呪われた文庫
ある日彼女の後を追っている時、夜道に一冊の文庫が落ちていた。
それを拾った日から私の運命は歪み出した。
1学期期末試験が終わり、いよいよ夏休みが始まろうとしている高校2年の夏。
休み時間クラスメート達は夏休みの話で持ち切りだ。
プールや海、花火大会などのイベントが多い夏休みは、高校生の今だから楽しめる。
私、
「夏休み、私ん家でお泊り会する?」
夕里が誘ってきた。
「いいね〜友達の家でお泊りしたかったんだ〜」
「やった♪ じゃ、後で親に連絡するね」
これで夏休みに夕里の家でお泊りする事が決まった。
楽しみだ。
「ところでさ、あの"
夕里が突然話題を変えてきた。
「確かに読書好きなのかも」
窓側の一番前の席に座っている女子生徒・古橋
彼女は、休み時間ずっと本を読んでいる。
話し掛けても本に夢中で気付かない。
古橋さんは、夕里と違って清楚な性格で黒髪ロングのかなりの美人だ。
「私ね。古橋さんと友達になりたいんだよね〜。あ、そうだ! あの人も誘う?」
コミュ力高めな夕里は古橋さんもお泊り会に誘うことを提案する。
「私は別にいいけど」
私も古橋さんとお話したかったからね。
そう思い、私と夕里は古橋さんの席へと向かう。
「古橋さん。私達夏休みにお泊まり会するんだけど古橋さんも来る?」
夕里が誘っても古橋さんはやはり本に夢中で気付かない。
何の本読んでるんだろう?
気になった私は、古橋さんが読む本の表紙を覗き見る。
しかし、ブックカバーが付けられていて表紙が見えない。
「古橋さん、何の本読んでるの?」
諦めた私は、古橋さんに聞いてみる。
だけど、返事が来ない。
「古橋さんが本読んでいない時にまた誘おうよ」
「うん、分かった」
放課後、私達は教室で古橋さんの帰りを待つ事に。
しかし、どれだけ時間が経っても古橋さんの読む手は止まらない。
「いつ帰るんだろう?」
「あの本全部読み終わってからじゃない?」
「え~それだと帰れないじゃん!」
「まぁ、キリがいいところで読み終わると思うしそれまで待っていようよ」
それから十分後。
「ふぅ~」
古橋さんは本を閉じ、本を鞄に詰め込んだ。
どうやら読み終わったようだ。
私達は、古橋さんの元へ駆け寄り
「古橋さん。私達夏休みにお泊まり会するんだけど古橋さんも来る?」
もう一度誘う。
「え? 私?」
突然声を掛けられてあたふたする古橋さん。
「そうそう。ずっと気になっていたんだよね。だからこの機会にどうかな?」
ぐいぐいと詰め寄る夕里。
「私、本を読んでばかりで友達いなかったの。あなたが誘ってくれてとても嬉しいわ」
「それなら……!」
「でも……ごめんなさい。あなたの誘いには乗れない」
そう言い、彼女は鞄を手に取り、教室を後にした。
「そんな……」
「残念だね。でもまた誘えば古橋さんはきっと来てくれるよ」
露骨に落ち込む夕里を私は慰める。
「そ、そうかな?」
「うん! 夕里なら大丈夫!」
それから夕里は本を読んでいない時に古橋さんを何度も誘ったが、尽く断られる。
「やっぱり古橋さんを誘うのは無理なのかな」
「私、理由を聞いてみるよ」
「え? 暁美が?」
「うん、折角夕里が誘ってるのに何で断るのかを知りたい」
「……暁美ありがとう」
「やめてよ。照れる」
そして翌日。
私は、古橋さんが本を読んでいない頃合を見計らって理由を聞いてみる事に。
「古橋さん。何で夕里の誘いを断るの?」
単刀直入に聞いてみた。
「何でって……それは……言えないわ」
古橋さんは、口ごもりながら質問に答えなかった。
「言えない? そんなに言えない事なの?」
「いえ……言いたくないの」
何それ。
「何度も何度も誘ってるのに断り続ける。そして理由は言いたくない。それっておかしくない?」
「……おかしい」
「だったら─」
「でもこの本が―─」
古橋さんは、本を手に取り
「いえ……何でもないわ」
私から逃げるように走り去る。
「何なの……」
「え? 理由を聞いたけど答えてくれなかった!?」
私は、あの後すぐに夕里に電話で連絡した。
「そんなに言いたくない理由なのかな」
「うーん……もしかして私、嫌われている?」
「いやいや、そんな事無いって。夕里は何も悪い事してないよ」
「そう……かな?」
どんどん不安になる夕里に対し、私は
「大丈夫だって! 私が問い詰めるから!」
と、言い聞かせる。
それから夕里と電話を切って、古橋さんの後を追う。
何か証拠を掴めば理由が分かるかもしれない。
そう思い、物陰に隠れながら古橋さんを追う。
辺りは暗い夜道であまり見えないが、電灯を頼りに古橋さんの姿を見る。
すると、古橋さんの鞄から一冊の本が落ちた。
何だろう?
気になった私は、本を手に取り表紙を見ようとする。
しかしその本にはブックカバーが付けられていて表紙が見えない。
私はブックカバーを外し、表紙を見る。
表紙には、ラノベみたいな可愛い女の子が描かれておらず、キャラクターも描かれていない。
ただ、『黒羊と白山羊』というタイトルだけが書かれていた。
厚さ的には、文庫本サイズだ。
彼女は、こんな本を読んでいたのか。
私は、何故か"読みたい"という欲求が湧き出し、その本……文庫を持ち帰った。
古橋さんが夢中で読んでいたこの文庫は本当に面白いのかどうか確かめようと家に帰ってすぐ読んだ。
「暁美ーご飯よー」
「……」
十五分後。
「暁美ーご飯いらないのー?」
「うるさい! 後で食べるからドア前に置いて!」
「分かったわよー」
そんなやり取りがあり、私は熱中して文庫を読んだ。
「暁美ーご飯置いておくから早く食べてね」
「ん、分かった」
更に二十分が経った頃。
「流石にお腹空いたなぁ」
栞に挟んで読んでいた文庫を閉じた。
今のところ大まかな内容は掴んだ。
『敵対していた黒羊と白山羊が仲良くなる』話だ。
イラストは描かれておらず、ひたすら長い文章が続いている。
そんなに面白くはないが、何故か読む手は止まらなかった。
「だから古橋さんこの文庫を読み続けていたんだね」
理由は浅はかだが、分かった気がした。
そう思いつつ、夕食を食べる。
あれ……? お母さんが作るご飯ってこんなに不味かったっけ?
いつもは美味しい筈なのに今日は美味しくなかった。
それでも私は食べ続け、完食した。
私は、食器をキッチンに持っていき、そこでお母さんに聞いた。
「今日のご飯、なんか美味しくなかったけどどうしたの?」
「え? 普通に美味しかったわよ。ねーお父さん」
「おう。お母さんの作る料理はいつも絶品だからな」
「やだーお父さんってば」
「え? 私が食べたら美味しくなかったけどな」
「味覚がおかしくなったんじゃないか?」
「そう……かな……?」
確かめようと冷蔵庫を開け、水を飲む。
しかし水は味がしない。
「うわっマズい!」
「ただの美味しい水なのにね」
どう考えても味覚がおかしい。
しかし何故突然、味覚がおかしくなったのか見当がつかない。
「明日病院行ってみる」
「それが一番ね」
時刻は23時。
いつも夜更かしをしないが、今日は文庫を読み終えたいという気持ちが早り、深夜になっても読み続けた。
「…………」
途中、スマホの着信が鳴っても、LINEの通知が来ても気付かない。
古橋さんと同じくこの文庫に夢中になって読んでいる。
そこまでこの文庫には人を惹きつける力があるのかもしれない。
「ふぅ~」
ようやく文庫が読み終わり、辺りを見回すと朝になっていた。
「いつの間に朝!?」
時計を見ると、8時を超えていた。
「ヤバい! もう遅刻じゃん!」
文庫を鞄の奥にしまい、教科書類を詰め込む。
「これでよし!」
歯磨き、洗顔等々朝の手入れを終わらせ、朝食のトーストを食べる。
当然トーストの味はしない。
「行ってきます!」
焦りながらも何とか準備をした私は、ドアを開ける。
すると、目の前に古橋さんが立っていた。
「ふ、古橋さん!?」
「私の文庫、知らない?」
彼女は、虚ろな目をしている。
「し、知らない……」
「あなたの家の近くの道に文庫を落としたと思うんだけど、知らない?」
彼女の声には、感情がない。
「し、知らない……」
何とか私は、嘘を吐く。
「ほんとに知らない?」
感情を完全に失った彼女には生気を感じない。
「し、知らないよ! 何度も聞かないでよ! ってか学校、遅刻しちゃうよ!」
「……」
私は、古橋さんを無視して一人で学校へと走って行く。
古橋さん……どうしたんだろう?
「ギリギリセーフ!!」
教室に入った瞬間、チャイムが鳴った。
「暁美が遅刻するなんて珍しいね」
「昨日夜更かししちゃってさ」
「夜更かし? いつもはしないのに」
「なんかとある本を夢中で読んでたらいつの間にか朝になってた」
「何それ……しっかりしなさいよ」
「あはは、ごめん……」
「やっぱり文庫拾ったんじゃない」
後ろから生気のない声が聞こえてきた。
古橋さんだ。
「ふ、古橋さん、もギリギリだったんだ」
「さっきの話聞いた限り、あなた本を夢中で読んだって言ったわよね?」
「う、うん……」
「それ……私の文庫でしょ?」
「違う! これは私の文庫なの!」
あれ……?
私は一体何を……?
「私の文庫……私の文庫……私の文庫……」
古橋さんは、ブツブツと同じ台詞を呟いていた。
「古橋さん? 大丈夫なの?」
何が起きたのか理解出来ない夕里は、古橋さんを宥めようとする。
「返して!! 私の文庫を返して!!」
夕里の心配する声を掻き消すように古橋さんは叫ぶ。
「いやっ!! この文庫は誰にも渡さない!!」
私は、反抗する。
そして私は、奥にしまっていた文庫を取り出し、胸に抱く。
「やっぱりその文庫は私の!!」
古橋さんは、文庫を失って以来人が変わったかのように冷静ではなくなった。
「この文庫はもう私のものになったの!! 古橋さんのものじゃない!!」
私も古橋さんのように気が狂った。
そして私は、文庫を奪われないよう教室から逃げ去る。
「ちょっと暁美―─」
夕里の声が聞こえないくらい物凄い速さで逃げ去る。
「ハァ……ハァ……絶対渡すもんか……!」
この文庫はもう私のものだ!
────────────────────
『黒羊と白山羊』は仲良くなり、いつも遊んでいた。
しかし、森の隠れんぼ中に狩人が黒羊を銃で撃ち殺した。
黒羊は死に、白山羊は悲しみ、狩人は喜ぶ。
白山羊は狩人を喰い殺し、狩人は死んだ。
疲れ果てた白山羊は狼に喰い殺され死んだ。
――――――――――――――――――――
バッドエンドで迎えたこの文庫は、読み終わったら「ふぅ~」という溜め息を吐く。
この感情はグロい、悲しいという気持ちより清々しいという気持ちだ。
何故だか知らないが、そういう気持ちになるのだ。
もう二度と読めないなんてそんなの嫌だ。
だから私は、古橋さんには渡したくない。
「本城暁美さん。見つけたわ」
「っ!?」
あれだけ走ったのに古橋さんは追い付いている。
化け物だ……。
「さぁ、返しなさい」
「私は落しものを拾っただけ。そして落しものは拾った人のものとなる」
「……そんなのおかしいわ。私はそれが無いだけで生きる価値を失った。私はあなた達の誘いに乗りたかった。けれど、その文庫があったから断り続けたの」
「嘘だ……」
「嘘じゃないわ。だって私は、その文庫の虜になったの」
文庫の虜……。
まるでこの文庫が呪われているかのようだ。
「ところであなた、五感の一つが感じられなくなった事あるかしら?」
「そういえば昨日から味覚がおかしい……」
「それは文庫の虜になったからなの。実際私も視覚を失った」
古橋さんの目を見ると確かに目は失明したかのように瞑っている。
「それで私はその文庫を読み続けた。その結果嗅覚が敏感になったの。そのおかげであなたの匂いも分かる。私はもっと五感が欲しいの! 視覚を代償に何かを得たいの! さぁ、返しなさい!!」
「この文庫は、誰にも渡したくないっ!」
私は、ポケットに入っていたハサミを取り出し、古橋さんに向かってハサミを向ける。
「来るなっ!」
「本城さん……だったら……」
歯向かうように古橋さんはポケットからカッターを取り出す。
「あなたを殺してでも奪ってやるわ」
ハサミとカッター。
どちらが強いと言ったらカッターの方が強いと火を見るより明らかだ。
それでも私は、ハサミの切っ先を向け、猛スピードで古橋さんの体に刺す。
だが、その前に長く伸びたカッターの刃が私の体に刺さる。
「あぁーーーー!!」
「これでこの文庫は私のもの」
たった一冊の文庫から始まった狂気の奪い合い。
それは、とても醜くてとても美しい。
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