第3話 契約

 今から300年前。

 人族の力がまだ弱かった時代に、伝説の勇者は生まれた。


 その勇者の名前は「オーガ」。

 伝承によると彼は3mを超える筋骨隆々の肉体を持ちながら魔法の才能も凄まじく持っていて、人間では彼に勝てる者はいなかったらしい。

 そして何より伝承で語り継がれているのは彼の優しさだ。

 彼は虐げられている人間を救うため、数々の悪しき魔人や魔獣を斬り伏せ数え切れないほどの人を救った。


 そして最後に最強の生物と名高い二人の人物、「魔王」と「竜王」を倒した後に彼は戦いの場を退いて人々の前から姿を消したと言われている。


「まさかその『魔王』と『竜王』が封印されているなんて……」


 こんなことが表の世界で知られたら大騒ぎになるだろうなあ。

 それにしても伝説の勇者が二人を倒さずに封印したのは何でなんだろう? やっぱり二人が強くて倒し切れなかったのかな?


 うーん。いくら考えてもわからない。

 遥か昔のことを考えるよりも今は脱出することを考えた方が良さそうだ。

 こんな真っ白な空間に一人だったら途方にくれちゃっただろうけど、幸いここには僕よりずっとスゴい人が二人もいる。


 彼女たちならここから出る方法を知ってるかもしれない。

 怖くないと言ったら嘘になるけどここは勇気を振り絞って話しかけなくちゃ!!


「あ、あの!」


「ん? どうしたの少年?」


 反応したのはえっちな衣装を着た魔王のお姉さん。

 名前は確かテスタロッサさん。

 この人は頭が良さそうだから何か知っているかもしれない。


「えと、ここから出るにはどうしたらいいか知っていますか?」


「ここから、出る、ですって? ふ、ふふふふ!」


 なぜか急に笑い出すテスタロッサさん。

 そんなおかしな事を聞いただろうか?


「ふふふ。ごめんなさいね少年。別に馬鹿にしているわけじゃないの」


「じゃあ何がそんなにおかしいんですか?」


「だってここから出るのは不可能・・・なんですもの。それなのに真面目な顔して出る方法を聞いてくるんですもの」


「ここから出るのは……不可能!?」


 その言葉で僕は力が抜けて思わず膝をつく。

 そんな……この何もないところに一生閉じ込められたままなの!?


「あーたり前じゃろうが。ここから出る方法があるならとっくにわしらは脱出しとるわい」


 そう話しかけてきたのは少女の見た目に戻った竜王だ。

 確かに彼女のいう通りだ。魔王と竜王という最強のタッグが300年もここから出られないんだ。

 ただの人間である僕がここから出られるわけもない。笑われるのも当然だ。


「わしらは勇者のくそったれに封印魔法をかけられておる。そのせいで次元を切り裂いて脱出しようとしても魂はこの空間から抜け出すことは出来ぬ。ほれ、ここにその証拠があるじゃろ」


 そう言って竜王さんは急に服をめくり胸元を僕に見せてくる。

 服の下には綺麗なおっぱ……じゃなくて何やら小さな魔法陣のような物が刻まれていた。

 これが封印魔法なのか。


 当然無限牢獄に落ちた僕にもこの魔法陣が体のどこかに…………ない。


 全身くまなく探してみたけどそんなモノは体のどこにも出来ていなかった。

 いったいどうして?


「あのこれって……」


「ちょ、ちょちょちょこれってまさか!?」


 テスタロッサさんは急に僕の体をベタベタ触ってくる!

 うう、恥ずかしい。一瞬は抵抗しようと思ったけど、とてつもない腕力の前に非力な僕はなすすべもなく体をまさぐられる。


 やがてひとしきり僕の体をまさぐったテスタロッサさんは満足したのか僕の体から離れる。

 うう、もうお嫁にいけない……。


「間違いない。この少年には封印紋がないわ……!」


「なぬ!? おぬしなぜ封印紋がないのにココにこれたんじゃ!」


「うわ! 放してくださいぃ!」


 僕の襟を掴んでガシガシ揺さぶってくる竜王さん。

 見かねたテスタロッサさんが引き離してくれなかったら気を失っていたよ。


 平静を取り戻した僕はここに来た経緯を二人に話す。

 僕の話を聞き終えたテスタロッサさんはしばらく目を伏せ考えた後、にやりと悪そうな笑みを浮かべながら目を開いた。


「なるほど、だいたいの事情は察したわ。この子はたまたま次元に開いた亀裂に入り込んでしまったのよ。だから正式に封印されていない」


「た、たまたま次元に穴が開くことってあるんですか?」


「この空間は生まれてから300年近く経っているのよ。まだこの空間が壊れない方が不自然なくらいよ」


 たしかに。

 それほど勇者の力がスゴいということなんだろうなあ。


「大事なのはそこじゃないじゃろ! 大事なのは封印されていないということはその小僧はここから出れる可能性があるということじゃ!!」


「ここから……出れるんですか!!」


 その一言で僕の心はスッと軽くなる。

 やった! ここで一生を終えずに済むんだ!


「それで僕は何をすればいいんですか!? ここから出れるのでしたらなんでもしますよ!!」


「なんでも……ですって?」

「なんでも……じゃと?」


 僕の言葉を聞いた二人は、なぜかとても悪そうな笑顔を僕に向ける。


「え?……な、なんですか?」


「ここから出る方法はたった一つ、それは自分で空間に穴を開けて出ることよ。つまりあなたは今よりずっと強くならなくちゃいけないの」


「空間に穴を開ける……!? 剣もロクに振れない僕にそんなこと出来るわけないじゃないですか! それを習得するより早くおじいちゃんになっちゃうよ!」


「安心せい。この空間では年をとらない・・・・・・。それにわしらが付きっ切りで修行を手伝ってやるわい。その対価として無事脱出できたらわしらの事をここから出すよう協力してもらうが、の」


 どんどん近づいてくる二人。

 うう、怖すぎる。魔王と竜王に一気に詰め寄られる人なんて僕くらいしかいないだろう。


「ぼ、僕に拒否権は……」


 涙目になりながら僕は拒否権を主張する。

 しかし二人は天使のような笑顔で悪魔のように言い放つ。


「「ない♪」」


 こうして僕の長い長い地獄の修行の日々が始まるのだった。

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