第10話 影のヒーロー

 ルイシャが策を講じているその頃、生徒会長レグルスは学園内を疾走していた。

 しかし猛スピードで走り回る彼を、生徒の誰も気には止めなかった。


「ふふふ、誰の目にも留まらず走るこの感覚。たまらないねっ!」


 それもそのはず、道行く生徒たちは誰一人として彼のことを知覚していないからだ。

 レグルスの得意魔法は『認識阻害魔法』という特殊なものだ。自分の存在感を限界まで薄くすることで、たとえ視界の中に入ってもその人物はレグルスがいることに気づかないのだ。

 戦闘能力が高い人物に攻撃しようとすれば、さすがに気配や殺気で気づかれてしまうが一度離れてしまえば熟練の戦士でも彼を捉えるのは難しい。


 暗殺者や盗人にうってつけの能力だが……彼はこの力を悪用した事は一度もなかった。

 むしろその逆。


「む、そこの男子生徒! ハンカチを落としたぞ!」


 そう言ってレグルスはハンカチを拾うと、それを落とした生徒のポケットにハンカチをねじ込む。

 しかし男子生徒はレグルスの存在に気づいてないのでハンカチを落としたことにすら気づかず去っていく。

 普通であればお礼の一つでも貰いたくなる場面だが、レグルスの顔は笑顔で誇らしげだった。


「ふふ、また人知れず生徒を救ってしまった……」


 彼はこの魔法学園を心から愛していた。ゆえに人知れず生徒たちを助けていたのだ。

 ある時は転んだ生徒を支え、ある時は腹痛の生徒を抱えてトイレまで運び、またある時は学園に忍び込んだ泥棒を捕まえたことまであった。

 魔法学園七不思議の一つ、『なんか助けてくれる精霊みたいのがいる』は何を隠そうこの生徒会長の仕業だったのだ。


 何人かの生徒を助け安全を確認したレグルスは校舎の屋上まで駆け上がると、そこから下を見渡す。


「さてさて、ルイシャはどんな手で来るかな? このまま終わるなんてつまらない事はやめてくれよ?」


 そう楽しそうに笑う彼の視界の隅に、見知った姿が映る。

 遠くてぼんやりとしてるが、あの背格好と青色の髪。いつも一緒にいるので見間違えるはずがない。


「ユキ? いったい何をしてるんだ?」


 生徒会書記ユキ・クラウス。二戦目で負けた彼女は最初に戦ったところで時間のカウントをしているはず。それなのに彼女はその仕事を放って外をフラフラと歩いていた。


「むう、近くに行ってみるか」


 怪しいとは思いながらもレグルスは彼女に近づく。もちろん認識阻害魔法は解かずに、だ。


『かいちょー、どこですかー』


 近づいてみると彼女はそう繰り返し声を出していた。

 間違いない、ユキの声だ。そう確信したレグルスは周りに人がいないことを確認し彼女に近づく。



「ユキ、いったいどうしたんだ?」


 姿を現しながらそう喋りかけた瞬間、彼らを取り囲むように地面から黒い柱が出現する。その柱は頭上で結合し、まるで鳥籠のようになり二人を閉じ込める。


「い、いったいこれは……!?」


 突然の事態に戸惑うレグルス。

 するとユキはゆっくりとレグルスの方を向いて口を開く。


「やっと見つけましたよ……生徒会長さん」


 その声は先ほどまでの声とは似ても似つかない声。まだ声変わりしきってない高めの声だが、間違いなく男性の発するそれだ。


「その声はまさか……っ!」


「そのまさかですよ!」



 ユキ? が手を叩くと彼女の周りにボフン! と煙が舞い、その中から女子生徒の制服を着たルイシャが現れる。頼りになる生徒会書記の姿はどこにもない。


「さてこの格好をするのも恥ずかしいのでとっとと終わらせますよ!」


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