第2話 二人の王

「うーん……」


 ズキズキする頭をさすりながら起き上がると、そこは空も地面も真っ白な不思議な世界だった。


 えーと、何で僕はこんなところにいるんだっけ?

 確か日課の特訓をしていたんだった。それで不思議な亀裂を見つけて……


「そうか、あれに落ちたんだった」


 あれが危ないモノだっていうのは分かっていたのに……うう、自分のマヌケさが嫌になるよ……。


「あら、目が覚めたようね」

「え?」


 その時、落ち込む僕に女性の声がかけられる。

 声に反応して振り向くと、そこには黒髪のきれいなお姉さんがいた。


 スラリとした体に、それに不釣り合いの大きな胸。真っ白で柔らかそうな肌と、闇の様に黒くて長い髪の毛。

 僕の村にはとてもこんなにきれいな人はいなかった。

 思わず見惚れてしまい、じろじろと見ているとある物が目に入った。


「角……?」


 お姉さんの頭からはその小さな顔には不釣り合いな立派な角が二本、立派にそびえ立っていた。

 もちろん普通の人間に角なんて生えない。

 角の生えた人、それが指し示す種族はひとつしかない。


「あ、悪魔……?」

「あら、よくわかったわね」


 悪魔と言えば強力な魔法を使える種族のことだ。

 力も人間より強く、歴戦の戦士でも悪魔に勝つのは難しい……と教科書に書いてあった気がする。


「はぁ、初めて見ました。僕はルイシャ=バーディと言います。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げて悪魔のお姉さんに挨拶する。

 悪魔の礼儀作法までは知らないけど多分失礼にはならないはずだ。


「あなた、悪魔と聞いても怖がらないのね」


 不思議そうに尋ねるお姉さん。

 確かに悪魔と人間は仲が良くないから怖がるのが普通だ。

 でも不思議と目の前のお姉さんからは怖さを感じなかった。

 きっと怖さを感じるより先に、この人が綺麗だと思ってしまったからだろう。誤魔化しても仕方がないしちゃんとそう伝えなきゃ。


「うーん……多分、お姉さんがとてもきれいだから。ですかね?」

「なっ……!?」


 僕の言葉にお姉さんは声を上げて顔を真っ赤にする。

 もしかして怒らせてしまっただろうか? 初対面の人の容姿に触れるなんて確かに失礼だったかもしれない。

 気をつけなきゃ……


「お、落ち着くのよテスタロッサ。何万年ぶりに甘い言葉をかけられたからって動揺しちゃだめ。でもこの子意外とかわいい顔してるし……」


 お姉さんはと言うと小声でなにやらごにょごにょ言っている。

 やはり怒らせてしまったのかな?


 僕がそんな風に思っていると、今度はもう一人の人物が僕の前に姿を現す。


「む、もう目覚めたのか。どれどれわしにも顔を見せてみい」


 尊大な口調で僕の前に現れたのは、10歳くらいの可愛らしい女の子だった。

 褐色の肌に血のように赤い瞳。長くてギザギザの黒髪に尖った八重歯。いたずら好きそうな鋭い目つきが特徴的だ。

 でもそれより気になるのが……頭に生えた一本の角と、お尻から伸びた立派な尻尾。お姉さんのモノとはまた違った感じだ。

 例えるならトカゲみたいな尻尾だ。


「こ、こんにちは」


 おっかなびっくりしながらも挨拶して名前を名乗る。

 すると目の前の少女は満足したようで自己紹介をしてくる。


「うむ。元気そうじゃな。わしは7代目竜王。気兼ねなく『竜王様』と呼んでよいぞ」


「竜……王……!?」


 少女の口から飛び出たのはとんでもない名前だった。

 竜王というのは地上最強の種族と呼ばれる『竜族』の長のみが名乗ることを許されている名前だ。

 目の前の少女がその『竜王』とはにわかに信じられない。


「くふふ、他人に驚かれるのも久しぶりじゃのう。それにしてもそんなに驚くとはそっちで顔を真っ赤にさせてる奴の名前は聞いてないのか?」


「ふぇ?」


 気の抜けた可愛い返事をしたのはさっきのお姉さんだ。

 まさかお姉さんも少女竜王並みの人物なのかな?


「そういえば私の自己紹介がまだだったわね! よく聞きなさい矮小なる人間よ! 私は闇を支配し、混沌を統べる者! 魔族の支配者にして最強の魔人! 66代目魔王、『テスタロッサ・ハーレクィン』とは私のことよ!!」


 大仰な身振り手振りでお姉さんは自己紹介をする。

 色々とツッコミどころはあるけど一番気になるのはやっぱり『魔王』というところ。

 強大な力を持つ魔族の中でも最強の力を持つ者だけが名乗れる資格。それが『魔王』だ。

 このお姉さんが魔王……。うーん信じられない。


「あら、どうやら納得が言ってないようね。まあ仕方がないかしら、私が綺麗だから魔王には見えないのよね?」


「はあ、いくら数万年ぶりに褒められたとはいえあの魔王がここまで浮かれるもんかのう」


「う、うるさいわね! あんたこそこの子を見つけた時久しぶりに会う異性にドキドキしていたじゃない!」


「な! こやつの前でそれを言う必要はなかろう!」


 二人は僕を置き去りにしてやいのやいのと言い合いを始める。

 仲がいいのか悪いのかわからない。


「ぜえ、ぜえ。ここで言い合っても仕方がないわね」


「そ、そうじゃの。ここは手っ取り早くわしらの真の姿を見せるのはどうじゃ」


「あら、幼女竜王にしては良い提案ね。そうするとしましょうか」


「一言余計じゃあばずれ魔王が」


 二人はまだぎゃあぎゃあ言いながら体を変化させ始める。


 魔王と名乗ったお姉さんは服が露出の激しいものになる。うう、刺激が強すぎて目のやり場に困る。

 勿論それだけじゃなくてお姉さんの魔力は爆発的に増えて辺り一面に広がる。こんな魔力量今まで感じたことがない。


 そして竜王と名乗った女の子……彼女はなんと大きな黒竜へと変わっていた。

 体長は僕三人分はありそうだ。


「あ、あわわ……」


『くふふ、これでわしが竜王だと信じてもらえたかの』


「ようこそ少年。ここは魔王と竜王が封印された空間の牢獄『無限牢獄』よ。これからよろしくね」


 こうして僕と彼女たちの長い長い生活が、幕を開けたのだった。

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