魔王と勇者
「あざっしたぁ~!」
元気な店員の声が、その背を見送って。
とある食料品店から、大魔王が姿を見せる。
その手には、買ったばかりの食料品の入った籠があった。
今、魔王城は再建の途中だ。
だから、勇者討伐するにも都合の良い、王都に本拠を一時的に移し、服装もバレないよう、一般庶民になぞらえたものにしてある。
まぁ、立派な二本の角は隠しようが無いが。
そして大魔王は店を出てから気づいた。
「――ああ……そういえば、地母神ティーディアに、並盛は足りなかったかなぁ? あの細さでよく食べるもんね」
大魔王は少し首をひねり、今更、大盛に変えてください、なんて店員に言えないし。
「ま、今日のところは勘弁してもらお!」
ルンルン気分で、
自分、参謀、四天王の6人前のお弁当を手に、大魔王は店を後にしようとする。
すると突然。
「死ね! 魔王!」
背後から、鋭い槍の一突きが、大魔王に襲い掛かる。
思わず、大魔王は体を捻り、その槍を躱した。
躱したが――。
べちゃ。
槍は、買ったばかりのお弁当を、大魔王の手から弾き飛ばしていた。
その音は、地面に叩きつけられ、見るも無残になった食べ物の断末魔だった。
大魔王の顔が凍り付く。
そして、槍兵を追いかけてやってきていた、勇者一行もそれを目撃し――。
「あっ」
なんか、やってはいけないことをやってしまったという空気があたり一帯に流れた。
しかし、構わず。
「どうしたぁ、魔王様ァ! 怖気づいたか!」
追撃を試みようとする槍兵。
闘気を籠め、全力で繰り出される槍が、棒立ちの大魔王に襲い掛かる。
だが――。
顔を上げた大魔王の表情は、冷酷極まりない、まさに魔物の王の表情だった。
「この、雑兵が!」
大魔王はその槍を片手でひっ掴み。
槍兵ごとぶん回して、その身体を地面に叩きつけると、
「なんてことすんの! この! この! このぉ!」
「おう、おう、うごぉ!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ!
横倒しになった槍兵ユギトの腹に、何度も蹴りが叩き込む。
「ユ、ユギト兄さんー!」
蹴りが止み、うずくまるユギトは、血を流していることに気づき。
「ぐ、このイケメンのオレ様が鼻血を……ッ」
その背後から、片手に魔力をチャージした大魔王テレスが迫っていた。
次に。
「……せめてもの慈悲だ」
からん、と大魔王の手から、槍兵の横に、薬の入った小瓶――『エリクサー』が投げられ。
「受け取れっ!」
大魔王が、魔法を解き放った。
ぎゃーーーーーー!
槍兵ユギトの叫び声が商店街に響き渡る。
幸い、魔法はかなり手加減がされていたので、商店街の被害は、地面が少しめくれ上がった程度で済んだ。
ユギトは瀕死の状態だったが、投げられたエリクサーを飲んで一命をとりとめた。
――― ⌛ ―――
「ほんとうに、すいませんでした!」
槍兵ユギトと、勇者一行の5名は、近くの公園で正座させられていた。
その様子を。
背の小さい大魔王が、ベンチにちょこんと座って見下ろす。
「ったく! どうして私を狙ったの?」
ユギトが答える。
「だって、あんた魔王だろ?」
違う!
魔王ではなく大魔王だ。
と思いはするものの。
しかし今の大魔王には、そんな訂正はどうでもよい。
「私が魔王だから襲ったの? 街中で? っていうかなんでバレたの……」
「勇者は、魔王の存在には敏感ですので……」
勇者リノが口を挟む。
「じゃ、悪いけど、私にはもう構わないでくれない?」
えっ?
と勇者一行が口をそろえる。
「……だって、勇者と魔王ですよ? 勇者は魔王を倒すべき者なわけで……」
「常識ですよ?」
大魔王は憤る。
「あのね、私は、魔王じゃないの! 魔王は、ビルフェでしょ、ビルフェ! 私はテレスなんだけど?」
「え? でも……」
勇者たちは顔を見合わせる。
なにせ、勇者の直感――つまり魔王には敏感、というセンサーにめっちゃ反応しているからだ。
「とにかく、私のことはそっとしておいて!」
大魔王は、まだ勇者と直接やり逢う気など無かった。
勇者の相手は、まず元魔王と四天王の仕事だ。
物には順序というものがある。
最初から大魔王が相手をするのはナンセンスなことだ。
それに、魔王城の建設が終わるまで、大魔王は勇者討伐を本気で進めるつもりなど無い。
ダンジョンも突破せずに、いきなりボスと戦おうなどと、おこがましいにもほどがある。
そういう訳で、大魔王は暫く、勇者と元魔王の戦況を傍観する気なのだ。
それはともかく。
「っていうかね!」
大魔王はベンチから立ちあがり。
「あんたら、勇者なんでしょ? 正義の!? なのに、いきなり背後から襲い掛かるわ、街中でかまわずおっぱじめるわ……。まあそれを100ッ歩譲っても! タイミングってもんがあんでしょうよ!」
一行のリーダーである、勇者リノに対して、大魔王は怒鳴り散らす。
「おまえは、もっと空気をよみなさいな!」
さらにユギトに向かって怒り心頭の大魔王に、リノは慌ててフォローを入れる。
「わかりました! 次からは心がけますから!」
ったく、こんなのが勇者だなんて世も末だ、と思う大魔王に。
勇者リノは、おずおずと申し出る。
「あの……そろそろ行ってもよろしいでしょうか?」
大魔王は嘆息し
「ええ、もう良いよ」
勇者たちはすくっと立ち上がり。
全身全霊をこめた一礼と共に、深々と頭を下げ。
「ありがとうございました!」
「ございました!」
「あざっす!」
「したっ!」
「申し訳ありませんしたっ!」
そして大魔王が立ち去り。
一行がほっと胸をなでおろしたころ。
「ちょっと待ってもらえる?」
大魔王が戻ってきた。
ひぃ、と勇者たちの顔が青ざめる。
大魔王テレスの顔は、ものすごく悪魔の形相をしていた。
その威圧感は、まさに魔物の王だ。
その形相が、満面の笑みをたたえる。
大魔王は右手の籠を差し出し。
「お弁当……『最強盛』で、買ってきてくれる? 6人分……!」
とても断れない、勇者一行でした。
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