チャック
周りにある身近な『チャック』。
まさかその『チャック』が恐怖じみたものになるとは思わなかった。
というか、普通に考えて思わない。
だが俺はある恐怖体験をして『チャック』が怖くなったのだ。
これは、バスケ部に所属している俺がいつも通りに練習試合が終わりいざ帰ろうかと着替えている時の話だ。
「おい、俊。今日は調子良かったんじゃないか?」
ロッカー室の自分のロッカーで着替えていると、友達の駆が話し掛けてきた。
「まぁな。今日の俺は一段と輝いてただろう?」
俺は、ニヤケ顔で返答した。
「めっちゃ眩しかったぜ。何か嬉しい事でもあったのか?」
「それがソシャゲのコラボガチャで欲しかったキャラが一発で出たんだ」
「マジか!? 羨ましいなー。俺、全然出ないんだよ」
「ふふん。ざまぁ」
なんて他愛のない話で盛り上がりながら俺達は着替える。
数分後。
「俊、早く着替え終わらせろよ」
「お前が早ぇんだよ!」
いつも駆は、俺より先に着替えを終わらせている。
何故こんなにも早いのか分からない。
「よし、終わったぞ」
「行こうぜ」
着替え終わった俺は、部活用カバンにユニフォームを入れ、チャックを閉めようとしたが、どうやらチャックが噛んだらしい。
「げ……最悪」
「何してるんだよ」
「チャックが噛んだから全然閉められねぇ」
「はぁ? 鈍臭ぇなぁ」
「うるせぇ。早く行こうと焦ったんだ」
「そこはゆっくり焦らずに閉めろよ」
「うっ、ごもっとも」
「はぁ……貸せ」
そう言われ、俺は駆にカバンを手渡す。
「これは相当噛んでるな」
「マジかよ。どうしたらいいんだよ」
「チャック噛んだ事ねぇし分かんねぇけどこうすれば何とかなる」
駆は、強引にチャックを閉めようとする。
それによってチャックが壊れ、カバンから取れた。
「何してるんだよ」
「チッ。大体こうやれば直ると思ったんだが」
「んな訳ないだろ」
「まぁ、閉められなかったが邪魔だったチャックも無くなった事だし万事解決だろ?」
「どこが!? むしろユニフォーム丸見えだぞ!」
「ハハ。確かに」
「他人事みたいに言うなよ」
「まあまあ細けぇ事はいいんだよ。さっさと行くぞ」
「せめて謝れよ」
駆から壊れたチャックを受け取り、ロッカー室を去る。
駆と一緒に下校した俺は、帰宅し自室に入った途端疲れのせいかすぐに寝てしまった。
「しゅーん。晩御飯よー」
下から母親の呼び声が聞こえ、俺はムクッと起き上がる。
眠り眼のまま階段を下りリビングに行った俺は、テーブルに置いている母親手作りの晩御飯を食べ始める。
「あんた。手洗った?」
「洗った」
「そう? 気配感じなかったけど」
「俺の気配が薄いみたいに言うなよ」
「アハハ。それはそうね」
「まったく嫌味じゃねぇか」
なんて他愛のない話をしながら晩御飯を食べる。
数分後。
「ご馳走さま」
「食べ終わったら食器片しなさい」
「分かってる」
食べ終わった俺は、母親の言われるがまま食器を片す。
「そういえば親父は今日も残業?」
「そうみたいね。最近忙しいみたい」
「ふーん。俺と違って大変だな」
「ほんとほんと。俊もお父さんを見習いなさい」
「へいへい」
適当に返事した俺は、沸いた風呂にゆったりと浸かる。
そして、風呂から出てパジャマに着替え、自室で自由時間を過ごす。
これが、何ら変わらない俺の日常。
別に刺激なんて必要無い。
只々いつもの日常を過ごす事が何より大切だと俺は思う。
だが次の日、鏡で自分の顔を見て驚愕する。
「な、何だこれ!?」
俺の顔には……
チャックらしきものが付いていた。
どこからどう見てもチャックだ。
しかも右頬に付いている。
このチャックを開けるとどうなるんだろうと興味はあるが、決して開けてはいけないという感じがする。
はっ、まさか昨日の……。
俺は、昨日の出来事を思い出す。
チャックを壊したから顔にチャックが浮き出たのか?
そんな訳あるはずないだろ!
フィクションでもない限り有り得ない。
混乱した状態で全身を見る。
すると、顔の他にも足、腕にもチャックが付いていた。
顔だけじゃなかったのかよ!?
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!
チャックを壊したのは駆だぞ?
何故俺の身体にチャックが浮き出てくるんだよ!
有り得ない……そんなの。
これは夢なんじゃないか。
そうだ、夢だ。夢に違いない。
そう自分に言い聞かせ、左頬をつねる。
痛い。という事は、現実だ。
そして俺は、次に右頬を触る。
確かにそこにチャックが付いている。
本物だ。
「母さん。見てもらいたいものがあるんだけど」
俺は、母親にチャックを触ってもらう事にした。
「なぁ〜に?」
「俺の顔見て何か思わない?」
母親は、俺の顔をまじまじと見つめる。
「別に思わないけど──」
「え? よく見て」
「見てるわよ。でも何も思わない」
ウソ……だろ。俺にしか見えてないのか。
「変な事言ってないで朝御飯食べて学校行きなさい」
「…………。あぁ」
「おはようさん」
朝御飯を食べ、支度をして家を出た俺は、駆と一緒に登校する。
「なぁ、急なんだが俺の顔見て何か思わないか?」
「何だよそれ」
「いいから教えろよ」
「…………。別に普通だが」
やっぱり駆にも見えていない。
これは、どうやら俺にだけしか見えない謎多きチャックらしい。
それと、もう一つ気になっていた事がある。
「お前の顔、大丈夫か?」
「え?」
この反応は、まさかお前もチャックが……
「いやー昨日深夜までゲームしてたから目の下クマなんだよ」
……付いてないのかよ。
「ってか朝から調子悪いみてぇだが、お前こそ大丈夫か?」
大丈夫に見える?って言える訳ないだろ。
駆に心配させるくらいなら俺一人で背負ってやる。
「実は俺もソシャゲしまくりであんま寝てない」
「なんだ寝不足かよ。心配して損したぜ」
こんなにも心配してくれるなんて、いい友達を持ったぜ。
「授業中寝るなよ」
「お前もな」
言いたい。のに言えない。もどかしい。
もし言ったら駆はどういう反応するのだろう?
きっと、更に心配してくるのだろう。
授業中、俺は隠れてスマホで『チャック 顔 浮き出る』と検索した。
検索欄にはチャックが噛んだ時の直し方としか出てこなかった。
何か対策とか出てくるのかと思ったが、駄目みたいだな。
チッ一体どうすればいいんだよ。
病院で医者に診せようとも思ったが、イタズラとかで追い出らされる筈だ。
俺は只一人、苦悩する。
それから時間だけが過ぎていき、身体中にチャックが次々と増えていった。
とうとう口にもチャックが付くようになり……。
俺は、誰かに相談出来ないもどかしさとチャックを開けたい欲求で頭がおかしくなりかけていた。
そして俺は、ある一つの解決策を思い付く。
それは……
元々の原因である壊れたチャックを修理するというのだ。
それが駄目ならもうチャックを開けるしかない。
その解決策を試そうと引き出しに入っている壊れたチャックを取り出し、部活用カバンに取り付けようとする。
しかし上手くいかない。
こうなれば、修理屋に頼むしか……。
そう思った時、突如身近で、ジジジという音が聞こえてきた。
何の音だろう?
辺りを見回してみても分からない。
すると、身体に違和感が。
ま、まさか……!
そのまさかだ。
俺の身体に付いていたチャックが勝手に開いたのだ。
ジ ジ ジ と小刻みに開き始めるチャック。
やめろ……やめろ……止まれ……止まれ……!!
俺は、ただ願う事しか出来なかった。
数分、目を瞑り願っていた俺は、パッと目を開ける。
眼前に広がっていたのは、自室のベッドだった。
横を見ると、母親が心配そうに見つめていた。
「母さん」
「俊!」
「ど、どうした?」
「どうしたもこうしたもないよ! あんたが急に大声を出すから部屋を見に行ったら死にそうな顔で誰かに願っていたのよ!」
お、俺が……そんな事……。
「まるで何者かに取り憑かれているようでとても怖かったのよ」
一体……俺の身に何が起こったと言うんだ……。
そう思いながら俺は、右頬を触る。
あれ? いつの間にかチャックが無くなっていた。
よ、良かった……。
俺は安堵したのか目から涙が溢れてきた。
母さん……俺は……助かったよ。大丈夫になったんだ。
壊れていたチャックは何故か直っていて、不思議な現象も無くなった。
これでいつもの日常に戻れる。
振り返ってみれば摩訶不思議でとても怖かった体験をした。
何故俺の身体にチャックが浮き出るようになったのか、何故願っただけで直ったのか今でも分からない。
ただ俺はチャックを閉める時、特に注意してゆっくり閉めるようになった。
これで当分はチャックが浮き出る事はないだろう。
俺は、何ら変わらない日常を過ごしている。
しかし何かがおかしい。それは、駆の態度だ。
何か言い掛けようとしている節があるのだ。
相談してみろよと言っても、黙り続けるばかり。
もしかして駆の身体にチャックが浮き出たのか?
いやそんな筈はない。
そう思っていたのだが、唐突に駆は言った。
「俺、身体に浮き出たチャックを開けたんだ。そしたら……」
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