第26話 王子頑張る
一歩、また一歩とゆっくりと歩を進めるユーリ。
彼が近づいてくる度に貴族学園の生徒三人は「ひぃ!」と情けない声を上げる。
「なんで……なんで魔法が効かないんだよ!? お前らちゃんと魔力込めたのか!?」
「おい俺を疑うのかよ!? お前こそ手ぇ抜いてないだろうな!?」
「仲間割れしてる場合かよ、どんどんこっち来るぞ!」
彼らが責任をなすりつけあっている内にユーリはすぐ側まで近づいてくる。
それに気づいた三人は再び杖を構えてユーリに向かい合う。
「いったい何をした!? まさか魔法を無効化出来る魔道具を持っているのか!?」
「そんな強い魔道具が王都にあれば心強いんだけどね。生憎宝物庫にあったはずの大量の魔道具は前王と当時の貴族がお金に変えて使ってしまってそんな大層な物は王都にないよ」
「じゃあ一体どうやって俺たちの魔法を防いだっていうんだ!?」
「浅学な君たちでも『魔法無力化』くらいは知ってるだろう? 魔力の大きさはそのまま魔法防御力になる。つまり……君たち程度の魔力では僕の魔力を突破し傷をつけることは叶わない」
そう説明したユーリは体から魔力を吹き出し辺りに充満させる。
ルイシャや将紋覚醒者には遠く及ばない魔力量だが、この年のヒト族からしたら破格の魔力量だ。いくら馬鹿な彼らといえどその圧倒的な魔力量の差には流石に気づき、魔法で戦うのを諦める。
そして懐から煌びやかな装飾が施された短刀を取り出すとその切先をユーリに向ける。
「いくら魔力量が高くても
胸元めがけ突き出される凶刃。いくらリーチの短いナイフと言えど当たりどころが悪ければ死ぬ危険性すらある。しかしユーリはそれを理解しながらも怖気づくことなくナイフから目を離さなかった。
「――――そこっ!」
そして突き出された短刀を握る手に、右の手刀を叩きつける。
「
まるで金槌で手首を叩かれたのような衝撃に、彼は思わず短刀を手放してしまう。
ユーリは彼の隙を見逃さず、今度は左手でアッパー気味に掌底を繰り出す。手刀から流れるように繋がれたその攻撃は相手の顎を的確に打ち抜く。
ルイシャ直伝の体術をモロに食らった生徒は何をされたかを理解することすら出来ず意識を失いその場に崩れ落ちる。
「まずは一人。さて次はどっちが来る? 僕は二人同時でも構わないよ」
「ぐ、ぐぐ……!」
ユーリの想定外の強さに貴族学園の二人はたじろぐ。
彼が魔法に長けているのは理解出来る、一般的に身分が高い者ほどその先祖に優れた魔法使いがいるので、王族には魔力高い者が多い。
しかし格闘技術に長けた王族など聞いたことがない。彼らが混乱するのも当然だ。
「不思議かい? 僕が素手で戦えることが」
彼らの疑問を見透かしたかのようにユーリは問いかけてくる。
なぜそんな事を聞いてくるのか理解できない彼らは額に汗を浮かべながら無言でユーリのことを見つめる。ユーリはそれを肯定と取ると口を開く。
「簡単な話だよ、僕は努力したんだ。ルイシャに鍛えたいと言った二ヶ月前のあの日から……」
今でも瞳を閉じれば甦る。ルイシャとの地獄の特訓の日々が。
「自分の身を自分で守れるようになりたい」そう言ったユーリをルイシャは容赦なく鍛えた。ユーリは『街のチンピラぐらいから身を守れる』くらいの意味で言ったのだが、ルイシャはそれを『一人前の戦士から身を守れる』と捉えてしまった。
その結果ユーリは恐ろしい量の特訓メニューを課せられルイシャがいない時もサボらずしっかりとそのメニューをこなした。
その結果、元々才能に溢れる彼はメキメキと成長し魔法だけでなく素手格闘も普通の生徒よりずっと強くなった。
「ツラい……本当にツラい毎日だった」
空を見上げながら噛み締めるように呟くユーリの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
彼はその涙をポケットから出した高そうなハンカチで拭うと再び相手に目を向ける。
「僕がそんな大変な修行から逃げずに向き合えたのは君たちのおかげさ。君たちみたいな国のお金を貪り食い父上の邪魔しかしない寄生虫をこの手でぶちのめせると思えば地獄のような修行も耐え抜くことがき出来た……!」
「「ひぃ――――っ!!」」
恐ろしい形相で笑うユーリの姿を見た二人の生徒は、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。血の気が引いて全身に鳥肌が立つ。品行方正で知られた王子ユーリの姿はそこには無かった。
そんな怯える二人めがけユーリは駆け出す。それに反応し一人が短刀を抜いて応戦しようとする。
それを見たユーリは綺麗な回し蹴りを放ち、短刀を再び弾き飛ばす。そして今度は逆の足で相手の側頭部に回し蹴りを叩き込む。
「ッ!!」
頭に強い衝撃を受け脳を激しく揺さぶられたその生徒は意識を失い勢いよく地面に倒れる。
このままではやられる。そう確信した一人残った貴族学園の生徒は、自分に背を向けるユーリ目掛け突っ込み短刀を振りかざす。
(死角からの攻撃。これなら反応できまい……!)
そう確信する彼だが、ユーリはルイシャからある技を教わっていた。
それは『魔力探知』。広範囲での探知はまだまだ出来ないが周囲二メートルほどであれば相手の位置は特定出来る。
「あまいっ!」
後ろを振り返らずにその攻撃を避けたユーリは足払いをして相手をコケさせると、手に持った短刀を奪い取り相手の首に押し付ける。
「さて、どうしたものか。この刃を引けば君の首から勢いよく血が吹き出すだろうね」
「ゆ、許して……下さい……」
涙目でそう訴えるが、依然ユーリは冷たい目をしたまま短刀を握る手を緩めない。
「虫のいい話だね、どうせ君も自分より身分の低い人たちをいびってたんだろ? 彼らがやめてと言って君はやめたのかな?」
「そ、それは……」
口ごもる生徒。どうやら身に覚えがあるようだ。
ユーリは「はぁ」とため息をつくと短刀を握る手に力を込める。
「父上のためにも
そう言って短刀を持つ手を振りかぶる。
その切っ先は組み伏せられた生徒の方をしっかりと向いている。
「や、やめ――――っ!!」
必死の懇願虚しくユーリの手は振り下ろされ……彼の顔面に突き刺さる。
「…………」
ユーリは無言で彼の顔面に突き刺さったそれ――――自らの
「腐っても君は王国の民、殺しはしないさ。だけどこれ以上父上と王国の邪魔ばかりするようであれば……その時は容赦しない!」
ユーリはそう吐き捨てると、自分を待つイブキとシャロの元に戻る。
二人ともよくやったといった感じで笑みを浮かべながらユーリを迎える。
「よくやったじゃない。スカッとしたわ」
「ずたぼろになりながらルイっちに鍛えられた甲斐があったっすね。お見事っす」
そう労う二人の友人と手を叩いて勝利を分かち合ったユーリは、観客席に向かい頭を下げる。
すると観客たちは一斉に沸き歓声が闘技場を包み込む。若き王子の活躍に観客たちの心は鷲掴みにされていた。
『な、なんと〜!! ユーリ王子が一人で勝利してしまった! なんという才能! なんというカリスマ! 一回戦で戦った謎の少年といい今年の魔法学園はどうなってるんだ!? この先の試合も目が離せないぜッ!!!!』
実況のペッツォがそう叫ぶと観客たちもそれに呼応し「ユーリ! ユーリ!」とコールを始める。
それを聞いた当事者はにこやかな笑みを浮かべながら小声で喋る。
「くくく、これで王国の評判はドラゴン上りだ。観光客も支援者も増えるぞ……!」
「あんた本当に逞しくなったわね……」
シャロはすっかり逞しくなったユーリを見て呆れるようにそう呟くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます