第32話 満身創痍

 無事三回戦を突破したルイシャたち。

 選手控室に戻った彼らをクラスメイトたちが笑顔で迎え入れる。


「だはは! 見たか俺さまの活躍を!」


「へ? バーン戦ってた?」


「なにおう!? しっかり一人倒しただろうが!」


 友人のメレルに揶揄からかわれ怒り散らすバーン。そんないつも通りの光景を横目で見ながらルイシャはある人物を探していた。


「どうしたのルイ? 誰か探してるの?」


 そんな彼の様子を気にしてシャロが話しかけてくる。


「うん。いやチシャが見当たらないなあ、って」


 Zクラスの全員と仲がいいルイシャだが、チシャはその中でも特に仲がいい。学外でも一緒にいることが多いシャロとアイリス、ヴォルフを除けば最も共に過ごす時間が長いだろう。

 そんな彼が試合が終わっても話しかけてこないことにルイシャは違和感を覚えた。いつもならそろそろ軽口の一つでも叩きながら近づいてくるのだが……。


「そーいえば試合前にトイレに行ったけどそれっきり見てないね。観客席にも来てなかったよ」


 メレルがそう言ったのを皮切りに不安感がZクラスの中に広がる。


「確かに私も見てない……」

「でも迷ってるだけじゃないの?」

「チシャはしっかりしてるからそんなことないと思うけど……」

「そんなことより早く探しに行ったほうがいんじゃないの」


 こんなに場所で危険な目に遭うことはないだろうと思いつつも不安の種はどんどん大きくなっていく。

 居ても立っても居られなくなったルイシャが「じゃあ僕が探してくるよ」と言おうとした瞬間、選手控室の扉が開く。

 入って来たのはルイシャの先輩シオン。彼はよくどっかに行っていなくなるので今この場にいなかったことを気にされていなかった。

 なので「なんだシオンさんか」と心の中で少し失礼なことを思うルイシャだったが、彼が抱えている人物が視界に入るとルイシャの頭は真っ白になる。


「チシャッ!!」


 ルイシャの目に入ったのは血まみれになったクラスメイトの姿だった。

 彼の小さな体の至る所に血がこびりつき、服の隙間から覗き見える肌には打撲痕のようなものが何箇所も見える。

 シオンはそんな彼を優しく丁重に長椅子の上に横たわらせる。ルイシャは激情に身を任せて何があったのかとシオンに詰め寄りたい衝動に駆られるが、そんなことをすればチシャにも被害が出てしまうかもしれないと思い、歯を食いしばり手を強く握りしめ必死に堪える。


「ローナくん、急いで回復魔法を。あと誰か回復薬ポーションをここの職員から貰って来てくれ。闘技場だからたくさんストックしてるだろう」


 その間にシオンはテキパキと指示を出していく。

 彼の指示に従い回復魔法を得意とするローナがチシャに近づき魔法を唱える。すると顔色が少し良くなり荒かった呼吸も次第に落ち着く。


「ほっ、良かった……これならなんとかなりそう」


 そいういってローナは大きな胸を撫で下ろす。

 回復魔法は万能ではない。斬れ落ちた部位はくっつくことはあれど再生はしないし、致命傷を負った人を救うことも出来ない。

 チシャは一見助からなそうに見えるほど血まみれだったが、ダメージは深くまで伝わっておらず回復魔法で充分助かるレベルだった。


 そのことを知ったルイシャもホッとする。しかし疑問はいまだ残っている。


「シオンさん、いったいなんでチシャがこんなになっているんですか? 返答によっては僕はあなたを許しません……!」


 ルイシャの全身から刃物のように鋭い殺気が放たれシオンに突き刺さる

 大の大人ですら卒倒してしまうほどの殺気だが、シオンはそれを涼しい顔で受け止める。


「気持ちはわかるが勘違いしないで欲しいな、私はこんなつまらないことはしないよ。ちなみに何が起きたのか詳しいことは私も知らないんだ、たまたま見かけた血まみれの彼を運んできただけだからね。だから何があったかは本人の口から聞いてみるといい」


 シオンに促されチシャの方に目を向けると、彼は薄く目を開けてルイシャのことを視界に収める。


「チシャ!」


「声が大きいよルイシャ……僕は見ての通りピンピンしてるよ」


 力こぶを作るように腕を上げ、平気アピールをするチシャだがその動作はあまりにも痛々しい。


「分かったから無理しないでよ。いったい何があったの?」


 ルイシャは横たわるチシャの隣に腰を下ろすと、何があったのかを尋ねる。

 意識を取り戻したチシャはゆっくりと何が起きたのかをみんなに話した。

 それを全て聞き終えた時、ルイシャの心に湧き起こったのは激しい怒りの炎だった。今までこれほどまでに何かに対し怒りを覚えたことはない。体の深いところから燃え上がる炎は体を焼き尽くすのではないかと思うくらいの熱を生み、ルイシャは全身が熱くなるのを感じる。


「へへ、あいつら少し痛い目見せれば僕が従うと思ってたんだろうね。殴りながら驚いた顔してたよ……傑作だったなあ……」


 そう言って笑みを浮かべるチシャだがその目は微かに潤んでいる。これだけ痛い思いを、これだけ怖い思いをしてなお笑みを浮かべることが出来る彼をルイシャは尊敬した。

 しかしそんな気丈な彼でもいつまでも強がってはいられなかった。受けた暴力を、恐怖を次第に鮮明に思い出した彼の口から弱音が小さく漏れ出る。


「ぐっ、うう……悔しい……あんな奴らに……悔しいよルイシャ……」


 その言葉を聞き、ルイシャの心は決まった。

 チシャの手を優しく握り離すと、何かを決意した目で立ち上がる。

 そして控室から出て行こうとする彼だがそのいく手をユーリが遮る。


「ごめん、迷惑かけるかもしれないけど今回ばかりはユーリに言われても止まるつもりはないよ」


「勘違いするなよルイシャ。クラスメイトをこんな目に遭わされて僕だって頭に来てるんだ。今回のギラのやり方はあまりにも酷い、明確な違法行為だ。しかしだからと言ってこちらも同じことをしては魔法学園も罰を受けかねない。ここが王国領土内ならまだしも、な」


「だったらどうしろっていうの?」


「僕に考えがある。ただ殴り返すだけじゃ物足りない、やるなら徹底的に、だ。奴らがどこに喧嘩を売ったのか骨の髄まで叩き込んでやろうじゃないか」


 そう言ってユーリは王子らしからぬ凶悪な笑みを浮かべるのだった。

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