第2話 歪み
二ヶ月一度、行商人がやってきて市が開かれる。この田舎では一大イベントだ。王都で流行った装飾品や娯楽などを、村のみんなは楽しみにしていた。
「会いたくて会いたくて一足先に俺だけ来ました。」
「わぁレオンまた背伸びたね。」
「荷物だけでいいから失せろよデコハゲ」
イヴが薬草採取から村へ戻ると見覚えのある長身の男に両手を握られ微笑まれた。村へ来る行商人の息子のレオン・ハーディーだ。
色素の薄い金髪に同系色の瞳。セシルより身長が高く、流行り服を着こなしている。
行商人の父親の手伝いがない時は叔父のいるこの村で過ごすことも多く、セシルとイヴとは幼馴染のような関係でもある。
イヴへの好意を積極的に表現するがセシルとは顔を合わせると何かと口論になり面倒がられている。
「同い年なのに俺の方が背が高くて容姿に恵まれてるからって嫉妬する気持ちはわかるが、落ち着けよチビル。」
「デコがハゲるよりマシだろ」
「お洒落な髪型とハゲの区別もつかないチビだなんて可哀想に」
「人の頭の上で喧嘩しないで」
イヴを挟んで口論を始めた二人を制止する。
お互い年齢が近く言い合える相手なのだろう。セシルは畑仕事をしているときより生き生きとしている。
「リアは一緒じゃないの?」
「あぁ、それがちょっと嫌な噂があってお嬢様はこっちに来れない。」
リア、という呼ばれた少女、オトゥリア・リーゼロッテはこの辺境の伯爵家令嬢である。年齢は十四でセシル、イヴ、レオンと仲が良い。
その彼女が来れない理由、あまり良い話ではないのは確かだ。
「傭兵崩れの盗賊がルーラの大森林を拠点にしてるって噂。」
「...なんだよそれ、そんなの魔獣に喰われて終わりだろ。」
「だーかーら、この噂が本当だったらヤベェんだよ。」
ルーラ大森林。
そこはセルヴの村から山をいくつか超えた場所にある大森林で魔獣が多く生息していることが予想される。大森林の調査は未だに進んでおらず、憶測であるが人間にとって危険な場所であるのは確実だ。
そこを拠点とするものがいるのならば、相応の実力者であるに違いない。
「だからお嬢様は親に止められて来れないし、この村への行商も少なくなってる。噂の真偽がわかるまではこの状況が続くな。」
「その噂ってどこからなんだろうね、国の調査団が確認したなら討伐隊が組まれるだろうし...」
「どうせ根も歯もない噂だろ」
「根はあんだよ。港街のトゥアーリスで暴力事件起こして捕まった奴が自分はルーラ大森林のハザムの部下だーって暴れたそうだ。ハザムなんて賞金首もいねーし、眉唾だけど。」
「そっか...それだけじゃ国は調査に動けないもんね。ただの虚言ならいいけど...」
不安そうにするイヴの横でセシルは何を考えているのか、山向こうの大森林を見据える。
ただの噂、そう言い聞かせるしか出来ない自分が嫌だった。噂を確かめにいける力が欲しかった。
何も出来ない自分が歯痒かった。
「...農家のお子さんがどーにか出来ることじゃねーんだ、変なこと考えんなよ」
「行商のデクの棒もな」
「2人ともだよ。危ないことしないでね。」
イヴはまた言い争いを始めた2人を叱り、まだ少し不安げに山向こうの大森林を見つめた。
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