第36話 覚悟
銀騎士のローラン。その名前は王国ではちょっとした有名人だ。
はぐれ竜の討伐や凶悪犯罪組織の壊滅など数々の武勇伝を打ち立てた彼は、十八歳という若さながら金等級冒険者にまで登り詰めた。
数いる冒険者の中でも飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍する彼が自分に剣先を向けている。その事実にマクスは現実味を感じる事が出来なかった。
「覚悟だって……?」
「ええ、今から
ローランの剣の鞘は刀身と同じく銀で出来ている。
そんな金属の塊で殴りつけられれば常人なら即死クラスだ。いくら冒険者として鍛えているマクスでもその身体能力は常人を大きくは超えてない、打ちどころが悪ければ命を落としかねない。
周りの冒険者たちはそれを理解していたのでマクスは諦めるだろうと思ったが、マクスの返答は意外なものだった。
「いいぜ、やれよ」
いつもの軽薄な態度とは対照的に、肝の据わった眼で言い放つマクス。
そんな彼の雰囲気に冒険者たちは思わず息を飲む。
「私が寸止めすると思ったのであれば思い直した方がいいですよ。そのような甘い考えは持ち合わせていませんので」
冷静に、冷淡にそう言い放つローラン。
その言葉を聞いたマクスは背筋に冷たいものを感じた。
こいつは本気だ。冒険者としての勘がそう告げていた。しかし……他の誰でもないルイシャの為に逃げる訳にはいかない。
マクスは精一杯の虚勢を張りニヤリと笑い言い放つ。
「お前こそビビってんじゃねえだろうな? くくっ、金等級冒険者も案外たいしたことねえんだな」
怖気づくどころかローランを挑発するマクスを見て冒険者たちは空いた口が塞がらなくなっていた。関係のない自分たちですらここから逃げ出したいほどローランの放つ気迫は恐ろしいものだった。それをまともに食らっていながら軽口を叩けるなんて正気の沙汰ではない。
「どうした? やらないのか?」
「……分かりました」
ローランはゆっくりと右手で柄を握りしめ剣を構える。
「さあ来い」、とマクスが声を出そうとした瞬間ローランの腕が消える。
もちろん本当に消えたわけではない。そう錯覚するほどにローランは腕を素早く振りマクスの腹部に剣を叩き込んだのだ。
「…………!」
痛い。という感情すらわかない程の衝撃がマクスの腹部を襲う。
体中の毛が逆立ち汗が吹き出す。視界は赤く染まり腹部の感覚は一瞬にして消え失せる。
その現実味のないほどの痛みでマクスの思考は一周して冷静になり「意外と走馬灯で見えないんだな」と悠長なことを考えていた。
「マ、マクスっ!」
なす術なく倒れ込む、マクスのもとに駆け寄る仲間のマール。マクスの体は驚くほど冷たくなっており、更に目でわかるほど強く痙攣していた。これはマズいと判断したマールは急いで回復魔法を強くかける。
その光景に呆気にとられる冒険者たち。もう誰ひとりとしてマクスのことを笑うものはいなかった。
誰もが勇敢な冒険者を心配する中、ただ一人銀の鎧に身を包んだ騎士だけは無情にも剣先をマクスに向けていた。
再びその剣が振るわれるのかと誰もが思ったが、その剣を突如現れた大きな鉤爪が弾く。
「おい、オレ様の同期をイジメてんじゃねえぞ」
そういってマクスとローランの間に割って入ってきたのは強面の冒険者ムンバだ。
彼は愛用の鉤爪を両腕に装備して臨戦態勢に入っている。
「おや、君は先程まで彼の言うことに否定的だったじゃないですか」
「うるせえな、気が変わったんだよ! とにかくその剣引っ込めてもらうぜ」
ムンバのその言葉に同調するように周りの冒険者達も立ち上がりローランを強く睨みつける。中には武器に手をかける者までいる。
「……ふふ。これではこちらが悪者ですね。どうやら勝負はあなたの勝ちのようですね」
ローランのその言葉に応えるかのようにゆっくりと立ち上がるマクス。足は震え息も絶え絶えになっているが意識はあるようだ。マールの肩を借りながら立った彼はゆっくりと話し始める。
「へへ、なんだよムンバ……俺の味方をしてくれる……のか?」
「ケッ、そこまでされて手を貸さねぇほど男を捨てちゃあいねぇよ。いいから早く話しな、オレ様たちの力が必要なんだろぅ?」
その言葉に同調し頷く冒険者たち。
マクスは潤む目をこすって誤魔化すと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます