魔王ではなく、大魔王
「大魔王様ぁ!」
突然、大魔王が暮らしている借家に、四天王の一人が飛び込んできた。
四天王のうち、大地……つまり陸軍を預かる将だ。
「何事だ、ティーディア」
「見てくださいこれ、今朝、建設中の魔王城のポストに入ってたんです!」
大魔王は、地母神ティーディアから、折りたたまれた手紙のようなものを受け取り、広げてみる。
「何々? 『拝啓、魔王テレス様。盛夏の候、暑中お見舞い申し上げます。つきましては、本日、14時30分、王都中央公園にて、決闘を申し込みたく思います。逃げんじゃねぇぞこの野郎。今後ともご愛顧賜りますようお願い申し上げます。敬具』」
額に怒りマークを張り付け。
ぐしゃ、っと、大魔王は、ふざけた手紙を握りつぶした。
「して、ビルフェはなんと?」
手紙は魔王宛だった。決して大魔王宛ではない。
「参謀は、魔王城再建で手一杯とのことです」
「……そうか」
拠点は世界征服の足掛かりとして重要だ。
早急な再建が求められる。
「ビルフェに頼むわけにはいかんな」
「私が行きましょうか?」
地母神ティーディアの申し出に、大魔王テレスは少し考えるが
「いや。構わん。おまえにはおまえの仕事があろう。私が出向く」
「すいません、大魔王様にご足労を」
「良いのだ、気にするな」
――― ⌛ ―――
それから数時間後。
指定通り。
真昼間の王都中央公園にて。
大魔王はベンチに座って待っていた。
ちなみに、服装は、今回も普通の庶民の服である。
そして、時計は既に、15時を回っていた。
約束の時間を45分過ぎている。
「……で?……いつになったら揃うの!?」
威厳を装うことも忘れ、小柄な大魔王はご立腹だ。
勇者パーティの5人中1人が、まだ来ていない。遅刻だ。
「き、今日は、天気に恵まれて良かったですね……!」
「お天気占いでは、午後から雨降るって言ってましたのにねぇ!」
勇者と、勇者パーティの回復係、聖女リーンが一生懸命、大魔王の機嫌を伺う。
「そんなこと言ってたか、リーン?」
「ええ、リノ。今朝、占い屋が予報を掲示板に出……」
大魔王は怒鳴り散らす。
「そんなことはどうでもいいわ!」
そこに、盗賊兼弓使いのアヴィスが、走って戻ってくる。
「お待たせしました、魔王様、かき氷買ってきました」
大魔王は、かかっているシロップを確認するや。
「ちょっとぉ、これ、宇治金時じゃないのぉ! 抹茶って言ったじゃーん!」
激情に任せて投げつけたかき氷が、アヴィスにぶち当たって、中身の氷を盛大にぶちまけた。
ごふ、つ、冷たい!
そのかき氷は、『何か飲み物をお持ちしましょうか』と言われたので、『飲み物はいらない。しいて言うならかき氷かな』と言ったもので。味は抹茶にしてとお願いしていたのだが、よく話を聞いていなかったらしい。
火を消すつもりで油を注いでいることに、気づかないのだろうか。
大魔王は、すごい勢いで立ち上がる。
「あんたら、みんなして、私をバカにしているの!?」
勇者リノは、頭にかき氷を張り付けたアヴィスを見つつ。
「すいません、すいません! この子、戦うこと以外はてんでダメで……」
「そういうことじゃないっての!」
勇者は慌てて代役を立てる。
「ごめん、ミント、もう一回かき氷買ってきてあげて。あとで経費で落とすから」
「わかりました」
今度は、賢者ミントが、杖を聖女リーンに預けて走り去る。
真夏の暑さもあって、大魔王はかなり機嫌が悪い。
「で、いつまで待てばいいの!」
「すいません、今、買いに行かせますから! 抹茶を……」
「ちがぁう! 抹茶なんてどうでもいいの! わざわざ呼び出したのはあんたたちでしょ? わざわざ建設中の魔王城にまで、こんな手紙送りつけて!」
くしゃくしゃの果たし状を、大魔王は地面に叩きつける。
「すいません! 魔王様の電話番号を知らなかったもので」
「そういう問題じゃないでしょ! よりによってなんで当日なの! まったくぅ!」
「すいませんすいません。ユギト兄さんのバイトのシフトが当日まで解らなかったもので」
「で、本人は遅刻なわけ? いつまで待たせんのよ! そっちの管理体制どうなってんの!?」
「先ほど電話しましたら、もう上がったと言っておりましたので!」
「ふざけてんの!? ったく、こんなことに無駄な時間を使わせて」
「あ、もしかして、魔王様、今日は忙しかったですか?」
「今日は、って何! まるでいつも私が暇みたいな言い方ね!」
「いえいえ、そういう意味では……!」
そこに。
「すまねえ!」
槍兵が走ってやってきた。
花屋のエプロンを付けたまま。
「遅れちまった……!」
勇者リノがユギトに駆け寄る。
「ちょっと、ユギト兄さん、何してたんですか!」
「すまんすまん。バイトは終わったんだが、一軒配達ミスがあって、オレ様が届けに走ってきたからよ」
その言い訳を、大魔王は冷めた目で見つめていた。
「あ、ほら、魔王様ずいぶん待たせてるから!」
勇者、聖女、槍兵、シーフが、並んで大魔王に頭を下げる。
「今日はホントにすいませんでした、魔王様!」
そこに、さらに、賢者ミントが戻ってくる。
「――抹茶買ってきましたぁ!」
「ミント、ユギト兄さん来たから、準備して」
ミントがリーンから杖を受け取り、列に並ぶ。
しかし、槍兵は花屋のエプロン姿だし、賢者は片手に杖、片手に抹茶かき氷だし。
そんな間の抜けた状態で、
「よし、行くぞ!」
勇者が気合を入れ、戦闘開始を宣言しても。
「できるかぁ!」
もはやそんな空気ではない。
「ええ?」
驚きの声を上げる勇者一行に、大魔王は声を荒げる。
「こんな緊張感の欠片もない状態で、どうやる気を出せというのよ! もう帰るわ!」
くるり、と大魔王は踵を返し、その場から立ち去ろうとする。
「ユ、ユギト兄さん!」
「おう! 逃がすか、こらぁ!」
その背後に、槍兵が襲い掛かり――。
「この、雑兵がぁ!」
振り向き様。
槍を華麗に躱した大魔王のアッパーカットが、槍兵の顎を撃ち砕いた。
その後、勇者一行は全員、ワンパンで全滅させられたのだった。
そして。
ここにきて大魔王の威厳を思い出したテレスは、地面に倒れ伏した一行に言い放つ。
「そうだ、勘違いしているようだから、ついでに言っておこう。私は魔王などではない。大魔王――大魔王テレスだ。次からは、狙う相手を間違えるでないぞ」
しかし。
――大魔王は気づいていない。
結局、
つまり、今後も、勇者一行と大魔王の戦いは続くのである。
『勇者パーティと魔王軍の日常』 日傘差すバイト @teresa14
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