第15話 セノ・テティス号

 ビーチで束の間の休息を過ごした翌日。

 ルイシャたちは予定通り死海地点『シップ・グレイブヤード』の調査をするために、港に停泊している商人フォードの船に向かった。

 そしてそこに停泊してあるその姿を見て、ルイシャたちは驚き口をあんぐりと開けた。


「紹介しよう、これぞ我が愛船『セノ・テティス号』だ。立派だろう」


 フォードが用意したのは船は他の停泊している船たちとは一線を画す大きさの巨大なガレオン船だった。全長五十メートル超、幅十メートル。砲門からは五十ほどの大砲が顔を出している。

 紛うことなき最大規模の大型船だ。

 

「なにもこんな立派な船を用意しなくても……」

「いや、それは違うよルイシャ君。これから私たちが行くのはあの忌まわしき呪われた海域。小さな船では心許ない。その点この船は頑丈だし、速度も申し分ない。今回の航海にはこの船が適任なのだよ」

「そ、そうなんですか」


 彼の熱意に押され、ルイシャは閉口する。

 フォードも実は過去に船乗りとして様々な海域を旅した経験がある。なので未知の海域に興味がないわけではなかった。

 とはいえ今や彼は多数の従業員を抱える一流の商人、無茶は控えていたのだが……今回死海地点に行くことになり、彼の船乗りとしての血が久しぶりに目覚めてしまったのだ。


「さ、乗ってくれ。中も凄いぞ!」

「わ! ちょ、入りますって! 押さないで危な」


 ぐいぐいと無理やり引っ張られ、ルイシャはセノ・テティス号に足を踏み入れるのだった。


◇ ◇ ◇


「んー! 気持ちいい!」


 海を裂いて突き進むセノ・テティス号。その甲板に立ちながらルイシャは気持ちよさそうに声を出す。

 天気は快晴。絶好の航海日和だ。


「確かに気持ちいいけど……速度はやっぱり魔空艇よりずっと遅いわね。あっちで調査したほうが良かったんじゃない?」


 綺麗な桃色の髪を風になびかせながらシャロは言う。

 ルイシャたちの乗っているセノ・テティス号はこのサイズの船にしてはかなりの速度が出る。それは風の魔石を使い自ら風を起こしそれを帆で受けているからなのだが、それでもやはり速度に限界はある。

 調子のいい時で時速四十キロほど。魔空艇の半分にも満たない。


「確かに速度だけなら魔空艇の方がいいんだけどね。空の女帝ブルーエンプレスはその場に長時間停止するのが難しいし、何より墜落したらお終いだから……」


 魔空『艇』とはあるが、船と同じように海上を進む機能は魔空艇には備わっていない。

 ゆっくり着水したとしてもすぐに浸水し海の底に沈んでしまうだろう。


「海の上には凶暴な飛竜も多く飛んでるし、海の中から襲ってくる魔獣もたくさんいる。全速力で飛んでるなら襲われることもないけど、ゆっくり飛んでたら危険だと思う」

「ふうん、そういうことだったのね」


 空の女帝ブルーエンプレスは速度特化の小型魔空艇。戦争に使う軍用魔空艇なら厚い装甲があるが、空の女帝ブルーエンプレスの装甲は最低限で耐久力はかなり低い。

 もし沖に出て墜落でもしてしまったら流石のルイシャでも全員を連れて陸地に戻るのは難しい。


「船の船底には魔獣に襲われにくい仕掛けがあるから下手に空を飛ぶより安全だしね。時間はかかっちゃうけどこっちの方がいいと思う」


 それに何より、魔空艇は替えがきかない。

 もし壊れでもしたら王国の技術では直せないので帝国に持ってかなくてはいけないのだが、帝国は王国と敵対関係にある。おいそれとは行くことが出来ない。


「ま、確かに時間はかかるけど船旅ってのも悪くないかもね。私船に乗るの初めてだし」

「そうなんだ。それはちょっと意外かも」


 ルイシャはド田舎の村出身なので、遠出したことがほとんど無かった。

 しかしシャロは小さい頃から色んな所に行っている……と勝手に思い込んでいた。

 ……ていうかシャロがどこ出身か知らないじゃん、とルイシャは気づく。彼女が魔法学園に入るため故郷を出たことは知っていたが、一体それがどこなのかは聞いたことが無かったのだ。


「あの、気を悪くさせちゃったら悪いんだけど……シャロってどこ出身なの? 今まで聞いたことがなくて……ごめん」

「あら? 言ってなかったかしら? ていうか別に謝んなくてもいいわよ別に私が言ってなかっただけだし」


 シャロは謝るルイシャの顔を上げさせると、今までしてこなかった身の上話を始める。


「私の故郷は聖樹セフィリティアのお膝元、『聖都イ・エデン』よ」

「聖都って……あの世界樹があるっていう街だよね? そんな凄い場所から来たんだ……!」


 王都から西に五百キロほど進んだ場所には大陸一巨大な世界樹、別名『聖樹セフィリティア』が存在する。その樹の根元に存在する聖なる街がシャロの出身地『聖都イ・エデン』なのだ。


「別に聖なる街って言っても私からしたらただの田舎だけどね。自然は豊かだし平和だけどそれだけ。退屈だったわ」

「へえ……でも僕も行ってみたいな。有名な世界樹を一回見てみたいや」

「なら休み中に行きましょうよ。きっとマ……お母さんも喜ぶわ」

「それいいね! 楽しみだなあ」


 まだ見ぬ地を想像し、ルイシャは楽しそうに笑う。

 そんな彼に向かってシャロは少し頬を赤らめながら尋ねる。


「もちろんお母さんにも挨拶してくれるのよね? …………恋人として」


 最後の言葉はぼそぼそと小さな声で呟く。

 聞こえるか聞こえないか微妙な声量、しかしルイシャはその言葉を聞き逃さなかった。


「もちろんだよ」


 シャロの手を取り、真剣なトーンで喋る。

 顔から火が出るほど恥ずかしいけど、これを濁すのは良くないとルイシャは思った。


「ちゃんと……ちゃんと、話すから。頼りないかもしれない、けど、頑張るから」


 ルイシャのその言葉にシャロは驚いたように目を丸くし、そして優しく微笑む。


「……バカね。あんたが頼りなかった時なんて一度もないわよ」


 そう言ってルイシャの隣に寄り添うように立つ。

 波に揺れる甲板の上。二人は長い間隣り合って流れ行く景色を見続けた。

 風で冷える体を、お互いの熱で温め合いながら。

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