第35話 兜が通る

 その昆虫が頭に掲げるソレは、一般的に角と呼ばれるものよりも、太く、凛々しく、硬く、鋭く、そして――――おおきかった。


 二門の大砲かと見紛うほど立派なその角の持ち主は、カザハが有する最大戦虫の一つ。

 修羅兜しゅらかぶと、と呼ばれるその甲虫カブトムシの体躯は三メートルは有に超える。そんな巨大な虫が小さな少女の体のどこに隠れていたんだという当然の疑問がギラの生徒に湧き上がるが、修羅兜の真黒い双眸に睨まれた彼らの脳内にはその疑問を軽く上回るほどの恐怖が生まれる。


「に、逃げ――――」


「あんだけ好き放題やらかして、自分だけ逃げようってのは虫がいい・・・・んと

 ちゃうか?」


 カザハは修羅兜のララちゃんのうえに飛び乗ると、目の前に鎮座する立派な角を握る。そして角を握る手に力を入れると修羅兜はその力加減に合わせて角の切先を動かす。

 それはさながら操縦桿を操る戦闘機のパイロットのようだった。


「遠慮はせんでええでララちゃん、思いっきりぶちかましたれ!」

『ヂヂィ!』


 蜘蛛の子を散らすように逃げるギラの生徒たち。カザハはじっくりと狙いを定めると、最も彼らが密集してる場所にツノの先端を合わせる。


「行ったれララちゃん!」


 主人の合図と同時に大きなはねを広げ、小刻みにそれを震わせる修羅兜。彼(彼女?)は大木の如き太さを誇る立派な三対の脚で地面を蹴ると、その巨体に見合わぬ速度で突進する。


「奥義、通天角つうてんかく。骨の髄までしっかり味わって帰りい!」


 その雄々しい角に轢かれた生徒たちは風に吹かれる枝葉のように吹っ飛び、全身を強く地面に打ちつける。


「ひ、ひいぃ!」


 悲鳴を上げながら逃げまどう生徒たち。運良く初撃を回避した彼らだが、二発三発と容赦なく降り注ぐ黒い流星の前に動ける者の数は瞬く間に減っていく。


「これで……最後や!」


「く、来るなあああああぁッッ!!」


 絶叫虚しく修羅兜の角は叫ぶ生徒の腹に激突し、生徒は「んむ゛っ!」とくぐもった声を出しながら吹っ飛び地面に転がる。


「……命まで取り立てはせえへん、そんなことしたら責任を感じてまうやろからな。せやけどまた同じようなことしたらこんなもんじゃ済まへんで。この子達に食われるほうがマシやと思わせたるからな」


 ◇


「囲め囲め! 中距離を保って攻撃するんだ!」


「――――んだよ、面倒メンドくせえな」


 自慢の喧嘩殺法で一人づつ敵を殴り飛ばしていたヴォルフ。

 そんな彼だが三人目を倒したところでギラの生徒十人ほどに囲まれてしまう。


「雑魚が群れたって結果は変わんねえぜ、大人しく殴られりゃ半殺しで済ませてやるよ」


「イキがるなよ獣人。お前たち獣人が魔法を苦手としていることは知っている。見たところ遠距離武器も持ってないお前にこの距離を埋める術はねえ」


 ヴォルフを囲む生徒たちは弓に矢を番え狙いを定めたり遠距離魔法を発動させたりし始める。

 数、そして射程リーチでも優位を取った彼らはニヤニヤと醜い笑みを浮かべる。どうやってこの恥知らずな獣人を痛めつけてやろうか、そんな考えが透けて見える。


 はあ。

 ヴォルフはそう短くため息をつく。


(思い切り駆けりゃ攻撃が当たる前に倒せるだろうが……それじゃ面白くねえな)


 この戦いは報復の意味合いが強いが、もう一つ大きな意味がある。


 それは見せしめ。

 自分たちに牙を向けばこうなるぞという警告も含んでいる。なので一瞬で倒してしまうとその効果が薄まってしまう。

 戦いの後、彼らが「周りにあいつらに手を出したらダメだ」と言いふらすほどの恐怖を与えなければならない。


「だったらこれ・・だよな……!」


 拳を固め、全身に力を込めるヴォルフ。

 すると次の瞬間彼の肉体がボコボコと膨れ上がり、その体躯がみるみる内に巨大になっていく。


「見せてやるよ修行の成果を。モード、人狼!」

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