第9話 船の墓場

 死海地点『シップ・グレイブヤード』。

 その名前を聞いた商人フォードは途端に深刻そうな顔になる。それほどまでにその名は良くないものなのかとルイシャは警戒する。


「ヴィニス、その死海地点っていうのはなんなの?」

「……それは私の口から説明しよう」


 ヴィニスがそれに答えるより早く、フォードが口を開く。


「先ほど赤髪の少年が指した地点一帯を船乗りの間ではそう読んでいる。『シップ・グレイブヤード』……その名の通りそこの海域は船の墓場なのだよ」


 フォードは高そうな赤ワインをグイッと飲み干す。

 とてもこの話は素面で話せるような内容ではなかった。


「この海域は通る船は『魔物に呑まれる』と言われている。事実ここを通過し行方不明になった船は百隻以上あると言われていて、海賊すらあの付近を通ろうとはしない」


「そんな場所があるんですね……」


「このシップ・グレイブヤードの伝説は勇者オーガが現れる前からずっと続いているんだ。最近では近くを通るくらいなら大丈夫と言う奴もいるが、私は少しも近づきたくはない」


 そう言ってフォードはダン! とワイングラスを強くテーブルに置く。どうやらもうこれ以上説明することはないようだ。

 ルイシャはヴィニスの方を向き、更に詳しく尋ねる。


「海賊王キャプテン・バットはその海域に最後に行ったの?」


「ああ。集めた情報によるとラシスコを出て南東に向かって出発したらしい。あの付近に島はない。おそらくシップ・グレイブヤードに向かったのだと俺は思うぜ」


「そっか……」


 手がかりがそこにしか無い以上、行くしかない。

 ルイシャは真剣な表情でフォードに向かい直る。


「フォードさん、無茶を承知でお願いします。船を貸して頂けないでしょうか? もちろんお金も払いますし、人まで借りたりはしません」


「……君たちがなぜあそこに行こうとしてるかは知らないし詮索するつもりもない。本来であればあの忌々し場所に近づこうとする人と関わりたくはないのだが……受けた恩を返さなほど恩知らずではない。いいだろう、流石に中までは入れないが近くまでは責任持って連れて行こうじゃないか」


「い、いいんですか!?」


「男に二言はない!」


 酔っ払いながらも、フォードはしっかりとした口調で肯定する。

 渡りに船。まさかここまで協力して貰えると思わなかったルイシャたちは立ち上がり喜ぶ。


「明日準備をして、明後日の朝には出発できるだろう。明日は航海に備えてゆっくりするといい」


「分かりました、ありがとうございます!」


 無事海の移動手段を確保したルイシャたちは、遅くまで食事を楽しんだのだった。


◇ ◇ ◇


 その日の夜。

 フォードの計らいでルイシャたちは彼の屋敷に泊まらせて貰っていた。

 一人に一部屋、ちゃんとした客室を用意してもらったのでそれぞれが自由な時間を過ごしていた。

 ただ一つ、ルイシャの部屋を除いて。


「ルイシャ様も飲まれますか? このお酒、なかなか美味しいですよ」

「うん、じゃあ少しだけ貰おうかな……」


 アイリスに勧められるまま、ルイシャはグラスにワインを注いで貰う。

 お酒は嫌いではないがあまり強くはないので少しだけ。一口で飲める分だけを貰って口に含む。


「本当だ、美味しいね」

「ふふ、よかったです」


 現在ルイシャの部屋にいるのはルイシャとアイリスの二人のみ。

 二人は小さなテーブルに向かう合うように座り、部屋の灯りは卓上のランタンのみ。良い雰囲気だ。

 いつもなら来るであろうシャロが来ないことに疑問を持ったルイシャはアイリスに聞いてみたが「私が勝ったので」としか言われなかった。何のことだろうかと考えてみたが結局分からなかった。


「こうして二人でゆっくりと過ごすのも久しぶりだね。ていうかもしかしたら初めてかもね」

「そうですね。いつもは他に誰かいて騒がしいですからね。こうしてゆったりとした大人の時間を過ごせるのは貴重ですね」


 そう言って薄く笑みをたたえる彼女は妖艶で、美しくて。

 ルイシャは思わず目を奪われてしまう。


「どうかされてましたか?」

「い、いや。なんでもないよ」

「そうですか」


 沈黙。

 そわそわする不思議な空気が流れる。

 そんな中ルイシャは、あることを彼女に伝えることを決心する。


「ねえアイリス。こんな風にいつもと違う場所で二人きりになれることなんて、そうはないから伝えておきたいことがあるんだ」

「は、はい……?」


 困惑するアイリス。

 そんな彼女をよそに、ルイシャは席を立って移動し、大きなベッドに腰掛ける。


「隣に来てもらって良いかな?」

「わ、わかりました」


 アイリスはおずおずとルイシャの隣に腰掛ける。

 困惑してはいるが、ちゃんと体をぴったりと付けるように座っている。抜け目がない。


「ふー」


 ルイシャはひとつ、大きく深呼吸すると話し始めるのだった。

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