第16話 海潜む災厄
航海二日目。
船の上ではやることもないので各々が自由に過ごしていた。
アイリスは船室で読書。ヴィニスは甲板で決めポーズの練習。ルイシャとシャロとヴォルフは釣りを主にやっていた。
「あ゛ー、全然釣れねえ」
気怠げに言いながらヴォルフは竿を引く。
数分前につけた餌は、綺麗な状態で針に残っていた。餌を取られたならまだしも、そもそも全く食いつかないのでヴォルフはすっかり釣りに飽きてしまっていた。
「昨日はまだ何匹か釣れたんだけどなあ。今日はさっぱりだぜ」
「そうだね、僕も全然引っかからないや」
ルイシャはそう言って海を覗く。
眼下に広がるは深く透明な海。ルイシャは自慢の目で奥の方まで見渡してみる。
「うーん、そもそも魚が全然いないね。釣れないわけだよ」
「へえ、海に魚がいないなんてことあんのね」
シャロがそううぼやくと、三人のもとに商人のフォードがやってくる。
「ここに来たのは久しぶりだけど、やっぱり今も魚はいないか」
「フォードさん、ここは昔からそうなんですか?」
「ああそうさ。ここはもう死海地点の側。人も船も魚すらも、好んでここには近づかない」
デッキの手すりに腰をかけ、フォードは語る。
「ルイシャくん。君は『三厄災』について知っているかな?」
「ええと……名前だけなら。確か大昔に暴れた三体の凶悪な魔物のことですよね?」
「その通り。よく知っているね」
はるか昔に暴れた凶悪にして最強の三体の魔物。それらの力は生き物ではなく天災に喩えられ『三厄災』と呼ばれた。
その存在は都市部では忘れられて久しいが、地方によっては御伽噺として今も語り継がれている。
「三厄災の一つ、『海厄ク・ルウ』という名前は今でもラシスコに残っていて、子どもに恐れられている。私も子どもの時親に言われたものだ。『遅くまで起きてるとク・ルウに海に引きづり込まれるぞ』……とね」
「海厄……ク・ルウ……」
初めて口にするその名前をルイシャは頭の中で反芻する。
名前を聞いただけで悪寒に包まれる。こんな気持ちは初めてだった。
「長いことク・ルウはこの海域で暴れていたが、三百年前、伝説の勇者オーガが現れ討ち倒してくれたらしい。本当かは定かじゃないけどありがたいことだよ」
「勇者オーガがここに……!」
その話を聞き、この海域に勇者の遺産があるという情報に信憑生が増す。
勇者オーガ、海厄ク・ルウ、死海地点、そして……海賊王キャプテン・バット。これらの情報はきっと繋がっている。そしてその筋道の先に探している遺産があるのだとルイシャは確信する。
「それで、その後はどうなったんですか?」
「ああ。無事それ以降ク・ルウの姿が見られることは無くなったのだが、その代わりここら一帯の海域で奇妙なことが起きる様になった。コンパスが狂ったり、進路がいつの間にかズレてたり。そのせいで沈没したり神隠しにあう船が現れてしまったんだ。船乗りたちは『これはク・ルウの呪いだ』と恐れ、ここら一帯の海域を『死海地点』と名づけ、通ることを避けたんだ」
「なるほど……。興味深い話をありがとうございます」
ルイシャは新しく得た大量の情報を脳にしっかりと刻み込み、礼を言う。
こういった地方にのみ残された話というのは王都でも手に入らない。ここで聞くことが出来たのは幸運だった。
「ところで死海地点にはいつ頃到着するんですか? 今日着くって話でしたけど」
「ああそうだそうだ。もう目の前まで着いてるんだよ。それを伝えに来たんだった」
「ええっ!?」
フォードのうっかりにルイシャたち三人は盛大にズッコケる。
「はは、ごめんごめん。ここから先、一時間ほど進んだところが死海地点だ。とはいっても何もないだろ」
「うーん……確かに」
甲板から船の進行方向を見渡すが、海が広がるばかりで何も変なところは見つからない。本当にここが? とルイシャたちは訝しむ。
「悪いが船はここら辺で停めさせて貰うぞ。ここから観察するか、さらに先に行くなら小舟を使ってくれ。それくらいは貸してあげよう」
「ありがとうございます。まずはここから確認します」
そう言ってルイシャは前方を凝視する……が、やはり何も分からなかった。
ヴォルフも鼻をひくつかせるが海の匂いしかしない。
「変な魔力も感じないな……って、ん? シャロ、どうかしたの?」
前を見て、何やらシャロはボーッとしていた。
ルイシャの声でハッと正気に戻った彼女は、感じた違和感を話す。
「……よく分かんないけど、何か変な気配? みたいなのを感じるの。似てるのは前にダンジョンに入った時かしらね」
「ダンジョンって、あの勇者の遺品があった所?」
ルイシャの言葉に、シャロは首を縦に振る。
話に出てきたダンジョンは勇者の封印がされていた。五つの花弁の家紋で封をされたそのダンジョンは、シャロじゃないと封印を解くことが出来なかった。
「ここもそうなのか……?」
もしかしたら感じないだけでまた封印があるのかもしれない。
そう思ったルイシャは、魔眼を発動する。
魔力を視ることが出来る瞳、魔眼。
それが映し出した光景は驚くべきものだった。
「うっそ……」
ルイシャの眼に映ったのは、ダンジョンを塞いでいたあの結界と同じ紋様が描かれた結界。
いや、ただの結界じゃない。
正面の海域一帯を覆い尽くすほどの巨大な結界がそこにはあった。
形は布……カーテンによく似ている。ゆらゆらと揺らめくその結界の色は桃色。そしてそこにはデカデカと勇者の家紋が刻まれている。
あまりにも桁違いの規模の結界にルイシャは面食らう。
こんなにも巨大な結界を何百年も維持していた……!?
いったいどうやって!? いったい何のために!?
「これは……参ったね……」
まだ彼らは海のように深く暗い秘密の、ほんの入り口に触れたに過ぎなかった。
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