第8話 襲撃
ハザルの集落に戻ると、既に仮ごしらえの集落では、そこかしこで水源の復活を祝う宴が始まっていた。
枯れていた湖の底には、もう三分の一ほど水が溜まっている。ディーが、祭壇の奥に見つけた鉱山の話を報告すると、長老グウェンは、すぐにそこを固く封鎖して、二度と触れないことを宣言した。そして、定期的な見張りの巡回も、ハザル人で行うと受け負った。
鉱山を再び開かなければ、水源が汚染されることは無いはずだ。
これで、彼らの”贖罪”の時と五百年に渡る放浪の旅は終わり、再び、かつての定住地セノラに暮らすことが出来る。いきなり生活のすべてが変わってしまうわけではないだろうが、灰色の荒野はもはや、手の届かない遠き故郷では無くなるのだか。
湖の側には、族長によって呼び集められたおびただしい数のハザル人たちが集まり、賑やかに喜びの声で歌い、馴染みの家族や友人と抱擁しあっている。ディーも町からやって来たらしい両親と出会って何か話をしていた。あちらでも、こちらでも、再会を喜び合う声でいっぱいだ。
「”さあ、皆!今宵は我らの旅の終わりを祝え。ユールの恵みに感謝するがいい。約束の地に戻ってきたのだ!”」
グウェンの声が響く。
人々が杯を掲げる。
賑やかな声の響く中、リゼルたちは客人用の天幕に集まり、喜びに湧くハザル人たちを眺めていた。
しばらくして、族長グウェンと通訳のディーが戻ってきた。
「”さて。それではこちらの話に移ろうかの”」
「”はい。改めて紹介させていただきます。こちらが、私たちの一行の代表者で、例の紋章の本来の持ち主である、シドレク様です”」
シドレクの隣に座するリゼルは、グウェンの言葉を中央語に翻訳してシドレクに伝え、それからハザル語で長老に話をしている。同時に二つの言語を使い分ける姿はこれまでも見てきたが、よく混乱しないものだと、シェラなどは感心してしまう。彼女自身、中央語とルグルブ語、それに死語となった神聖語を使うことが出来るが、同時に切り替えながら使うほど器用ではない。
「”シドレク…ふむ。どこかで聞いたことがあるようなお名前ですが”」
グウェンは、面白そうな顔をしている。
「ん? いやあ、よくある名前ですからなあ。それにしても、ここはいい村になりそうですな。酒はうまいし、人々は陽気だ。貴族の館の気取った宴会で持て成されるよりも、遥かに居心地がいい。はっはっは」
シドレクは、陽気にはぐらかす。呆れたような顔をしつつも、リゼルは、シドレクの言った言葉をそのまま通訳して長老に伝えた。
とはいえ、彼は既にシドレクを「紋章の本来の持ち主」と紹介している。その意味が分かっていれば、敢えて口にせずとも、この男の正体は分かっているはずだ。
グウェン老人のほうも、シドレクの意図は汲み取ったようで、にこにこしながら頷いている。
「”客人にご満足いただけたなら何よりです。伝承によれば、ハザルはご百年前、新興国であったアストゥールに同盟した初期部族の一つ。昔日からの縁により、これからも、ハザルは王国の一員として義務を果たしていくつもりです”」
「お。そうでしたな、その件があった」
酒の盃を床に置き、シドレクは、隣のリゼルに何かを囁いた。
「はい。こちらに、書簡を預かっております」
リゼルはシドレクから預かっていた書簡を取り出し、グウェンに手渡した。紙には王国の紋章が圧され、国王の署名がしてある。―― もっとも、その署名は、ついさっき隣のシドレクが大急ぎでしたためたものなのだが。
「”王国議会は、次の集会で正式に、あなたがたのこの地への定住と自治区としての認定を行います。それまでは、こちらの書面を証としてお持ちください。次の王国議会の集会は三ヶ月後となります。開催日は別途、議会の使者が通達します。必ずご出席下さいますよう”」
「”おお、ありがたい。”」
「これからも、アストゥールとハザルの民の、変わらぬ友情を。」
言って、シドレクは陽気に盃を掲げた。「ユールの祝福せし大地に、栄えあれ!」
これで、旅の目的はひとまず果たされたことになるはずだった。
明日には王都へ向けて発つ予定になっている。途中ではぐれた二名の騎士たちとはまだ合流出来ていないが、帰路のどこかでは出会えるはずだとシドレクは考えているようだった。
ただ、襲撃者のことは気になっていた。ギスァとサイディはまだ戻ってきていない。ハザル人の誰が、どう関わっていたのかは分からずじまいだ。
目的が国王の暗殺などでなければ、この先はもう出くわすことは無いかもしれないが――目的が分からないのはどうにもやりづらい。それに、関わっているのが北方人らしいということに、リゼルは引っかかりを覚えていた。
酒を酌み交わす大人たちを天幕の中に残し、彼は、宴の集団から少し離れた物陰で一人、考え込んでいた。
「探したぞ。こんなところにいたのか」
声をかけられて振り返ると、ディーが立っている。
「通訳が同席していなくて、いいのか?」
「宴会なら、言葉は通じなくても問題ないだろう。何となく分かればいい。酒の席でいちいち通訳されるほうも面倒だろうし。」
「違いない。」
二人は、並んで腰を下ろした。砂漠を吹く夜の風は冷たかったが、昼間の熱で火照った体には心地よい。
「これから、ハザルはどうする? 定住するようになっても、今までのように武器を作って暮らすのか?」
「勿論だ。冶金はハザルの伝統の技だからな。五百年の旅が始まる以前、ここに住んでいた祖先たちも、鉱石を探し、武器や金属製品を作っては商いをしていた。その頃に戻るだけだ。それに――」
そう言って、彼はと湖のほうに目を向けた。
「水が蘇ったとはいえ、土地が豊かになって全員が個々に暮らせるように成るには、まだ何十年もかかるだろう。村や畑を作ることが出来るようになるのは、それよりも先の話だ。定住すると言っても、実際は、長老をはじめ一部が住むだけだ。残りは、この宴が終われば再び旅に出る。オレの両親も、町に戻る。ただ、年に一度でも戻ってこられる”故郷”があるのは、いいことだ。」
「色々、考えてるんだな。」
「当たり前だ。オレは族長の孫だぞ。」
それは暗に、いずれグウェンの跡を継ぐのは自分なのだ、と自負する言葉だった。
「――なら、次におれが王国の使者としてここへ来る時も、出迎えてくれるのは、あんたなんだな。」
「ずっと、この仕事を続けていくのか? 故郷には戻らないのか。」
「……。今はまだ、帰れない…。」
リゼルは、星の瞬く空に目をやった。
「おれの故郷は今も、王国に敵意を持っている。”統一戦争”の時代から続く因縁らしいけど、おれには、ひどくつまらない理由に思えてしまうんだ。五百年も昔のことをずっと引きずるなんて、ばかげてる」
「五百年、か。…確かにはるかな昔ではあるが、我らにとっては、指折り数えてきた年月でもある」
「それは数えた先に希望があったからだろう? もしも恨みや憎しみしかないとしたら、それでも数えていられたか?」
「良きものにしろ、悪しきものにしろ、思い続ける者がいる限り、時間は関係ない。それが必要なものなら。」
「…だったら、おれは探したい。――そんな思いの連鎖を断ち切る方法を」
ほのかな月明かりの中で、少年のくすんだ色合いの髪が、いつもより白く、銀に近く浮き上がって見えた。
「無駄な争いは無くしたい。それによって傷つくのは、いつだって、争いに直接責任のない人々だから。」
それきり、少年たちは黙り込んだ。
澄んだ星空の地平線ぎわには季節の変わり目を告げる星座が横たわり、いつしか夜風が吹きはじめていた。
その風に、ディーは、微かな気配を感じ取った。はっとして彼は立ち上がり、腰の黒い剣を抜き放った。
「どうした」
「何か来る。」
少年は大またに歩き出していた。リゼルも立ち上がり、いつでも動けるよう、用心深く身構える。
暗がりに、うっすらと浮かび上がる灰色の岩の向こうに、黒い影が走る。
崖の上から、ぱらぱらと、細かな石が転がり落ちた。
「――敵だ!」
リゼルはとっさに、中央語とハザル語、二つの言葉で叫んだ。
ディーが集落の中心に向かって走り出す。
「皆起きろ! 襲撃者だ、武器をとれ!」
リゼルも後ろについていこうとした時、後ろから、彼の口元に手が伸びた。
「!」
「動くな」
押し殺した声とともに、喉元に尖ったものが押し当てられる。
「オウミ、どうすればいい」
ひどく訛った中央語だ。
「サラース、サラース。そのままにしておけ。確かめる」
後ろから、嗄れた老人の声が響いてきた。少年の目の前に、黒いフードを頭からすっぽり被った人物が現れる。僅かにこぼれるのは、髪は灰色まじりの白髪。見えているのは目元だけだが、雰囲気からして北方人なのは間違いない。
老人は、リゼルとは視線を合せることもなく素早く懐をまさぐり、「黄金の樹」の紋章を探り出して、目の前に翳して確かめた。
「ふむ…。」
満足したように呟いて、それを懐に隠す。
「行くぞ。」
少年の喉元に当てられていた刃が引いていく。
と同時に、首筋に鋭い手刀の一撃が振り下ろされた。
「…っ」
目の前が一瞬、真っ白になり、声を上げることも出来ないまま、リゼルは地面に膝と両手をついた。強い衝撃で意識が飛ばされたのだ。だが、視界が奪われても音だけは聞こえている。
立ち去ってゆく足音と、馬の蹄の音。彼は、さっき一瞬だけ見えた老人の顔と聞こえた会話の内容を忘れまいと記憶に刻んだ。謎の襲撃者たちの正体に結びつく貴重な手がかりだ。
彼らは最初から、「黄金の樹」の紋章を狙っていたのに違いない。
その持ち主には興味もなく、一瞥さえくれなかったのだから。
その頃、ハザルの集落は混乱の中にあった。
先程までの宴の雰囲気はどこへやら、浮かれ騒いで踊っていた人々も、酔いつぶれて眠っていた人々も、リゼルとディーの叫び声を聞いて天幕の外へと飛び出して来ている。そこへ、崖の上から馬と人が一塊になって押し寄せてくる。
おそらく十人ほど。ハザル人たちには目もくれず、客人用の天幕を目指して目指して一直線に突っ込んでゆく。
「”これは、一体何事だ?”」
グウェンが、シドレクと連れ立って天幕の外に出てくる。その傍らに、素早くディーが寄った。
「”襲撃です、谷で我らを襲った者かと。お二人は中に”」
彼は、天幕の中できょとんとしているシェラとワンダのほうにも視線をやり、小さく首を振ってみせた。出てくるな、という意味だ。
だが、迎撃体制を整えるには遅すぎた。
「間に合わんな」
呟いて、シドレクはディーを手で脇に退けるようにしてグウェンの前に立った。振り返ったディーの顔がさっと青ざめる。何頭かの馬が脇目もふらずにこちらに向かって突っ込んでくる。
だが、シドレクは落ち着いたまま、襲撃者たちを睨みつけている。王の鋭い眼光に、不躾な闖入者も思わず馬をぴたりと止めた。
殺気。
うかつに近づけば、命の保証はしないという、無言の威圧。
「何が目的だ」
シドレクは、低い声で問うた。
「王都からずっと、つけてきていたな。貴様ら、一体何者だ?」
襲撃者たちは、答えない。怯える馬と自らを叱咤するように武器を抜くと、馬を駆って果敢に斬りかかって行く。だがシドレクは、それを軽く受け流し、一刀のもとに武器を弾き飛ばした。
あまりにも見事な、そして人並み外れた腕前だ。襲撃者たちはたじろぎ、あとすさる。
彼らは、もしも「王の暗殺」を成し遂げたいならこの程度の手勢では不可能だと、そして、宴の最中に奇襲するくらいでは足りないのだと、これ以上なく思い知らされたはずだった。
と、その時――暗がりの向こうに、新たな蹄の音が鳴り響いた。
「新手か?!」
慌てて身構えようとしたディーだったが、駆けて来る二頭の馬を見て動きを止めた。襲撃者とは明らかに違う。。
王国の旗印を染め抜いた白いマントが、闇にひらめく。腰の剣に揺れる金の房飾り。王国に仕える騎士たちの証だ。
騎士たちはシドレクの姿を見つけるなり、まっしぐらにそちらに向かって突っ込んでいった。慌てた襲撃者たちは馬を返し、一目散に逃げ出した。
どこかから、甲高い音が響いた。笛か、指を吹いているらしい。その音に反応して、他の襲撃者たちも、波のように引いていく。
騎士たちはシドレクの前まで駆けつけると、揃って馬を飛び降りた。
「王! ご無事ですか」
「こっちは心配ない、が…?」
シドレクは振り返り、辺りに視線を巡らせた。その視線は崖の上に向けられた時―― そこで止まった。
灰色の男が、崖の上から、じっと見下ろしている。
顔を覆い隠すような黒いフードの下から、長い灰色の髪と髭が覗いている。だが、視線が合っていたのは一瞬だけのことだ。
老人の姿が砂混じりの強い風とともに崖の向こうに消えたときには、既に、襲撃者たちは一人残らず撤退した後だった。
「…む」
シドレクが、視線を地上に戻した。リゼルが、肩を押さえながら覚束ない足取りでこちらに向かって古いてくる。
「リゼル!」
慌ててシェラが駆け寄るのと同時に、騎士の一人が猛然と駆け出した。途中でシェラを追い抜いて先に少年のもとにたどり着くと、脇に腕を回して身体を支える。
「大丈夫ですか」
「…ああ、怪我はない。当身を食らっただけだ…それより、シドレク様に」
彼は、騎士とシェラの手を借りて天幕の前までたどり着くと、シドレクの前に頭を垂れた。
「シドレク様、申し訳ございません。…お預かりしていた紋章を奪われました」
「何?」
「狙いは、それだったのか」
王の側に残っていたもうひとり、年かさに見えるほうの騎士が呟いた。
「”ディーよ。我らのほうの被害状況も確認して参れ”」
グウェン老がおごそかに命じる。
「”はい”」
硬い表情で頷いて、ディーが駆け出していく。
グウェンは、小さくため息をついた。
「”すまぬな。既に終わったものと思い込んで、警備を怠るとは。お客人たちに申し訳がたたぬ”」
「いやいや、これはこちらの手落ちだ。『黄金の樹』の紋章を預けたままにしていたのを忘れていた。」
「王…。」
騎士たちが、呆れたような顔をしている。
「あっ、いや。完全に忘れていたわけでは…。」
「もとはといえば、シドレク様が何も仰らずにお一人で飛び出したせいですから。ハザルの方々の責ではありませんよ」
含みのある口調でそう言うのは、馬で駆けつけた二人のうちの若いほう、輝くような銀髪をした若い騎士だった。研ぎ澄まされた刃のような気配とともに、瞳には、挑戦的で怜悧な光を宿している。微かに苛立っているのが分かる。
「我々のほうも、怪しい連中を深追いしすぎて到着が遅れたのが悪かったのだ。おそらくあれは、我々をシドレク様たちと合流させないための陽動だったのだろう」
年かさのほうの、筋肉の束のような太い腕をした熟練の騎士が、落ち着いた口調で言う。髭は黒々として、全体的にずんぐりした体つきをしている。こちらは、ほとんど諦めに近い口調だ。
リゼルは、三人の言葉をそれぞれにかいつまんでグウェンに通訳する。
「そうだ、グウェン殿。紹介が遅れた。この者たちは、私の護衛を勤めてくれている。先に喋っていたのがウィラーフ、もう一人がデイフレヴン」
シドレクが言うと、二人は軽く頭を下げた。
剣につけられた房飾りは、王都リーデンハイゼルに本部を構える中央騎士団の印。剣の柄に刻まれた小さな印は、その中でも、王に直接仕える近衛騎士を表す特別なものだ。
彼らもきっと、リゼルと同じで王に振り回され慣れているのだろう――と、シェラは思った。
リゼルほどではないにせよ、主君を前にして歯に衣着せぬ物言いは、親しい関係であることを想起させた。
「問題は、あの襲撃者たちが何者で、なぜあの紋章を欲していたか、ということです。」
と、デイフレブン。
「王都を出てすぐに襲撃されたことも気がかりです。ハザルからの報せが来てから、王が出発されるまで一両日ほどしか経っていなかった。どこから情報が漏れたものやら」
「ふむ、確かにな。では、少し情報を整理してみようか。あの襲撃者たちは、何者であったのか。デイフレヴン、大陸中を旅したことのあるお前なら、何か気づいたことがあるのではないか」
「いえ、シドレク様。追跡していた間も、特に何も手がかりは掴めませんでした。奴らの装備はみな有り触れたものでしたし、戦法や武器の構え方が特殊ということも無かった。強いて言うならば、馬が良質なメノク産だったことくらいです。」
「ウィラーフ、目の良いお前なら何か見つけられなかったか」
「そうですね…、襲撃者の組織は全部で二十人ほどと思われます。かなり訓練されて部隊で動くように仕込まれていました。しかし、それ以外に特に目立つこともなく、あの程度の連携なら、そこらの組織だった盗賊でも可能でしょう」
「そうか…。」
シドレクは、しばし考え込んだあと、肩越しに視線を投げた。
「アルウィン、――お前は?」
聞きなれない名だったが、反応したのは、王の通訳である少年だった。
「さきほど襲われたとき、彼らに指示をしていた老人は、オウミと呼ばれていました。外見からしても、名前からしても北方人のはずです。ひどく訛った中央語。それ以外だと、サラースという単語だけ。あとは…分かりません」
「あの状況で、よくそこまで覚えていたな」
「意識が飛ばされていたのはほんの一瞬ですから。それに、動けなくても話し声は聞こえていましたよ。」
「ねえ、ちょっと待って。」
シェラは、慌てて口を挟んだ。「アルウィンって?」
「…本名だよ。」
少年は、きまり悪そうに軽く肩をすくめた。
「”リゼル”というのは、王の命で任務に赴く者が名乗る隠し名。”リーデンハイゼル”を短く縮めたもので、その…いわば、役職名、かな。」
「えー!」
「ごめん。何となく、名乗りづらくて」
「責めないでやってくれ。”リゼル”は本来、任務の最中に知り合った人間に名乗らない。」
シドルクが言う。
「それにな、名を隠すには訳がある。この役に就く者は大抵は兼任で、普段は別の仕事をしているのだ。公表されない事実や王国議会の方針に深く触れることもある。素性を知られないほうが良い。――というわけで、慣れない偽名を使うよりは、最初から”役職名以外は名乗らない”と決められているのだ。」
「そうだったんだ…。」
大変な仕事だということは薄々感じていたが思っていたが、予想以上だ。
「”長!”」
集落のほうからディーが駆け戻ってきた。ギスァとサイディも一緒だ。ここ数日見かけなかった二人が一緒ということは、なにか報せを持って戻ってきたのだろうか。
「襲撃者たちにつながる情報が得られました。…ギスァたちが、近くの町で突き止めました」
ディーは、グウェンとシドレクを交互に見ながら、ハザルの言葉と中央語、それぞれで報告する。リゼル――アルウィンほどではないが、彼も二つの言葉を巧みに使い分けている。
「”あの連中は、近くの町に住むハザル人の武器屋によく来ている、という。お得意様だと言っていた”」
ギスァの言葉を、アルウィンが中央語に翻訳する。
「”馴染みの客で、ハザルの武器も何度か下ろしたことがあるそうだ。今回の集合のことは、世間話のつもりで、そいつらに話したと。…それが、二ヶ月ほど前”」
「長が近隣に散らばっているハザルの民に、セノラに集合するよう呼びかけたのが三ヶ月前だ」
と、ディーが補足する。
「集合の理由も、その時に周知されていた。王国議会に要求を出したことも…ハザルの民ならば皆、知っていた。武器屋は何も知らず、世間話のつもりで客に話したんだ。砂ラバを調達してくれという要求も、特に違和感なく受けてしまったらしい。」
「”元々、不法者が隠れて利用するような店だった。我らの作る武器は高価だが丈夫で、人に言えぬような仕事の者たちにも人気が高い。ハザルの黒い刃には、『暗殺者の友』などという不名誉な二つ名もあるくらいだ”」
と、サイディ。ディーからシドレクのことを聞いたのか、やや口調がぎこちない。
「”…これで、我が部族の潔白を納得してもらえるかどうかは…”」
「なるほど。いや、最初から疑ってはいない。いずれにせよ、あの者たちの正体はわからぬ、ということだな」
頷いて、シドレクは左右の騎士たちのほうに視線を向けた。
「この件は後ほど、私たちのほうで話そう」
「はい」
二人は、それぞれに頷いた。
既に夜は更け、朝へ向かっている。
旅の目的は果たされ、シドレクたちは、朝になればすぐにも出立しそうな気配だ。。
あの話を聞くなら、出立までの間しかない、とシェラは思った。戻ってきてからはグウェンとの話や賑やかな宴で、とても予言の話を切り出せる雰囲気ではなかったのだ。
「リゼ…アルウィン」
「ん?」
「王様と話をする機会が欲しいの。お願い出来るかしら」
彼女が首から提げた鎖を握りしめているのを見て、少年は、何の話をしたいのかを察したようだった。
「そういえば、まだその話をしていなかった。分かった、朝になったら頃合いを見てお願いしてみよう」
「うん。お願いね」
そう言って、シェラは、夜空に輝く星を見上げた。彼女の旅の目的はまだ、果たされていない。
そして正直に言えば、これから明らかになることが何なのか、興味よりも、不安のほうが大きかったのだ。
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