第34話 人質

「ルッソまであんな簡単に……!? どうなってんだ!?」


 ルッソがやられたことで魔族たちの間にさらなる不安が広がる。

 “煙人スモーキン”のルッソと言えば魔族の傭兵では有名な人物だ。そんな彼が年端も行かない少年にやられるだなんて彼らの理解の範疇を超えていた。

 もはや歯向かう気力の湧くものなどおらず、全員が地面に目を伏せ諦めの表情を浮かべていた。


 ルイシャはそんな彼らに近づき問いかける。


「あなた達のボスはどこにいるんですか? 素直に教えてくれればこれ以上あなた達に危害を加えません」


 極力刺激しないようにそう言うルイシャだが、『ボス』という言葉を聞いた魔族達は震え始めてしまう。


「ど、どうしましたか?」


「い……言えねえ。確かにあんたは怖いが俺たちのボスはもっと怖い。もし裏切ったなんて知られたら何をされるか……」


 歴戦の傭兵がここまで怯えるなんて。ルイシャは敵の危険度を心の中で引き上げる。

 しかし困った。無理矢理聞き出せば呪いが発動し死んでしまうだろう。解呪の知識もないこともないのだが、ぶっつけ本番でやれる程の実力はない。

 いったいどうしたものか……。そう悩んでいると魔族達が泊まっていた宿屋の扉が開き一人の魔族が出てくる。


「おいそこのガキぃ! これを見ろ!」


 そう叫ぶ魔族の男は小さな人間の男の子を抱えていた。喋れないように口を布で塞がれた五歳くらいのその男の子は涙を浮かべ目元を真っ赤に腫らしていた。


「ちょっとでも動けばこいつがどうなるか分かるよな!? 分かったら剣を捨てな!!」


 そういって魔族の男はナイフを男の子の首元に押し付ける。男の目は座っている。

 逆らえば本当にナイフは首を切り裂いてしまうだろう。


「なんて卑劣な……」


「うるせえ! 早く剣を捨てろっ!」


 哀れんだ目で見てくるルイシャに魔族の男は怒鳴り散らす。

 ルイシャは仕方ないと竜王剣を地面に放る。


「そ、それでいいんだよ……へへ、まさか昨日拉致ったガキが役に立つとはな」


 この魔族はルイシャがルッソと戦っている隙に宿屋に戻り、何かに使えるかと昨日攫っていた男の子を人質として連れてきたのだ。

 一気に状況がこっちに傾いてきたのを感じた魔族達はさっきまでの落ち込みはどこへやら急に強気になり出す。


「くく、やはり人間は甘い。あんなガキ一人でこんなにしおらしくなるなんてな」


 勢いを取り戻した魔族達はルイシャを取り囲む。

 一瞬で彼らを屠ることは出来る……が、その瞬間ナイフは男の子の首を貫くだろう。


「いったいどうすれば……!」


 焦るルイシャ。今こうしてる間にも敵の親玉は王国民を皆殺しする計画を進めているはずだ。

 誰か助けに来てくれればどうにか出来るだろうが仲間達はみな自分の仕事をしている最中だろう。

 こうなったら人質を犠牲にするしかないか……。ルイシャは苦渋の決断を下そうとしていた。


「ははは! 悪は勝つぅ!」


 高笑いしながらナイフの刃の腹をぐりぐりと男の子に押し付ける魔族の男。

 しかし不思議なことに急にナイフを持った感覚がスッとなくなってしまう。


「……あれ?」


 戸惑いながら下を向き自分の腕を見る男。すると驚くべきことにそこにあったはずの自分の腕は無くなっていた。

 長年連れ添っていた自分の腕は肩先から切り落とされ足元に転がっていたのだ。


「――――ッ!!」


 それに気づいた瞬間男は声にならない声を上げる。あまりの痛みに脳が焼け切れそうだ。

 思わず男の子を掴んでいた手も緩む。その隙を逃さず、とある人物は魔族の男の手を払い男の子を救出する。


「大丈夫かい坊や、怪我してないかな?」


 突如現れたその人物は、白銀の全身鎧に身を包んだ男だった。頭には兜を被っているため素顔は分からない。そして右手にはこれまた光り輝く銀色の剣を持っている。その刃には僅かに血がついている、この鎧の男は誰にも気づかれず魔族の男に近づきナイフを持った腕を斬り落としたのだ。


「少年! この子は無事だ! もう君を縛るものはない!」


 鎧姿の男はルイシャに向かってそう叫ぶ。

 誰かは知らないが味方であると判断したルイシャはニヤリと笑みを浮かべると自分を囲んでいた魔族達に目にもとまらぬ速さで拳や蹴りを打ち込み倒してしまう。


 その間にルイシャの元へ駆け寄る銀色の騎士。彼は地面に落ちていた竜王剣を拾いルイシャに手渡す。


「いい剣だね、大事にすると良い」


「あ、ありがとうございます。……ところであなたは一体誰ですか?」


 目の前の人物に全くルイシャは心当たりがなかった。

 感じる魔力も身に覚えがないので兜の下が知ってる顔だということもないだろう。


「ふふ、私……いや私たちは冒険者だよルイシャ君」


「冒険者? 私たち? いやそれよりなんで僕の名前を知ってるんですか?」


 頭に?マークを浮かべるルイシャ。

 白銀の騎士は兜の下で少し笑うと、ルイシャの後方を指差す。


「あっちを見てみるといい。彼が私たちをここに連れて来たんだ」


「あっち?」


 彼の指差す方向、そっちを見てみると何人もの人物がこっちに向かって走って来ていた。そのほとんんどをルイシャは見覚えなかったが……先頭を歩く人物には見覚えがあった。


「マ、マクスっ!?」


 先頭を走っていたのはルイシャもよく知る冒険者グループ『ジャッカル』のリーダー、マクスだった。

 彼はこっちを見るルイシャに気がつくと大きく手を振りながら叫ぶ。


「兄貴ぃ〜っ!! 応援呼んできました〜っ!!」

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