何の変哲もない

サトウ サコ

『何の変哲もない』

 ………ブウウ───ンンン───ンンンン………


 と言う音でIワタシは目覚めた。否、そんな奇怪な音では無かった筈である。

 Iワタシを起こした音は、もっともっとチープな物であった。


 例えるならば、空っぽのR冷蔵庫の音。

        蚊の姦しく飛び回る音。

        時代遅れなガソリン車の音。

        Rリーカが家の中を舐めずり回る音。


 Iワタシは不愉快で堪らない気持ちになり、すぐにRリーカを呼び出した。S彼女Iワタシの所へ駆けつけた。

 二十四年式のS彼女は、酷くおんぼろである。

 購入したての頃は、こんなみすぼらしいS彼女の肌にだって、他の人形と同じく自然な血色が灯っていたのだし、唇と歯も別個の物体として稼働していた。


「ゲンザイ、ゴゼン、サンジ、ハン、マダ、オキル、ジカンデハ、アリマセン」


 見ろ、今や、S彼女の唇は歯であって、歯は唇と同様である。


「ああ、分かっているよ、Rリーカ。どうしてお前はそう、不気味なんだ。何を隠そう、Iワタシは見れば分かる通り、こうしてパッと目が覚めてしまったんだ。アイ・ウォーク・アップという奴だよ。英語は懐かしいかい? そうかいそうかい、撫でてあげようね」


 IワタシS彼女を手招きで呼ぶ。


 ぶーん、ぶーん


 やはり、気に食わない音の正体はRコイツであった。


 S彼女Iワタシの腕の中に大人しく収まると、ぎこちなく瞼を閉じようとした。義眼の上でプラスチックが弾け飛んだ。しかしIワタシは眉を顰めることはしない。これは、IワタシがずっとS彼女をこのままにしておいた結果なのだから。


 R彼女の無機質な胸の感触が、布越しにIワタシの頬に伝わる。S彼女は恐らく、Iワタシを見ていない。

 遮熱窓から微かに見えるアンタレスが燃え尽きる瞬間を目撃しようとしているのだろう。

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何の変哲もない サトウ サコ @SAKO_SATO

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