第17話 結界

 その規格外の大きさの結界を見たルイシャは立ちすくむ。

 これほどの規模の結界を作ってまで封じなくてはいけない物がある。それは一体どんな物なのだろうとルイシャは不安になる。


「ルイ、大丈夫?」

「え、あ……うん。大丈夫、ありがとう」


 シャロの言葉でルイシャは冷静さを取り戻す。

 こんなとこで立ち止まってちゃ駄目だと彼は気を取り直す。すると彼らのもとに席を外していたアイリスがやって来る。


「結界……それも見たことないサイズの大きさですね」


 アイリスの言葉にルイシャはハッとする。


「そっか、アイリスも魔眼を持ってたんだね。僕と同じでアレが見えるんだ」

「はい。ルイシャ様の持つ魔王の瞳サタンズアイに比べたら能力は落ちますが、あのサイズの結界であれば、しっかりと補足できます」


 そう言ってアイリスはシャロの方をちらと見て、ドヤ顔をかます。自分の方が彼に寄り添えるとでも言いたげに。


「……あんた本当にいい度胸してるわね……!」

「ふふ、何のことでしょうか?」


 そんな女同士の戦いがすぐ後ろで行われてることなど知らず、ルイシャは結界の観察を続ける。

 しっかりと目を凝らし、それを眺めたルイシャはあることに気づく。


「ねえアイリス、あの結界、なんだか壊れかけてない?」

「本当ですか? どれ……」


 アイリスも目を凝らし、結界を注視する。

 すると結界の所々が欠け、穴が空いていることが見てとれた。更に数カ所ヒビが入ってる所も見て取れた。今すぐ壊れるというわけでは無さそうだが、長くは持たなそうだ。


「これだけ大規模の結界、維持するのは大変なはずです。もしこれが勇者オーガの作った結界なのであれば、このような事態を想定出来たはずですが……。誰か結界の修繕をする者を用意しなかったのでしょうか?」


 そう言ってアイリスは再びシャロのことをちらと見る。


 魔眼を持たず、目の前の結界を見ることが出来ないシャロだが、ここまで話を聞けば今どんな状況なのかは察しがつく。

 目の前に自分には見えない結界があることと、自分がイジられてることに。


「ちょっと! 言っとくけど私は何にも知らないからね! こんな所にご先祖さまの結界があるなんて私が一番びっくりよ!」

「……はあ、やはりそうでしたか。当てになりませんね」

「むきー! あんただけはしばく!」

「ちょ、落ち着いてよシャロ! アイリスもそれくらいにして!」


 ヒートアップしそうなシャロを宥めたルイシャは、今後の方針をみんなで考える。


「あの結界は多分シャロがいれば何とかなると思う。ダンジョンの時もそうだったしね」


 ダンジョンを封じていた結界はシャロが触れただけで封印が解けた。

 あの時と同じであれば今回も結界を突破するのは容易だろう。


「でもその先に何があるか分かんないんだよね……。結界のせいで中がどうなってるか分からないし」


 海に張り巡らされた結界には認識阻害の効果があり、その奥は魔王の瞳サタンズ・アイの力を持ってしても見通すことは出来なかった。


「この大きな船で近づくことは出来ないから、近づくには小舟に乗り換えるしかないんだけど……僕は一旦引くべきだと思う。陸ならまだいいけどここは海の上。慎重に動いた方がいいと思う」


 彼らは海で行動するのに慣れていない。当然船を操る技術も素人だ。

 それに加えて謎の結界と来ればそれに考えなしに突っ込むのは無茶を通り越して無謀だ。ルイシャの提案にシャロたちも頷く。


「ありがとう。じゃあ早速ラシスコに戻って作戦を練り直さないとね。大きな船と海になれた人、それと結界に関する情報も手に入れないと。……中々大変そうだね」

「ラシスコにはまだ吸血鬼どうぞくが残っています。彼らの力を借りれば何とかなるとは思います。流石にすぐにとはいかないでしょうが」

「じゃあそっちはアイリスの仲間に任せて俺らは結界の情報探しか。骨が折れそうだぜ」

「ラシスコに何か文献が残ってればいいけどね。最悪私が実家に戻って勇者の資料を漁るわ。ま、そんな物見たことないから期待は出来ないと思うけど何もしないよりマシでしょ」


「みんな……!」


 自発的に動いてくれる頼もしい仲間の姿を見て、ルイシャは感極まり目頭が熱くなる。

 自分は一人じゃないのだと強く感じた。


 その感情のままに抱きつこうとした瞬間、爆発音と共に船が大きく揺れた。


「な、なんだ!?」


 慌てる一同。

 見れば船の左側面から黒い煙が上がっている。どうやら緊急事態のようだ。


「右舷より船影! 敵襲です!」


 船員の声が船上に響き渡る。

 その声に従い、右舷の方向を見てみるとものすごい勢いで三隻の船が接近してきていた。


 目を凝らしたルイシャは、その内の一隻に見覚えのある顔を見つけた。


「あいつ……追ってたのか!」


 三隻の船を取りまとめる人物は、遠くのルイシャと目が合い、笑みを浮かべる。


「クク、今度は海の上、こっちのホームタウンだ。この前みたいにはいかないぜぇ……!」


 そう言って悪名高き海賊“人喰いドレイク”は手にしたサーベルの刃に舌を這わせるのだった。

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