第2話 決別
一年ぶりに会った村長は昔よりもかなり老けた気がした。
腰は折れ、シワが増えて、すっかり痩せこけてしまっている。
「お主、今までどこにおったのじゃ……」
心配そうな顔で駆け寄ってくる村長。
どうやらそうとう心配したようだ。
「うん、ちょっとね。色々あったんだ……」
本当は今まであったことを洗いざらい話してしまいたかったが、それは出来ない。
死んだはずの魔王と竜王が生きているなんて話、もし知られてしまえば世界を巻きこむ大騒動になってしまう。
テスタロッサはもし二人の王が生きている事実が知られたら、自分たちの王だけを復活させようと魔族と竜族の戦争にまでなるかもしれないと言っていた。そうしたら人間や獣人まで巻き込む戦いになるだろう。
そんなことルイシャもテスタロッサもリオも望んでいない。なのでこれはルイシャ一人で解決しなくてはいけないのだ。
「まあ無事だったならいいんじゃ。ほれ、なんか温かい飲み物でも出してやろう。わしの家に来なさい」
村長は優しげな顔でそう言ってくる。
ルイシャの不安な心にやさしさが、しみる。
思わず甘えたくなるが、頑張って踏みとどまる。もしここで甘えてしまったら甘えることに慣れてしまう。だから。
「ごめんなさい村長。僕は行かなきゃいけないんです」
「行く……? いったいどこに行こうと言うんじゃ? お主一人では隣村に行くことすら困難じゃろう」
不安そうな顔で言ってくる村長。
昔のルイシャは体が弱かったからそう思うのも当然だ。
「大丈夫です。僕、強くなったんですよ」
そう言って手のひらから大きな火球を出してみせる。
小さな火すらロクに出せなかった事を知っている村長は「なっ……!!」と目を剥いて驚く。本当はもっとすごい魔法も使えるのだが、そうしたら村長の心臓が止まってしまうかもしれないのでルイシャはやめておいた。
「心配してくれてありがとうございます。でも、行かなきゃいけない理由があるんです。だから……僕は旅にでます。今までありがとうございました」
そう言って深く頭を下げ……頭を上げると、そこには不安そうな顔からいつもの穏やかな顔に変わった村長がいた。
「何があったかは知らぬし無理に聞こうとも思わぬ。しかしお主の目を見れば強くなったのがわかるぞ。そのお主が行かねばならぬと言うのならばそうなのじゃろう。ならば止めはせぬ。行って来るがいい、この老いぼれはいつまでもこの村で待っとるぞ」
「村長……」
思わず泣きそうになるのをこらえ、ルイシャは村長の横を通り抜ける。村長の手にはお墓に供えられていた花と同じ花があった。多分村長がお墓の手入れをしてくれてたんだろう。ルイシャは感謝してもしきれなかった。
「村から出ていくなら気をつけることじゃ。最近凶暴な魔物が出るらしいからの」
「……うん。ありがとう」
その言葉を最後に、ルイシャは村長と別れたのだった。
◇
「やあっと見つけたわよ」
村を出ようとした瞬間、ルイシャは唐突に声をかけられる。
聞き馴染みのある声。今でも思い出したくない黒歴史。
出来れば会いたくなかったのだがこうなっては仕方ない。ルイシャは自分の過去に決着をつけるため振り返って声の主に返事する。
「久しぶりだね……エレナ」
最悪の幼馴染は前にあったときよりも成長して更に綺麗になっていた。
……でも性格は相変わらず最悪そうだった。威圧的に腕を組みながらルイシャを睨みつけている。
どうやら性根の悪さはあの時のままのみたいだ。
「一年近くもいなくなっていたから心配したのよ? でも村に戻ってきたってことは私とヨリを戻しに来たってことよね? 本当なら私を裏切った罰としてズタズタにしなきゃいけないけど……私は優しいから特別に許してあげるわ」
その失礼な上から目線の言動に昔を思い出してルイシャは苛つく。
昔ならその態度に屈していたが今は違うぞ。エレナよりも強くて優しくて綺麗な人達に会えたから。今の僕は形だけの恋人になんか戻らない。
「許す? ふざけないでよ。僕はずっと君の横暴に耐えていたんだ。君みたいな人の心も分からない暴力女と恋人だったなんて寒気がするよ」
「な、なんですって……?」
エレナはルイシャの暴言に驚き口を魚みたいにパクパクさせる。
その面白い顔を見て思わずルイシャは「ぷぷ」と笑う。
「よ、弱虫ルイシャのくせに私に歯向かうなんて! 許せない……お仕置きが必要みたいね!!」
そう言ってエレナは右ストレートを放ってくる。昔のルイシャなら反応すら出来なかったが今は違う。
ルイシャは左手に気功を溜め、そのパンチを左の手のひらでパシッ! と受け止めてみせる。
「う、嘘でしょ……!? なんでルイシャが私の攻撃を受け止められるの!?」
「本当にエレナは自分しか見てないんだね。他人が強くなるなんて考えもしない」
「うるさいうるさい! ルイシャは私の言うことだけを聞いてればいいのよ!!」
激高したエレナはがむしゃらに攻撃してくる。
単調な攻撃だ。こんなの目をつぶっていたって躱せる。
「うそ!? なんで私の攻撃が当たらないの!?」
驚くエレナ。
昔のルイシャと変わってないと思っているので当然の反応ではある。
しかしルイシャは変わった。力も強くなったが師匠たちに心も鍛えられて強くなった。
昔はエレナに馬鹿にされるとスゴく腹が立っていたが、今は彼女に哀れみしか感じていなかった。
もう哀れな幼馴染に復讐する気も失せていたのだが……昔の自分と決別をつけるため彼女は倒さないといけない。
エレナの攻撃を躱しながらルイシャは一瞬で彼女に近づき、その無防備なお腹に今まで過去の恨みを込め渾身の前蹴りを放った。
「気功術、攻式三ノ型『
その蹴脚『烈火』の如し。とまで言われる竜王直伝の高速の蹴り技がエレナの腹部にクリーンヒットする。摩擦で足が発火するほどの速技。傲慢なエレナに防げるはずもない。
その攻撃を受けたエレナは「うぼっ……!!」と声にならない嗚咽を漏らしながら膝を付き、地面に倒れる。
手加減したとはいえその蹴りの衝撃は内臓まで達しているだろう。しばらくは動けないはずだ。
「じゃあねエレナ。僕はもういなくなるけどこれからは人に迷惑をかけちゃ駄目だよ」
そう言ってルイシャは地面に這いつくばり自分を睨みつけてくるエレナを置いて村を後にする。
そんなルイシャの背中に手を伸ばしながら、エレナは恨みがましく呟く。
「ルイシャ……あんたを絶対に私のものに……」
しかしエレナの言葉は、ルイシャに届くことはなかった。
◇
村を出たルイシャは、以前魔王テスタロッサに質問したことを思い出していた。
「ねえ、
「そうねえ。やっぱりまずは私達を封印した勇者の情報を集めないといけないでしょうね。この封印術を解く方法は勇者しかしらないはずだからね」
「そっかあ、でも勇者はヒト族なんでしょ? だったらとっくに死んでるよね。どうやったら調べられるのかな」
ルイシャがそう尋ねるとテスタロッサは少し考えてから話し始める。
「勇者ともなればその血を絶やしたくないはず。つまり勇者の子孫は必ずいるはずよ」
「そっか! じゃあまずは勇者の子孫を探せばいいんだね! さすがテス姉頭いい!」
「ふふーん! まあね! また困ったことがあったらリオじゃなくてお姉ちゃんに聞いてね!」
と、こんな会話だった。
まずやるべきは勇者オーガの子孫探し。でも勇者の子孫がどこにいるかなんて辺境の村育ちのルイシャが知るはずもない。まずはその情報を探しに行かなくては。
「となると……やっぱり『王国』かな」
村から馬車で三日ほどの距離にある『エクサドル王国」。
ルイシャは行ったことはないので話でしか聞いたことがないが、そこにはたくさん人がいるらしい。
きっとそこに行けば勇者の子孫もいるに違いない、そう確信したルイシャは「よおし! 行くぞう!」と気合を入れて走り出す。
ルイシャ・バーディの壮大な冒険の第一歩は、こうして始まったのだった。
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