク王ってね、『英雄王』って呼ばれるだけあってとても強くて、若い頃は剣一本で大軍を率いて、内乱をおさめたり怪物を倒したり…そりゃあすごい活躍だったそうよ。それが、ちょうど五年くらい前、王様は突然、すべての戦いをやめたの」

 「やめた?」

 「ええ。その時に、突然そんなことを言ったんだって。」

ユーフェミナは、自分のカップにもお茶を注いだ。

 「三年も外の世界にいると、色んなことを耳にするものよ。王様が最後に剣を振るった大きな戦は、”白銀戦争”って呼ばれてるの。知ってる?」

 「なんだっけ、北のほうの自治領と戦ったんだっけ」

 「そうそう。クローナ自治領ね」

カップから、白い湯気が立ち上る。

 「”白銀戦争”は、いわば身内同士の争いなのよ。この国には元々、二つの王家があったらしいの。”統一戦争”の後で分かれてしまった、金と銀の王家がね。と、いっても、銀のほうは公式には認められてなかったらしいけど…。お互い主張が対立してて、五百年前から、ずっと揉め続けてたらしいわ。」

 「へ――。なんだか大層な話ね。それで戦争になっちゃったの?」

 「詳しいことは判らないけどね。結果は相打ちよ。シドレク王の嫡男で跡継ぎだったランスヴィーン王子と、相手の銀の王家の当主が戦死して終わったって。」

遠い世界の物語のように思えた。あの、悪戯っぽく笑う明るいシドレク王にそんな過去があることなど、シェラには想像がつかなかった。

 「きっと王様は、その戦いで、身内で争うことの空しさを知ったのね。だから戦いをやめたのかもね」

 「だと、いいけどね。…」

ユーフェミナは、意味ありげに首を振った。

 「人と人のしがらみなんて、そう簡単に消えるものじゃないのよ。”黄金の樹”がシドレク王やアストゥール王国そのものを指すとしたら、それを枯らすものは、色んな人たちが抱えてる積年の恨みなのかもしれない。」

 「…だけど、話し合いは出来るでしょ」

シェラは、暖かいカップを、そっと両手で包み込んだ。

 「どんなに長い間、仲たがいしていても、アルウィンみたいな人が沢山いれば、きっと何とかなるわよ。」

 「ずいぶん、気に入ってるのね。その子のこと」

 「うーん、谷を出てから、あなた以外でルグルブ語の挨拶をしてくれたの、彼だけだったから、そのぶん贔屓してるのかもね。」

 「あらあら。年下好み?」

 「やぁだ。そんな趣味ないってば。」

笑ってユーフェミナを殴るマネをしながら、シェラは、席を立った。

 「行くの?」

ユーフェミナも腰を浮かす。

 「うん。見送りはいいわ、あなた、もうじき生まれるんでしょ?」

髪に赤い布を巻いたルグルブの女性の腹部は、臨月を迎え、ふっくらと丸みを帯びている。

 シェラは、椅子にかけてあった、ほんの僅かな荷物を取り上げる。外には、強い日差し。マントを頭から被った人が、表を足早に通り過ぎてゆく。

 「で、どうするの。あんたは」

背中越しに、ユーフェミナの声が聞こえる。

 「使命を終えたんだし、特にもう用事はないわ」

 「そういうことじゃなくて―…。まさか、谷に戻ってあとは一生閉じこもってる気?外に出たんだから、ついでに、いい人でも探せばいいのに」

 「冗談でしょ。あたしには無理。あなただって、覚えてるわよね。あの予言」

シェラは、戸口に手をかけながら言った。

 「――”恋人は、その腕に抱かれる前に凍えるさだめ。” 酷い未来だわ。そんな未来が待ってるくらいなら、あたしは、誰も好きにならない」

 「どうだかね。」

ドアを開くと、表から、ざあっという音と共に砂っぽい風の匂いがいっぱいに流れ込んでくる。

 「あんたは、黙って決められた未来に従うような子じゃないでしょ? だって、……」

そのあとの言葉は、表の騒音にかき消されて、聞き取れなかった。




 オアシスの町はいつもどおりの喧騒で、今日も旅人たちが行き交う。

 シェラは、何とはなしに宿へ向かっていた。ちょうど、アルウィンとウィラーフが出立の準備を終えて、馬を前に、これから行く道を相談しているところだった。

 「どの道で行きますか」

 「ここから南に向かって、サラリア街道に出ようと思う。それが東へ向かう一番の近道だし」

傍らでは、ワンダが嬉しそうにしっぽをぱたぱた振っている。

 「…ところで、気になっていたんですが」

ウィラーフは、じろりと獣人のほうを見やる「、どうするんです。」

 「ついてくる、って言いはるんだ。」

 「だからって…連れて行くんですか?!」

 「まあ、いいんじゃないか。」

 「そうだぞ。ワンダ、ひとりだと寂しいぞ。アルウィン、ともだち! 一緒にいくぞ。」

 「……。」

ウィラーフは、額に手を当てた。「先が思いやられる。」

 彼らが広げているのは、この国の地図。広大なアストゥールの国土は、一枚の地図には収まりきらず、通常、五枚に分けられる。東、中央、西、北部山岳地帯、そして南海諸島。いま見ているのは、東へ通じる道だ。


 本当は、シェラも別れの挨拶だけして、イェオルド谷へ向けての帰路を辿るつもりだった。けれどアルウィンたちの姿を見たとたん、ふいに何か、胸騒ぎを覚えた。

 使命は終えたはずなのに、まだ、何かやり残したことがあるような…。

 「シェラ?」

彼女が立っていることに気づいた少年が、振り返る。

 「あ、うん。見送りに来たつもりだったんだけど…ごめんなさい、何て言えばいいのかしら」

言葉が出てこない。

 アルウィンは怪訝そうな顔をして見つめていたが、ふと彼女の言いたいことに思い当たって口を開いた。

 「心配しなくても、シドレク様は強い方だ。デイフレヴンだけじゃない、王都に戻れば他の近衛騎士たちもついている。そう簡単になにか起きるようなことはないよ」

 「うん…」

だが、聞きたかったのは、それだけではなかった。

 「あの…あたしも、一緒に行っちゃ駄目かしら。」

 「え?」

自分でも、どうしてそんなことを言い出すのか分からなかったた。ただ、自然に胸に言葉がこみ上げてきた。

 「あたしの使命は、まだ終わっていない気がするのよ。王様に伝えるだけじゃ駄目で、あの言葉の意味を知らなくちゃ――そう、知る必要があるんだと思う。」

ウィラーフが眉をしかめ、何か言いかけて、止めた。王から役目を託されたのはアルウィンで、彼は護衛の立場になる。決定権は、この少年にある。

 しばしシェラを見つめたあと、彼は、結論を出した。

 「――分かった。同行を認めよう」

 「いいんですか? 一応、極秘任務ですよ。」

ウィラーフは不満そうだ。「犬に女連れの旅なんて…」

 「断る理由もないだろう。それに、彼らがいたほうが、誰にも怪しまれずに旅が出来ると思う。というか、一番目立つのはウィラーフだと思うんだ。」

と、彼はウィラーフの、騎士団の印のついた立派な剣を指した。

 「マントもそうだけど、その剣、どうにかしたほうがいいと思うよ。」

 「……。」

ウィラーフは、むすっとした表情のまま背を向けてマントを外し、剣に提げた房飾りを取り外しにかかった。シェラは思わず吹出し、つられて、ワンダも口を開けて笑い出す。

 「賑やかな道中に、なりそうだな。」

アルウィンも笑いを噛み殺すのに精一杯だ。

 「…さて。そろそろ、出発するか」

 街の向こうには、遠い青空に切れ切れの雲が浮かんでいるのが見えた。その向こうにはいつもどおのの灰色の荒野と、今は見えないが、水を取り戻したセノラの湖が。

 次に訪れるとき、乾いた大地は、きっと別の世界に変わっている。


 荒野の向こうに、道は続く。

 空を越えて、太陽に灼けた赤茶色の大地から、緑入り混じる大地へ、灰色の岩山へ。

 四人はまだ、自分たちがそこに集まった因縁とでも言うべき理由を、知らないままでいた。




                             ――第二章へ続く

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