第6話 谷底の秘密

 「”つまり”」

戻ってきたディーから報告を一通り聞き終えた後、老人は、神妙な表情で頷いた。

 「”使者殿の持ってきた石は、まことの鍵であり、『ユールの至宝』とは、隠されていた水源だった、ということだな。”」

ハザルの集落に戻ってきたとき、側の湖には既に少しずつ水が流れ込みつつあった。一同は歓喜を持って迎えられ、長グウェンのもとにたどり着くまで、既にもみくちゃにされたあとだ。今も、長老の天幕の周囲には人々が群がり、ひとことも聞き漏らすまいとして耳をそばだてている。

 けれど、喜びに湧く人々とは裏腹に、ディーの表情は硬い。

 「”ただ、遺跡の奥にあった謎の坑道が気になる。長も知らないものなんだな?”」

 「”うむ…”」

老人は、あごの白いひげに手をやった。

 「”もう一つ、気になっていることがあるんです”」

脇からリゼルが、ハザル語で話に加わった。

 「”今回、谷に向かう間にも襲撃を受けました。襲撃者は五人、うち三人は砂ラバに乗っていました。それほど慣れた乗り手ではなかったにせよ、彼らに砂ラバを提供した誰かがいたはずです。道を教えた者も。――心当たりは?」

天幕の外で聞き耳を立てていた人々の間に、どよめきが走る。グウェンは手を止め、難しい顔で、しばし考え込んだ。

 「”…思い当たることといったら、そうだな。この場に戻ってきていない者たちが幾らか存在する。ただ帰還が遅れているならば良し、もしもそうでないならば――。”」

 「”長”」

ディーの側に控えていたギスァが、膝を付き、頭を低くしながら割って入る。

 「”その件、俺とサイディで調査します。ハザルの者への疑いは、ハザルの者で始末をつけなければ”」

 「”うむ。では、任せよう”」

 「”それと―”」

リゼルは、さらに続ける。

 「”贖罪のため、というのが気になっています。隠されていたのが水源だとしてら、なぜ五百年もの間、ここの水を干上がらせておく必要があったのか。伝承は、他に、何か残っていませんか”」

しばし考え込んだのち、グウェンは、口を開いた。

 「”お求めの答えになっているかは、分からぬが…。古えの伝承によれば、かつての我らの祖先は、大地に与えられた恵みに満足せず、を得ようとしたために神の怒りに触れた、と言われておる。そのために水が汚れ大地が死に、この地は呪われた地になった”」

 「”呪われた地…。”」

それは、ここよりさらに荒野の奥にあるはずの「竜の谷」、竜の血によって汚れた、と言われる地の伝承と、一部が符合する。

 (汚れた大地…呪われた場所…。竜の血によってか、ユールの怒りによってか、理由付けが違う以外は全く同じだ。これは一体、何を意味している?)

リゼルは思考を巡らせ、再び口を開く。

 「”だとすれば、水が汚れた本当の原因というのを探る必要があるかもしれません。”」

 「”…原因?”」

 「”五百年というのは、何かによって汚れた水が浄化されるのに必要な期間だったのかもしれません。それほどまでに長い時間を要する『何か』が、もしまだこの地に残されていたなら、再び同じことが起きないとは誰も言い切れないでしょう。”」

ハザルの人々がどよめいた。顔を見合わせ、不安げに何かを話し合っている。

 ディーは大きくうなずき、それを見たグウェン老人も、ふうむと大きく唸った。

 「”…確かに、そうだな。我らの五百年の放浪は終わり、楽園へと戻ってきた。だが、我らの放浪の旅の始まりとなったものを知らずにおくのは、すっきりせぬ。”」

ハザルの長は腕を組み、目を閉じる

 「”――よかろう。気の済むように確かめるがよい。ディーよ、明日は人を連れてゆき、祭壇の奥を探索してくるがいい”」

 「”ありがとうございます。”」

リゼルは、ほっとした表情で頭を垂れた。


 報告は、それで終わりとなった。

 集まっていた人々も、めいめいの仕事に戻っていく。ギスァとサイディは襲撃者について調べるために去ってゆき、ディーは、別のハザル人を捕まえて、祭壇の奥を探索するための準備をあれこれと指示している。

 ハザル語の分からないシェラとワンダは、ディーにくっついて去っていった。

 グウェンのもとに残っているのは、リゼル一人だ。


 彼にはまだ、話すべきことがあった。

 「”長老様。少し、話をしてもいいでしょうか”」

通訳のディーが居ないため、二人の会話はそのまま、ハザル語で交わされている。

 「”構わぬが…さきほどの、襲撃者の件かな?”」

 「”はい。協力者探しをしていただくのはありがたいのですが、おそらく、けしかけたのはハザル人ではないと思うのです。”」

リゼルは、姿勢を正して座り直し、真っ直ぐにグウェンを見つめた。

 「”昨夜、谷に向かう途中で襲撃を受けた時に、僅かですが、敵の身体的特徴を確認することが出来ました。あれは…おそらく、北方の民です。彼らは王都を出てから、ずっと私たちをつけて来ていました。ということは、あなた方が王国議会に依頼を送ったことを知っているハザル人の誰かから情報を受け取っていた、と考えるのが自然です。そこにどういう利害があるのかが、ずっと気になっています。”」

 「”なるほど。言いたいことは判る”」

グウェンは、あごひげを撫でた。

 「”この地に戻り定住することは、我らの悲願だった。そのためにはユールの至宝を蘇らせる鍵――すなわち、使者殿の存在が必要だった。それを邪魔するような真似に手を貸す理由は何なのか、と、いうことですな”」

 「”――はい。もし私たち全員が途中で力尽きるか、紋章を奪われでもしていたら、水源の復活は成らなかったかもしれません。そんなことを望むハザル人がいるとは思えない。考えられるのは、王国の使者の手を経ずに自分たちの手で扉を開きたかった、くらいなのですが…だとすれば、そのハザル人は、『黄金の樹』の紋章にある宝石が『鍵』だということを最初から知っていたとしか思えません。”」

 「”――ふむ”」

ゆらゆらと、天幕の壁が揺れる。風が出てきたのだ。いつになく涼しく感じられるのは、干上がっていた湖に水が戻り始め、熱されていた灰色の荒野が冷まされているからかもしれない。

 「”のう、使者殿”。」

ふいに、老人は話題を変えた。「”使者殿は、いつからアストゥールの王に仕えている?”」

 「えっ?」

リゼルは、一瞬言葉に詰まった。だが、すぐに真顔に戻る。

 「”…五年になります。今の任についたのは、二年半ほど前ですが。”」

 「”では、おそらく最も若い『リゼル』なのだな。”」

 「……!」

彼が驚いた顔になったのを見て、老人は、愉快そうに笑った。

 「”なに、わしも長く生きたからな。今までも、我らのもとには同じ名を名乗る使者が何人もやって来た。その役目も、権限も、知っておるよ”」

老人は、リゼルの表情を見て愉快そうに笑う。

 「”その年で、ずいぶんな大任を仰せつかったものだ。何故に、その役目を勤めようと思われた?”」

 「”この国のために働きたかったからです。”」

迷いなく、彼は答えた。

 「”剣を持てなくとも、守れるものはあります。人には言葉と意思がある。避けられる戦は避けなければなりません。戦いも和解へと至る手段の一つではありますが、それは言葉が尽くされたあとにこそ、あるべきです。”」

 「”王への忠義のためではなく?”」

 「”王のことは尊敬していますし、忠実な家臣としてお仕えしています。ですが、王もまた、この国のため…この国に暮らす人々のために、あるべきものです。”」

黒い瞳は揺らがず、じっとグウェンを正面から見据える。

 半呼吸のち、老人は、ふと表情を和らげた。

 「”いや、いじわるな質問をした。すまなかったな、使者殿。しかし満足した。”」

リゼルは、軽く頭を下げ、長のもとを辞した。




 来客用の天幕に戻ってみると、シェラとワンダは先に居て、夕食の給仕を受けているところだった。

 「あー、リゼル。戻ってきたぞー」

ワンダが耳をぱたぱたと動かした。

 「ちょうど、これから、ごはんなんだぞ。お腹すいたか」

 「長かったのね。ずいぶん話し込んでたじゃない。」

 「ああ、ちょっとね。…」

リゼルは、ちらりと天幕の外に視線をやった。新たに誰かが到着した様子はない。ここへ来て既に数日が過ぎている。そろそろ、本来の旅の同行者たちの安否が気になり始める頃合いだ。

 「皆、今頃どこにいるんだろうな。」

 「そういえば、そうね。王様もまだ見つからないし」

だが、紋章を手にした時にシェラが見た光景は、間違いなく、この湖だ。だとすれば、少なくともシドレク王のほうは、既に近くまで来ているはずだ。

 「あの襲撃者たちのことを気にして隠れてる、とかかも。あの祭壇を調べるまでは待ってみましょ。」

 「…そうだな」

風が吹き始め、地平は砂嵐に掻き曇っていく。

 リゼルは、黄金の樹の紋章を服の上から確かめた。

 それを持つべき本来の持ち主に、一刻も早く会いたいという思いが、彼の中では大きくなりつつあった。




 準備を整え、再び祭壇へ向けて出発したのは、その翌日のことだった。

 今回も、ディーの乗る砂ラバを先頭に、襲撃を警戒するため何人かの護衛が続き、人と獣の列が谷間を抜けていく。昨日までの乾ききった風景とは打って変わって、今日は、渓谷の真ん中を堂々たる川が流れている。たった一晩のうちに、か細かった流れは立派に姿を変えたのだ。この分なら、下流の湖が水で満たされる日もそう遠くはないかもしれない。その時になれば、彼らのかつての定住地セノラは、元通り、緑の草原になっているかもしれなかった。


 けれどさすがに一晩では草までは生えず、灰色の谷間は相変わらず、荒涼とした岩肌を晒している。

 前日に訪れた祭壇も、崩れ落ちた灰色の砂に埋もれて、変わらずにそこに在る。

 ディーは早速、探検のための物資を背負い、入り口に見張りを残して坑道の奥へ向かって歩きだした。

 「気をつけろ。焦らずに行こう」

 「…分かってる」

とはいえ、彼の気が急いているのは後ろから見ていればわかる

 「ワンダ、もし何か怪しい音や匂いがしたら、すぐに教えてくれ。」 

 「うん、わかったぞ!」

獣人のワンダは、耳と尻尾をぴん、と立てながら答える。リゼル自身も、最後尾で周囲の様子に注意を払う。


 昨日も来た下り坂までは、すぐにたどり着いた。ただ、その先は坑道が何本もの道に分岐して、曲がりくねりながら続いている。崩落している箇所や瓦礫で狭くなっている箇所もあり、奥へ進むのは一苦労だ。

 「うわあ、まだ奥があるのね…。ちゃんと準備して来てよかったわねえ」

歩くのに疲れたシェラは、ややうんざりした様子で呟いた。

 「また、分岐か…。」

ディーは、ため息まじりに持ってきた白墨で壁と床に印をつける。どの分岐を何番目に辿ったか、覚えておくためのものだ。

 「いやな匂い、みぎのほうからする」

小柄な獣人は、疲れた様子もなくぱたぱたと尻尾を振りながら言う。

 「ということは、何かあるなら右、か…。」

汗を拭いながら、リゼルは耳を澄ませていた。

 さっきから、水の音がすぐ近くに聞こえているのは、気のせいではない。おそらく、音の源に近づいている。どこかに滝か何かがあるのだ。

 「ねえ、ちょっと休憩しない?」

と、シェラ。

 「この道ってほんとにどこかに通じてるのかしら。もう何時間も歩いてる気がする…ちゃんと戻れるわよね?」

 「それは問題ない」

ディーが、憮然とした顔で言う。「どんなに複雑な坑道でも、ハザルの民が地下で迷うことなどない」

 「そ。なら、いいんだけど…」

 「おれも、休憩には賛成だ。ワンダ、もしまだ元気なら、少しだけこの先を見てきてくれないか。水の音が近い。もしかしたら、水源があるかもしれないから」

 「わかったぞ!」

黒っぽい毛並みが揺れて、ワンダは勢いよく走り出した。

 「あ、おい。灯りは…」

 「大丈夫~見えるぞ!」

どうやら獣人は、暗がりでも十分に目が効くらしい。やれやれ、という顔をしながら、リゼルも側の石の上に腰を下ろした。

 シェラの言うとおり、歩きはじめてからかなりの時間が経っているのは確かだ。道が真っ直ぐでは無かったとはいえ、もう、かなり地下深くまで来ているはずだった。


 しばらくのち、奥のほうからワンダの声が響き渡った。

 「リゼルーぅ、キラキラしてるとこがあるぞー」

 「キラキラ?」

 「黄色い石があるー。でも凄い匂いだぞ…」

 「ちょっと待って。おれたちも行く。」

リゼルは慌てて立ち上がると、ディーを急かして、さっきワンダの向かった道の奥へ向かった。


 カンテラを掲げ、ワンダのいる場所まで進んだリゼルたちは、一瞬、言葉を失った。

 がらんとした広大な空洞。水の流れたような跡がある。そして壁にも天井にも、幻想的なばかりの黄金色に輝く結晶体が貼り付いていた。カンテラの光で照らし出すと、黄金色に微かに虹のような輝きの入り交じる、幻想的な風景が広がる。ただし、とてつもなく鼻をつく悪臭が、辺り一帯に漂っている。

 「うう…鼻がまがっちゃうぞ~」

ワンダは両手で鼻を押さえて、尻尾を垂らしてしまっている。

 「これは…一体?」

 「地下水の溜まっていた跡がある。だとすると、ここが水源なのかもしれない…」

壁の向こうからは水の流れ落ちる音。そして壁と天井には、つい最近、大きく崩れたような跡がある。何か仕掛けをして、入り口の扉と連動するようになっていたのかもしれない。水源に近いこの場所を爆破して、それで、溜めていた水が外に流れ出すようにしていたのなら、枯れ谷に水が戻ってきた理由も分かる。


 問題は、この、謎の結晶体のほうだ。

 鼻腔をくすぐる不快な匂い。今や、その匂いがこの結晶体から漂うものだとはっきりしている。

 リゼルは近くの壁に貼り付いていた結晶に触れて、それが思いのほか脆いことに気がついた。指先で強く握れば端がぼろぼろと崩れる。指についた粉を舌の先で舐めてみると、ピリピリするような、痺れた感覚が残る。

 (…!)

記憶の中からその正体に思い当たったとき、彼は、この通路の意味に気がついた。

 「どうしたの?何か、あった?」

シェラが、気づいて駆け寄ってくる。一瞬呆然としていたリゼルは素早く我に帰り、服の裾で指先を念入りに拭った。

 「この辺りの黄色い結晶に触るな。毒だ」

 「え、毒?!」

毒と聞いて、さっきまでキラキラ輝く結晶をうっとりと眺めていたシェラの表情が一瞬で強張った。

 「こいつは猛毒の物質――”クロン鉱石”だ。粉末状にすると可燃性が上がり、爆発物に使いやすい。かつて”統一戦争”の時代には盛んに兵器として使われていたが、今の王国では取引が固く禁じられている」

 「だが、ここは水源のはずだぞ」

ディーは困惑した顔をしている。

 「水源にそんなものがあってもいいのか」

 「良くない。もっとも、結晶化しているときは大した害はないんだ。ただ、いちど粉になって土や水に混じってしまうと危険だ。再結晶化には長い時間がかかる。兵器として使われていた五百年前までは、掘り出す過程で水源を汚染して多くの死者を出したはずだ。…まさか、こんなところで記録にない鉱山跡に出くわすとは思わなかった。どおりで、”五百年”の封印が必要だったわけだよ。」

 「では、言い伝えにある”水が汚れた”というのは…毒を持つ鉱石のせいなのか?」

 「だろうな。この辺りの土地で、使える水源と使えない水源がある理由も同じだと思う。おそらく、頻繁に水を汲み上げているような場所では、鉱石の再結晶化が不十分なんだ。しばらく水源を封鎖するか、一度すべての水を汲み出して入れ替えてやれば、水源が復活する可能性はあるが…」

 「ううー、毒、怖いよぅ」

ワンダが大げさに体を揺すった。「こんなところ、いたくない。もう出ようよぉ」

 「いや、まだだ。」

ディーは首を振り、熱のこもった眼差しを奥のほうに向ける。

 「この場所で、我らの祖先が鉱石の採掘に関わったことは間違いない。”贖罪”の理由も分かった。だからこそ、もう少し確かめたい。…本当に、我らの罪は全て浄化されたのか。ここで結晶化している鉱石を再び掘り起こすことがなければいいだけなのか。見た所、この坑道は地下の水源を完全に掘り抜いてしまっている。もしまだ結晶化されていない鉱石が残っていたら、それが水と混じり合うだけで過去と同じことが起きるだろう?」

ディーが言った時、ちょうどどこかで、何か大きなものが水に落ちるような崩落音が聞こえてきた。


 既に五百年も経過しているのだ。この坑道のどこかで偶然大きな崩落が起きて、せっかく結晶化した鉱石が粉々になって水に戻る可能性が無いとも言い切れない。

 「分かった。もう少し奥まで確かめてみよう。けど、さすがにこの坑道の全てを確かめるのは無理だと思う」

 「ああ。…」

ディーの表情が暗い理由は、痛いほど分かる。祭壇の奥に隠されいた祖先の「罪」は、彼が想像していたものよりずっと重かった。そして、終わったはずだった”贖罪”の五百年は、実はまだ続いているかもしれないと分かってしまったのだ。

 「我らの祖は何故、クロン鉱石など掘っていたのだろう。それもこんな、大規模な坑道まで作って…。」

カンテラを手に再び先頭に立ちながら、少年は訝しむように呟いた。

 「あんな脆い結晶は、ハザルの武器作りには使えない。誰かに掘ってくれと依頼された、とかでなければ…。」

奥のほうから、今までよりずっとキツい、嫌な匂いが漂ってくる。一行は鼻をつまんだ。


 やがて行く手に、再びぽっかりとした空間が現れた。

 カンテラの明かりを周囲に向けると、壁全体に、べたべたとした黒いものがこびりついているのが見えた。触って見ると、煤のようなものが指に付着する。

 「多分これは、クロン鉱石を使って作られる爆弾の燃えかすだと思う。おそらく、入り口の仕掛けと連動してここが爆破されたんだ。」

辺りに転がる大きな岩盤は、まだ真新しい断片を見せている。

 「ひどい臭いだわ。早くここを通り過ぎちゃいましょ。ワンダもキツそうだし」

 「空気が流れてる。」

と、ディー。「あっちだ。」

 ワンダは鼻をふんふんと鳴らしながら、しきりと空気を嗅いでいる。

 「人のニオイがするぞ。だれか、いる」

 「まさか。こんなところに、誰がいるっていうのよ。さっきの臭い匂いで、鼻が、おかしくなったんじゃないの?」

 「でも…。」

 「見ろ」

カンテラを片手に、ディーが床にしゃがみこむ。

 「足跡だ。まだ、そう時間は経っていない」

降り積もった細かな砂塵と、染み出した水の上に、点々と残る、その足跡は、真っ直ぐに奥の通路へと消えていた。大きさからして、成人のようだ。

 「我が部族のものではないな…」

壁を伝い落ちた水滴が床に落ち、閉鎖された空間に水の音を響かせる。

 「行ってみれば、分かるさ。」

リゼルは、先頭に立って歩き始めた。


 何があるのかは分からない。だが、彼には一つの予感のようなものがあった。

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