第3話 願い


村の集会所に大人達が集まっている。

それをセシルが横目で見ていると、小さい背中が集会所から出てきてつい作物を持ったまま追いかけた。


「イヴ!」


「あ、セシルお疲れ様。」


「何の集まりだよ、お前まで」


「...先に言っとくが...セシル、お前はダメだぞ」


「だからなんだよ一体」


セシルがイヴに声をかけると側にいた体格の良いレオンの叔父、ビノウが口を出してきた。

わけがわからず少しムッとして言葉を返す。


「えっと、ちょっとお出掛けしてくる」


「おでかけぇ?」


「レオンから聞いたろう?大森林の噂を。」


イヴが困ったように言葉を濁すと奥から村長がセシルに声をかける。

ルーラ大森林への調査を村の大人数名で行うことが決定したというのだ。

だがセシルは違和感が拭えなかった。

噂は村の人間を不安にしたのは確かだが、ルーラ大森林へは険しい山道を通らなければならないし、まだ噂の段階で調査なんて大胆な行動に出ることに違和感があった。

村で戦える人間といえば腕っ節のいい大人5〜6人、といった程度なのに、一体なぜそんなことを。

理解が出来ない、と怪訝そうなセシルに村長は言葉を続けた。


「ナゴンの娘が皮膚を患ってるのは知ってるだろう?大森林に生息してるらしい植物があればそれに効く薬が作れるらしいんじゃ。」


「....待てよ、じゃあイヴに危険地帯に入って、あるかもわかんねぇ草取ってこいってことかよ!」


「セシル、落ち着いて。薬草取れるかもって言い出したのは私だよ。」


ルーラ大森林はさまざまな危険な魔獣が生息していると考えられ、大森林そのものの調査が進んでいないが薬草などの素材は豊富でギルドの素材収集依頼なども出ている。

調査と薬草採取の依頼をすると高ランクの冒険者を雇わなければならない。この村にはそんな財源は到底なかった。理屈は理解した。理解したからこそ、セシルは声を荒げた。

〝元々この村の人間ではない〟イヴなら行かせてもいいと思ったのか。


「薬草探しのついでに噂の真偽も調査してきますって報告したらみんなが危ないから護衛にって...」


「イヴは危ないことすんなって俺らには言うくせに自分はいいのかよ!」


「状況次第だよ、マリちゃんにはもう時間がない。」


「えっ....」


語気を荒げたままイヴにも突っかかったセシルだったが、時間がない、と真剣な顔で言うイヴに言葉を詰まらせた。

皮膚が赤く腫れ上がり泣きじゃくる子供、ナゴンの娘のマリ。その痛がる様子がセシルの頭をよぎった。

かぶれたのだろう、と最初みんながそう思っていたが一向に治らずイヴがナゴンの家に通い詰めていた。

皮膚が弱いくらいで命に関わると思っていなかった。そんなに深刻だと思っていなかった。



「救えるかもしれない。

...だからごめんね、行ってくる。」


イヴの瞳の黒が、強くて羨ましかった。

危険なのは理解していたし、だからこそそこに呼んでほしかった。頼られたかった。戦力として認めてほしかった。

このまま平和に縋り付いていたくなかった。



「....俺も行く」


「だーっ!!ほらいったろ、セシルが知ったら絶対ついてきたがるって!!遊びじゃないんだぞ!!」


「うーーーーーーーーん.....」



反対されるのはわかっていたがセシルはどうやっても絶対についていくと決めていた。

イヴと村長は頭を抱え唸り始めてしまった。

遊びじゃないことも、危険なことも、どれだけ重要なことなのかも、全てわかっているつもりだった。

ただ、それと同時に非日常への高揚感は高まっていた。



「置いていかれても絶対についていく!!」


「お前はことの重大さがわかってないんだよ!!ガキは連れて行けるか!!」


「イヴは行くだろ!!」


「イヴちゃんは薬師としてだろ、お前はただ足手纏いだ!それに畑どうすんだ!!」



セシルとビノウ達が言い合いになり、結局同行させなければ後から一人で行動して危険との判断でセシルは調査隊に同行できることになった。絶対に勝手な行動をせず、言うことを聞くという条件を提示され不服ではあったが了承した。



「セシル」


「イヴまで小言言う気かよ」


「違うよ。一個だけ、お願い。隊列組んで行くことになるでしょ。そうなるとセシルは私の横だよね。」


「....本当は剣士なんだから前列だけどな」



魔獣などがいる場所では基本、4.5人のパーティで行動するため隊列を組んで移動する。

今回調査に向かうのは6名。

剣士ビノウ、同じく剣士ケイン、それに双剣ライリー、弓術士コボル。それにイヴにセシルである。

前列にビノウとケイン、前列後は双剣ライリー、イヴとセシル、そして最後尾は弓術士コボルの隊列になる。



「...手、繋いでてほしい」



少し言いにくそうにそう願ったイヴにセシルは頭を抱えた。

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