第42話 抜け道

 新しい魔王。

 アイリスはその言葉を聞いた時、目の前の人物は嘘をついているか愚か者かのどちらかだと思った。

 そもそも魔王という称号は受け継ぐものだ。いくら強くなったり慕われたりしても勝手になれるものではない。

 例外として魔王が死んだ場合のみ、魔族の中で最も指導者に相応しい者に魔王紋が現れる。

 この『相応しい者』というのがクセモノで、なんとも基準がザックリしているのだ。一説では魔王紋が意思を持っていて、魔王紋自身が自分を継ぐに値する人物を選んでいるのではないかと言われている。


 魔王テスタロッサがいなくなった時も魔族達は新しく生まれたはずの魔王紋を受け継いだ魔族を探し回った。しかし三百年経った今も見つけることは出来ていない。それもそのはず、魔王テスタロッサは今も無限牢獄の中で生きているからだ。

 死ななければ、魔王紋も移らない。ゆえに魔王を継ぐ者は三百年間現れていないのだ。


 それらの事実を知っているアイリスからしたらウラカンの言ってる『新しい魔王』は到底実現不可能なことだ。

 しかし彼の出した『魔王の書』はその言葉を信じそうになるほど禍々しい魔力を放っていた。


「この『魔王の書』は、魔王がなにかしらの理由で魔王紋を継承できなくなった時の解決策が書かれています。古い時代の魔族たちはこのような事態を予見していたということですね」


「そんな方法が……!」


 想像だにしていなかった事実にアイリスは背筋が震える。

 しかしよく考えると不可解な点があった。


「し、しかしそんな方法があるのならとっくに試しているはずです!」


「簡単な話さ、この方法はあまりにも危険だ。もし邪悪な者がこの方法を知ってしまったら魔王が存命でもこの方法で無理やり魔王紋を奪うことが出来てしまう。だから私の先祖はこの方法を隠匿した。厳重に封印し、自らの家の地下深くに隠したのさ」


 元々は魔王の書を管理するほどウラカンの家系は権威を持っていたのだ。しかし長い時間の果て徐々に家の権威は落ち、いつしか魔王の書の存在も忘れ去られた。

 しかし出世欲に駆られたウラカンは何か役に立つものはないかと家の中を漁り回った結果、この本を見つけ出したのだ。

 元々は魔族のために作られたこの本が、子孫によって悪用されるとは何とも皮肉な話だ。


「この本によると、必要なのは『将紋を持った器となる魔族』『この本』そして『大量の魂』。王都の人口は約八万人、これだけいれば十分だと思いませんか?」


 ウラカンの企みを知ったアイリスは頭に血が上り歯をギリギリと食いしばる。


「そんな事が許されると思ってるのですか……!? 罪なき人を殺めた者に民衆がついていくはずがない!!」


「そんなことないさアイリス君、民衆は絶対的な指導者を渇望している。例え多少非道な行為をしようと新しい魔王という存在に人は魅了されてしまうだろう」


「ぐっ……!」


 それはあながちないとも言えない話ではある。長い王の不在は民衆の心を病ませてしまっている。

 もし新たな魔王が生まれれば民衆は歓喜するだろう、例えその王が愚王だとしても。


「だから観念して私のものとなるがいい。魔王と吸血鬼の子どもとなればさぞかし優秀な子どもが生まれるだろう」


 そう言ってアイリスの方へ手を伸ばすウラカン。

 そんな彼に応えるようにアイリスは俯きながら彼に近づいていく。


「よ、よすんだアイリス……!」


 アイリスの仲間がそう呼びかけるが彼女には届かない。

 その様子を見たウラカンは満足そうに「ふふ、それでいい」と笑う。


 そしてアイリスはウラカンの目の前まで歩み寄った。


「さあおいでアイリス、新たなる王の誕生を近くで見せてあげよう」


 そう言って両手を広げるウラカン。

 俯いていたアイリスは顔を上げ隙だらけのウラカンに笑みを見せる。


「……かかりましたね、誰があなたに仕えるものですか!」


「へ?」


 突然の豹変ぶりに驚くウラカンにアイリスは渾身の魔法を放つ。


上位鮮血十字槍ハイ・ブラドロス・スピアァ!!」


 アイリスの手から放たれた巨大な真紅の槍は無防備なウラカンの胸部に突き刺さり彼を吹き飛ばした。


「残念でしたね、私にはもう仕えるべきご主人様がいるんです。あなたみたいな醜い下衆とは違って、とっても可愛くて頼りになるご主人様が、ね!」


 アイリスは声高々にそう宣言するのだった。

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