第36話 化け物

 獣人族。

 獣の力とヒトの知能を併せ持つ彼らのルーツを辿ると「祖獣そじゅう」と呼ばれる存在に行き着く。

 ヒト族に匹敵する高い知能と竜族とも互角に渡り合える力を持ったと言われるその獣はある時、一人のヒト族と恋に落ちた。

 その二人から生まれたのが獣人の祖先である……と言われている。


 長い時が過ぎた現代、祖獣と呼ばれる存在がいた形跡は大陸のどこを探しても見つかることはなく、それに近しい存在も生まれてきていない。なので本当にそのような種族がいたのか疑う者も少なくない。


 しかしその存在を証明することのできる存在が一つだけある。

 獣人の中に稀に生まれる「先祖返り」と呼ばれる能力の持ち主。その能力を持った者は自身に眠る祖獣の遺伝子を呼び覚まし、恐ろしい力を持った獣に姿を変えることができる。

 先の時代、ヒトと獣人と魔族の三つ巴の戦争が頻発していた時代では先祖返りの能力を持つ戦士が活躍したとの記録が残っている。


 しかし戦争が落ち着いた現代、そのような「危険」で「得体の知れない」な力を持った者は同じ獣人しゅぞくの中でも迫害を受ける場合がある。

 なのでこの力を持って生まれたヴォルフ今までは変身しないよう過ごしてきたのだが、自分を受け入れてもらえる人たちに出会い、自分の力を受け入れることが出来た。


 ――――ゆえにこの力を鍛えること、そして振るうことに、もう躊躇うことはない。


「フウウウゥゥッ……力が漲るぜ……」


 変身が完了したヴォルフの姿は、元の姿とは似ても似つかない姿に変わっていた。

 身長は三メートルはあろうか、その巨体には黒く硬質な体毛がびっしりと生えている。全身の筋肉は隆起し特に前腕部分は丸太のように太くなっている。

 そして体に比べると小さい頭部と手足の爪はその一本一本が名匠が作り上げた刀剣のように鋭い物になっていた。


 モード《人狼》。

 以前ヴォルフが変身した獣形態から素早さを落とすことで破壊力を大幅に上げることにした、彼の最強の戦闘形態だ。


「ひぃっ!」


 赤く充血した瞳がぎょろりと動き、ギラの生徒を捕捉する。その恐ろしい視線を浴びた生徒は思わず悲痛な叫びを上げてしまう。


「おいおいなにビビってんだよ。さっきまでの威勢はどうしたァ?」


 狼の貌が、恐ろしい笑みを形作る。

 今まで感じたことのない根源的恐怖を覚えた生徒たちはまるで地面が無くなったかのような感覚に襲われ、足がすくむ。


「くそ、くそ、くそ……! 獣人風情が調子に乗りやがって!」


 そんな中、恐怖を振り払い一人の生徒が果敢にも魔法を放つ。


中位魔刃ミド・エッジ!」


 放たれたのは三日月型の刃。

 それはヴォルフの太い首元へ一直線へ飛んでいき、見事命中した……が、その剛毛に当たった瞬間砕け散ってしまう。


「そ、そんな……!」


「おいおいそんななまくらじゃ、毛繕けづくろいにもなんねえぜ?」


「お、おいお前ら! お前らも攻撃しろ! あいつを早く殺せ!」


 その言葉に反応しギラの生徒たちは次々と攻撃を始める。

 火の玉に魔法の剣に弓矢。さまざまな攻撃がヴォルフの体に命中するが、そのどれもが彼の体毛を突き破ることは出来なかった。


「効いてないのか……!? この化け物め!」


「化け物……ねえ」


 その言葉は幼少期に同族からよく言われた言葉だ。

 それを言われる度心を深く抉られ、涙を流した夜は両の手じゃ数えきれない。


 でも今は違う。自分のことを受け入れてくれる人が出来た彼は化け物であることに負い目を感じなくなっていた。


「見せてやるぜ……化け物の力をなァ!」


 四足獣の後ろ足のようになった足を深く曲げ、一気に伸ばす。すると爆発したかのように地面が爆ぜ、ヴォルフは急加速する。

 そして十メートルほどの距離を一瞬で詰めた彼は肥大化した腕を無造作に振るう。それだけで目の前の生徒たちは吹き飛んでしまう。


「ひ、ひいぃ!」


 地面に転がり動けなくなるクラスメイトを見て、運良く攻撃から免れていた生徒たちが逃げ出す。


出口そっちにゃあ姉御がいる、逃げられることはねえだろうが……わざわざお手を煩わせるこたぁねえわな」


 ヴォルフは走って逃げる四人の生徒に狙いをつけると、太く立派な両手を地面につけ四足歩行の形を取る。

 そして両手両足の爪を地面に深く突き刺し、「スウウゥ……」と胸がパンパンに膨れ上がるまで息を吸い込む。まるで口からビームでも吐き出しそうな彼の動作に、ギラの生徒たちの逃げる速度も上がるが、その程度の速さでは狼の縄張りからは逃げ出せなかった。


祖狼の咆哮ヴォルク・ロアー!」


 自身の名前の由来ともなった偉大なる祖獣の名前を冠したその技は、超広射程の衝撃波を巻き起こす。

 魔力に頼ることなく脅威的な肺活量によってのみ起こさせるその衝撃の渦は、逃げる生徒たちに命中する。


「――――ッ!!」


 まるで高所から飛び降り、水面に叩きつけられたかのような衝撃に生徒たちは声を発することも出来ずその場に崩れ落ちる。


「ヘッ、根性のねえ奴らだぜ」


 思う存分叫び満足したヴォルフは、そう吐き捨てるとヒト型に戻り仲間の元へと戻るのであった。

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