ポケット
「おにいちゃ~ん!」
とある休日、自室でダラダラしていると、妹の瑠美が俺を呼ぶ。
「何だ?」
「さっき洗濯してたんだけど、お兄ちゃんの服って結構ボロボロじゃない?」
瑠美が俺の服を持って部屋にやって来た。
「このズボンも穴だらけだし」
「そのズボン、俺のお気に入りなんだ」
「そう~?」
「なんだその目は」
「べっつに~お兄ちゃんの服のセンスは壊滅的だなって思っただけ」
「俺の服のセンスをバカにするなよ」
「はいはい。お兄ちゃんお気に入りのズボンかっこいいよ」
棒読みで褒める瑠美。
絶対バカにしてるだろ……。
「ところでこのズボン、お兄ちゃん中学の頃から履いてるから古くなってるし新しいズボンでも買えば?」
瑠美が提案してきた。
「ん~ホントは履き続けたいところだけど小さくなってるしそろそろ新しいズボン欲しいと思ったところだ」
「じゃあいいじゃん! かっこいいお兄ちゃん期待してるからね!」
俺は、瑠美の言う通り新品のズボンを求めて原宿のお洒落な服屋を訪れた。
こういう雰囲気好きじゃないんだよなあ……。
そう思いながら店を歩き回っていると、一着の六百円の格安ズボンを目にする。
俺のお気に入りズボンは、ジーンズで履きやすい。
それと比べてこのズボンは、黒のチノパンで何故かポケットが左前に一つしか付いていない。
しかもそのポケットは、何でも入れられそうなサイズだ。
なのに、ズボンの不思議な力の影響なのかズボン全体に魅力を感じる。
一際目立つズボンではないが、これを見た瞬間、俺は一目惚れをした。
頭がポワポワとまるでタイプの女の子に一目惚れしたような感覚になった。
「これ、買います!」
即決でズボンを手に取り、即購入した。
「ただいま」
気に入ったズボンを購入した俺は、早く履きたいと早急に帰宅した。
「瑠美買ってきたぞ」
「お兄ちゃん!?」
「おま……何して……」
リビングに入った俺は、瑠美の行動を見て絶句する。
瑠美は、リビングで俺の脱ぎたての下着の匂いを顔を近付けて嗅いでいた。
実は出掛ける前、俺は風呂に入っていた。
入浴後、下着を洗濯カゴに入れておいたんだが……。
「お、お、お兄ちゃんもう帰ってきたの!?」
瑠美は、誤魔化すように下着を隠しながら言う。
「もう遅いぞ」
「うう……」
瑠美は、恥ずかしさのあまり手で顔を隠す。
「あのなあ……妹としてやっていい事と悪い事があるだろ?」
歳が一つ下の瑠美は、俺の事が好きらしい。
いわゆるブラコンというものだ。
俺の事が好きだという証拠は幾つかある。
例えば、俺が入浴しようと思った時「一緒に入りたい」としつこく言ってきたり、寝ようと思った時「一緒に寝たい」と言い出し勝手に布団に潜り込んだり他にも数え切れないほどある。
俺は、アニメやマンガでよくある鈍感な兄ではない。
そう思っていたんだが、いい歳して何やってんだ……。
さっき見た瑠美の行動は流石に引いたぞ。
「しかも俺の汗臭いだろ?」
「いや、いい匂いだよ!」
強気で言ってくる瑠美に対し、俺は呆れる。
「お前なあ……」
「つ、つい出来心で……」
えへへっと頭を搔く瑠美。
「妹だからまだ許せるけど……まあいいや」
瑠美は、ほっと胸を撫で下ろす。
あくまで兄妹の許容範囲だが、これ以上変な行動しないか不安だ。
「と、ところでズボンはどう?」
瑠美は、この状況を忘れようとズボンに話題を変えた。
わだかまりがあるが、今はズボンだな。
「まだ試着してないから履き心地は分からないけどかなり気に入ってる」
俺は、新品のズボンを瑠美に渡した。
「へぇ~お兄ちゃんにしてはかなりセンスいいんじゃない?」
何故お前は上から目線なんだ。
「まあ、明日から履く事にする」
翌日。
早速俺は、新品のズボンを履く。
お気に入りのズボンほど履き心地は良くないが、普通に履ける程度のズボンだ。
にしても何故あの時、このズボンに一目惚れしたのかさっぱり分からない。
今見たらそんなに魅力を感じないのだが、何故だろう?
しかもポケットが一つしかないし色々文句をつけたくなる。
今すぐ脱ごう。
そう思い、脱ごうとした瞬間。
「あれ……? 脱げない?」
どれだけズボンに力を入れても全く脱げない。
「ぐっ……!」
色々方法を試しても全く効果が無い。
瑠美に助けを求めようと思ったが、踏みとどまった。
はぁ……。
どれだけやっても無駄だと思った俺は、遂に諦めた。
これから謎のズボンと共に俺の生活が始まるのか。
というか、風呂入れないじゃん。
このままだったら、どうしよう……。
そう思いつつ、おもむろにポケットに手を突っ込む。
すると、手に柔らかい感触がした。
ポケットに何か入ってるのか?
確かめようとポケットから"何か"を取り出す。
中には、大量の女の髪の毛が入っていた。
「うわあ!」
驚いた俺は、思わず掴んでいた髪の毛を落とす。
何故、ポケットに髪の毛が?
服屋で購入した時、ポケットに何も入ってなかったはず。
そもそもこの髪の毛、どこかで触った事がある。
俺は、色々困惑している。
しかしどれだけ考えても理解不能だ。
困惑したまま落とした髪の毛を拾おうとした時、突然ポケットに膨らみを感じる。
「今度は何だ?」
再びポケットに手を突っ込むと、
「痛っ!?」
尖った"何か"に当たった。
恐る恐る確認する。
それは、手足の爪だった。
「髪の毛の次は爪?」
段々と謎のズボンのポケットに恐怖が湧き上がって来た。
脱げないズボンに、おかしなポケット……。
そして何故かすぐ買おうと思った謎の感情。
このズボンには、人を魅了するモノがあるというのか。
どれだけ思考を巡らせても一向に答えに辿り着けない。
一体何なんだ……。
そうして俺は、思ってはいけない事を思い付く。
髪の毛に爪……じゃあ、次は?
全身に鳥肌が立つ。
今すぐ脱がなきゃ……!
だが、どれだけ脱ごうとしてもやはり脱げない。
絶望的状況だ。
「お兄ちゃん私の筆箱、知らない?」
何分経ったか分からないが、唐突に瑠美の声が聞こえた。
「そんなの知らな……」
返答しようとしたが、ポケットにまた膨らみを感じる。
このタイミングで?
俺は、ポケットに手を突っ込む。
「これは……筆箱?」
取り出すと、なんと瑠美が愛用している筆箱だった。
中には、ちゃんとしたシャーペンや消しゴムなどの文房具が入っていた。
「もしかしてこれか?」
俺の返答に気付いた瑠美は、俺の部屋に駆け足でやって来る。
「あ、それそれ! お兄ちゃん勝手に盗らないでよ!」
「いや、違──って髪の毛、どうしたんだ?」
否定しようとした瞬間、瑠美の後頭部の髪の毛が明らかに毟り取られているように感じた。
「わっ何これ!? 全然気付かなかった!」
おかしい。
「瑠美。爪は大丈夫か?」
「爪? 爪ならさっき切ったけど」
さっき見た爪は、確かに切った直後だった。
まさかポケットに入っていた物全部瑠美のか?
後日。
俺は、ズボンの作成者に問い合わせた。
作成者はズボンが気になると言い、俺は作成者と出会った。
作成者が言うには、"そのズボンには、兄に対する妹の異常な愛が執念として込められており、ポケットには「兄と離れたくない」という強い想いが現れ、妹の物が入る"のだとか。
そこから俺は、瑠美の好意を真摯に受け止め、一生側にいようと決意した。
だが、そう上手くいかず、瑠美は不慮の事故で亡くなった。
葬式の中、ポケットに膨らみを感じ、俺は中から取り出す。
それは……瑠美の頭蓋骨だった。
「瑠美……これからも側にいるよ」
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