愚かな魔女は
やん
第1話 平和
その村は平和だった。セルヴという山に囲まれた村だ。
王都からは遠く離れたド田舎ではあったが作物は豊富で魔獣も少ない。村の人間は作物を育て、殆ど自給自足で生活をしていた。
「偏頭痛ですね。」
「へん…?」
「気圧の変化とか、寝不足とか、ストレスなどの日常の変化で頭が痛くなるんです。大きな病気ではないので痛み止めを飲んで少しゆっくりしていれば良くなりますよ。」
小さなこの村にも薬師の少女がいた。
古い、こじんまりとした二階建ての家の一階でさまざまな薬草などが並べられている。
人間の7割が魔法を使用出来るこの世界では回復術士のほうが一般的で薬師の資格を持つ者は少ない。このセントリアム国ではわずか14名。回復術士のほうが一般的で資格が取得しやすく職の幅があり独立もしやすい。わざわざ今薬師の資格を取得するものはいないのだ。
「でもねぇ…痛み止めって、ほら、高いんだろ?」
少女の言葉に安堵した後、中年女性が少し顔を曇らせ薬の値段を気にして言葉を濁らせた。薬師の数が少ないことに比例して扱う薬草などの材料調達が難しくなり、薬そのものの価格が高騰している。この小さな村の村民には高価な薬は手が届かない。
回復術士も同様に国の定めた基準に従い金額を決めている。それも貧しい人間にとってはとても気軽に頼める値段ではない。
その様子に気が付いた少女はニコリと笑った。
「お金はいらないですよ、…あ、私、イミーナさんのミルドの漬物食べたいなぁ。」
「なんで薬と漬物が等価なんだよ」
「セシル」
セシルと呼ばれた少年が窓から口を挟む。
この村に住むセシル・ブラウン。
赤茶の髪と瞳、この国で一般的な容姿をしている。
イミーナとセシルは母と子、家族で野菜農家を営んでいる。鍬を持ったままのセシルにまたサボりかとイミーナが叱責する。
「サボりじゃねぇよ!蛇!かまれたんだって!」
「えっ早く言ってよ!普通の蛇でも毒のある個体もいるんだからね!中入って!イミーナさんも鎮痛剤準備するんで飲んでってください!」
「あーもう!頭痛のタネはあんただよ!悪いねイヴちゃん…」
蛇に咬まれた手を見せサボりではないと主張するセシル。
それを見て慌ただしく薬と治療の準備をするイヴと呼ばれた少女。
名はイヴリーン・マッドリー。黒い髪に黒い瞳。王族の直系の血筋に多い髪色で珍しく、この田舎では浮いている。
赤ん坊のころに母親と共にこの村にやってきて、村で薬師として暮らしている。子供が少ない村の中で、セシルとイヴは幼馴染だ。
用意された鎮痛剤を飲むと休んでいられない、とイミーナは礼を言って明日には漬物を持ってくると小走りで帰っていった。
イヴはセシルの手の甲の傷を確認し、薬を塗る。
「…イヴはさ、なんですげぇ資格もってるのにこんな田舎でタダで仕事してるんだよ」
「村の人以外からは結構もらってるよ。」
「そういうことじゃなくて!回復術士になればもっと儲かるし、イヴは頭いいんだから学院にだって入れたろ」
セシルには能力があるのに田舎で儲かりもしない、栄誉もない薬師をしているイヴが理解できなかった。
この田舎で畑を耕す、つまらない日常を過ごすのがどうしようもなく嫌だったのだ。だから十五歳になったセシルは冒険者ギルドへの登録を親へ志願したが突っぱねられた。危険だからと、お前では無理だと。
ただどうしようもなく、自由が欲しかったのだ。
「んー...回復術士はギルドか王国魔術師連か教会でシスター登録しなきゃいけないし、登録したらこの村で生活は出来ないし...当然無登録で治療したら大罪だからね」
「魔術で悪いことしないようにって?その法律もよくわかんねぇ。」
「大事なことだよ?みんなが好き勝手に魔法使い出したら大変なことになっちゃうからね。それに比べると薬師って出来たのがかなり昔で結構緩いから.....資格さえ取得してれば自由に誰にでもお金をかけずに治療ができるんだよ。」
「...やっぱりわかんねぇ。」
綺麗に巻かれた包帯を眺めてぽつりとセシルは呟いた。
この年頃の男の子が外の世界へ憧れるのは自然なことなのだろう。この世界の可能性は広い。
家柄が良く勉学に励めば国家騎士への道があり、それも年に一度開かれる一般公募で実力を示せば国家騎士になれる。
十五歳になれば冒険者ギルドへの登録が可能になる。ギルドの依頼は難易度が上がれば上がるほど報酬も良くなり、知名度が上がり名声も手に入る。
例え自分が凡庸で剣術の才がないと自覚をしていても、このままではいたくなかった。挑戦がしたかったのだ。
不貞腐れたような態度のセシルを見てイヴは少し寂しそうに笑う。
「私はセシルと離れるのが嫌だからここで出来る薬師をしてるんだよ。」
「.....お前恥ずかしいこと言うよな、なんでもない顔して...」
「これでも照れてるよ?」
予想外の返答に少し戸惑い、セシルは自分より二つ歳下なのに余裕そうな笑みを浮かべるイヴから目を逸らした。きっとイヴは村のみんなにも同じことを言うだろう。自分が特別という勘違いはしてはいけない。
「確かにギルドの有名なチームとか、王国騎士団とか、カッコいいから憧れるよね。でも、私はこの村で平和に過ごすのが好きだから、ここにいたいの。」
平和を好み優しく笑う幼馴染に、退屈さを感じずにはいられなかった。
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