第31話 穿つ槍
商国ブルムの守護者『牙狩り』、及びその見習いである
ヒトの身ながら巨大な魔獣を狩る彼らの強さの秘密はその装備にある。
「――――そこッ!」
恐ろしい速さで地面を蹴ると、まるで氷上を滑るような独特の動きで向かってくるクルイーク。
その移動を可能にしているのが彼の履く靴、通称『
火の魔石と風の魔石を組み込まれたその靴は、魔力を流すと使用者の体が浮き高速で移動したり空中移動が可能になるのだ。
魔力を溜め込んだり、魔力を流すことで特殊な魔法効果を発動することで知られる『魔石』。その効果をここまで効率的にコンパクトに一つの装備に落とし込めるのは商国をおいて他にいないだろう。
「牙狩り槍術、『
クルイークの手に持った槍が唸りを上げてルイシャに襲いかかる。
彼の使う槍、『
そんな無茶な使い方をすればあっという間に刃が痛んでしまうのだが、
大陸で一番資源が集まる国、ブルムだからこそ量産可能な武器、そして戦い方。
一学生では反応することも出来ず敗れてしまうだろう。しかし。
(くそっ! なんで当たらないんだ!?)
頭に血が昇るのを感じた彼は一旦ルイシャから距離を取り、呼吸を整える。その瞬間彼の額にどっと汗が浮かぶ。あのまま続けていれば酸欠で倒れていただろう。
「……なぜ。なぜ私の攻撃を避けることができる!? ヒトの眼で追える速さを超えているはずなのにっ!」
「確かにあなたの攻撃は速い。でもヒトが技を使う以上その動きは予測できます。目の動き、重心移動、指先の僅かな起こり。それら全てが僕にあなたの動きを教えてくれる」
「――――っ!」
それを聞いた瞬間クルイークの全身を強烈な寒気が襲う。
心の中まで覗かれている感覚。彼は目の前の少年は戦士として自分の遥か高みにいることを理解した。
しかしそれでも、彼は歯を食いしばって地面に落ちそうになる膝を奮起させる。
「今までの非礼は詫びる。君は私が思っていたよりもずっと優れた“戦士”だった。そんな君に敬意を表し、私の最高の技を送ろう」
彼は決意に満ちた瞳をルイシャに向けると、しっかりと槍を持ち姿勢を低く構える。
膝にしっかりと力を溜め、全身から殺気を放つ。先ほどまでの試合用の技とは違う、殺すための技。ルイシャは彼の本気を感じ取り自分も拳を構え迎撃の構えを取る。
「いくぞ」
「いつでも」
次の瞬間、クルイークの姿が消える。
否、観客にはそう見えただけで彼はちゃんとリングの上にいた。しかしあまりにも高速で駆け回る彼の姿を観客の動体視力では捉えることが出来なかったのだ。
「なんて速さだ……ヴォルフ、お前見えるか?」
「俺の動体視力でもたまに見えるくらいだな。まさかここまで強えとは」
優れた視力を持つヴォルフでも追いきれないほどの速さ。ルイシャもその動きを捉えきれていなかった。
竜の力を持つ瞳『竜眼』を発動させれば捉えることは容易いだろうが、ルイシャはあえてそれをしなかった。
(相手は同じ種族で同年代。ここであの力を使わなくちゃ勝てないようじゃこの先の戦いに絶対に勝てない!)
ヒトとしての能力だけで勝つことを決めたルイシャは自分の周囲に気を放ち始める。その気は半径二メートルほどのドーム状となりルイシャを包み込む。半透明で橙色のそれは吹けば飛んでしまいそうでとても防御能力があるようには見えなかった。
「……何をしようとしてるのかは知らないが、そんなもので私の一撃を防げると思うなよ!」
十分に加速したクルイークは天高く飛び上がると、ルイシャの頭部目がけ超高速度で突進する。
牙狩り槍術奥義『
技に入った彼の姿をルイシャは捉えていなかった。それどころかルイシャは拳を構えたまま目を閉じていた。
勝ちを確信するクルイークだが、彼の槍の切っ先がルイシャの作り上げた気のドームに届いた瞬間ルイシャは横に動きその一撃を回避した。
「――――なっ!?」
驚くクルイーク。
ルイシャがその一撃を回避できたのは、彼が作り出した気のドーム「気功術守式八ノ型『
この効果でクルイークの一撃を避けることが出来たルイシャは拳を固く握りしめ、無防備になった彼にカウンターを放つ。
「金剛殻・鉄槌!」
気で固めた拳による鉄拳。
両手が槍で塞がってるクルイークにその一撃を防ぐ術はなく、顔面に深々と拳が突き刺さりものすごい勢いで吹き飛ばされる。
そしてリング外に落下した彼はそのまま地面に横たわり勝敗は決した。激戦に目を奪われ実況することを忘れていたペッツォの声が会場に響き渡る。
『け、決着ぅッ! 手に汗握る激戦を制したのは魔法学園ッ!」
それを聞いたルイシャは「ふう」と息を漏らす。
そしてリング外に倒れるクルイークに背を向けると仲間の元へ歩き出す。
「ありがとうございます。貴方のおかげで僕はまた一つ強くなれました」
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