第41話 剣と拳

 吸血鬼は戦闘能力に秀でた種族だ。

 魔族の中でも身体能力と魔法能力どちらも上位に位置し、更に固有魔法である血液魔法も使える。

 しかしそんな彼らでもウラカンの部下にはまるで歯が立たなかった。


「ぐふっ!!」


 二振りの曲大剣を持つ魔族スパイドの斬撃を受けアイリスの仲間の吸血鬼が地に伏せる。

 彼は胴体を袈裟斬りにされており傷口からは真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。彼は吸血鬼の力で血液を操りすぐに血液を固め止血をするが、それでも流れ出た血の量は多い。もう戦える力は残ってないだろう。


「くっ! 私が相手をする! キアノスは下がって!」


「……すまないアイリス」


 戦闘不能になった青髪の吸血鬼キアノスに変わりアイリスがスパイドの相手をする。

 アイリスの手には己の血で作られた長剣がある。吸血鬼の血で作られた武器は普通の武器よりも強靭だ。しかしスパイドの攻撃を二、三度受けただけでヒビが入ってしまう。それほどまでに彼の斬撃は鋭く重いものだった。


「ひゃはははははっ! 脆い、脆すぎるぜぇ!!」


 一見乱雑に振り回されいるように見えるスパイドの剣撃だが、その狙いは正確で隙の無いものだった。いかに吸血鬼の中でも恵まれた才能を持って生まれたアイリスと言えどその攻撃を受けるので精一杯、とても反撃に転じることなどできなかった。


 一方ウラカンのもう一人の部下である大柄の魔族ウルス。彼は緑色の吸血鬼フロロースと戦っていた。

 フロロースは近接戦闘があまり得意でない代わりに魔法攻撃を得意とする。なので肉弾戦を得意とするウルスとは相性がいいように思えた。

 しかしそんな予想とは逆にフロロースは苦戦を強いられていた。


「こいつ……不死身か!? 魔法が全然通じない!!」


 フロロースの得意魔法「鮮血飛刃ブラド・エッジ」。この魔法は血液を三日月型の刃に変え射出する魔法だ。その威力は木を断ち岩をも切り裂く、しかしウルスにはまるで通じなかった。


「どうした? ちょこちょこ逃げ回るだけでは俺は倒せないぞ?」

「くっ……! これならどうだ! 上位鮮血飛刃ハイ・ブラドエッジ!!」


 二メートルを越す巨大な刃を射出するフロロース。その魔法はその大きさに似つかわしく無い速さで飛来しウルスの胴体に突き刺さる。


「よし!」


 今が攻めどきと一気に距離を詰めるフロロース。手に魔力を込め必殺の一撃を繰り出さんとしている。

 一方ウルスは胴体に刃が突き刺さったまま両腕を動かし、むんずと無造作に刃を握る。


「……ふん!」


 そしてそのまま両手で刃を握る締めると、なんと刃は粉々に砕け散ってしまう。


「なっ……!?」


 目を疑う光景に絶句するフロロース。

 驚いたのは素手で魔法を砕いたことだけでは無い、なんと刃が突き刺さっていた場所は皮膚が薄く切れているだけで全然ダメージを与える事ができていなかったのだ。

 その傷はものの数秒で塞がり跡形も無くなってしまう。ノーダメージといっても過言ではないだろう。

 ウルスは自分から流れ出た少量の血液を指で拭うとフロロースの方に目を向ける。


「さて、次は俺の番だな?」


「しまっ……!」


 今まで一定の距離を保っていたフロロースだが、今は距離を詰めてしまっている。急いで止まり引き返そうとするがもう遅い。ウルスはその巨体に似合わぬ速度で接近すると、人の頭部ほどの大きさを誇る拳をフロロースの胴体に打ち込む。


「がっ……!!」


 今まで受けたことのないほどの衝撃がフロロースの腹部を襲う。その衝撃は彼の腹筋を通りぬけ臓器を圧迫する。体内で限界まで縮むことを余儀なくされた彼の臓器は、その中に溜まっていた彼の消化物逆流させ口から吐瀉させる。


「あーあ、汚ねえな」


 自らの吐瀉物に倒れ込むフロロースを見てウルスは見下すように言う。これでも彼は手加減して殴っていた、もし本気で殴っていたのならフロロースの上半身と下半身は分かれていただろう。それをしなかったのは彼フロロースが吸血鬼だったからに他ならない。吸血鬼は希少種族、なにかしら役に立つだろうと思ったのだ。


「さて、お仲間はやられてしまったわけだけど。君はどうするのかな」


 そうアイリスに問いかけるのは高みの見物をしていたウラカンだ。

 スパイドは話の邪魔をしてはいけないと剣を振るうのを止める。意外とボスの命令には忠実なのだ。


「どうする、とはどういう意味でしょうか? まだ私はピンピンしてますよ?」


 絶体絶命の状況ながらも気丈に振る舞うアイリス。そんな彼女を見てウラカンは舌舐めずりをする。


「ふふ……いい女だ、気に入った。私の妻の一人として迎え入れてあげましょう」


 気持ち悪い笑みを浮かべながらそんなことを言うウラカンにアイリスは「うわぁ……」とドン引きする。


「私がそれを受けると思いますか? 馬鹿も休み休み言って下さい」


「逆に問うが断る理由がどこにある? 私は魔王になる男だ、これ以上の優良物件はないぞ?」


「そもそも魔王になんてなろうとしてなれるものではありません。そんな世迷いごとを言う輩についていくほど私は馬鹿ではありません」


「ふむ確かに。私の話はいささか信憑性に欠けるかもしれませんね。でしたら特別に見せてあげましょう」


 そう言うとウラカンは自らの懐から古ぼけた一冊の茶色い本を取り出す。

 その本からはとても禍々しい魔力が発せられていた。魔眼を持っているアイリスは思わず目を背けたくなってしまうほどだった。


「これは『魔王の書』。新たな魔王を生み出すことのできる方法が書かれた本さ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る