第10話 乃蒼は足元を調べた なんと髪飾りを見つけた

 その後3杯目を飲んで、俺はダンテを後にした。家まで戻ると、見慣れない車がちょうど走り去っていくところだった。嫌な予感がする。

 アパートの階段を駆け上がり玄関の扉を開けると、窓はあけ放たれ、テーブルはひっくり返り、食器がそこら中に転がっていた。一部は割れている。明らかに争ったあとだ。


「茜!」


 呼ぶが返事はない。直感でさらわれた事に気づき、後悔の念が押し寄せる。


「くそ!さっきの車か!」


 酔っているせいもあって考えがまとまらない。俺は次にどうするべきか判断出来ずにいた。


「なんで一人にした・・・。」


 よく考えればそうだ。人も死んでいるような状況下で携帯も持たない茜を一人にするなど、あってはならない。つくづく自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。

 自身で判断がつかない以上誰かに相談する他ない。里奈に電話だ。かけると、ワンコールで里奈が出た。


「こんな遅い時間に何かありましたか?」


 すでに深夜1時を回っていた。


「あぁ、すまない。茜がさらわれた。あいつを一人で家に置いたままにしちまったんだ。た。」


「なるほど。わかりました。落ち着いてください。闇雲に動いても解決策はすぐ出てこないと思いますので、いったん私のいる仮事務所へ来ていただけますか。それに、あなたのアパート自体が八百屋に知れてしまっているという事は、そこにいるとあなた自身も危ないという事になります。」


「あぁ、わかった。すまない。」


 俺は里奈に仮事務所の場所を聞いて向かう事にする。その事務所は、以前の事務所の裏手のビルだった。灯台下暗しを考えてあえて近場にしたとの事だ。

 俺は少しの間、部屋の中に犯人の証拠らしきものがないかを探した。犯人につながる手がかりは見つからなかった。だが、割れたカップや皿の脇にあるものがあった。それは、銀で縁どられた古くなった髪飾りで、それに俺は見覚えがあった。


「これは・・。俺が千春にやったものと同じものじゃないか。」


 昔、千春と出かけたときに百貨店のエントランスでやっていた露店商で買ってやったものと似ていた。もちろん、隅々までデザインを覚えているわけではなかったし、そう思いたいという俺の主観がそう思わせただけかもしれないが、懐かしい感覚はあった。

 山田さんは茜が俺たちの子供である事を否定していたが、完全に信じることが出来ていない俺がまだいた。でも、なぜ嘘をつく必要があるのか。何もかもが答えが出ないことばかりで、頭の中でまったく整理がつかないが、少なくとも茜が危険に晒されている事とそれが自身のせいであることが最も俺の心に不安を落としていた。

 その気持ちを制するために、俺はその髪飾りをポケットにしまい、素早く立ち上がった。茜が俺の子供かどうかは関係ない。感情を抑え込み、ただ今起きた問題を解決することに終始する。冷静になれ。そう言い聞かせた。



 事務所は前あった事務所の路地の一本手前にあった。暗がりでよくは見えないが、いつかの猫が俺の前を横切っていった。事務所に着くと里奈一人だった。もしかしたら佐竹がいるかとも思ったが、流石に時間が遅いこともあり、居合わせなかった。


「大変でしたね。色々と。」


「あぁ、すまない。俺のせいで茜が。」


「起きてしまったことは変えること取り戻せない。それはギャンブルをなされる小田切さんもご存じでしょう。」


「あ、あぁ、それはそうだが。嫌に冷静なんだな。」


俺は疑った。口調は相変わらず丁寧だが、里奈の言い方にはまるで茜に関心がない。


「はい、私はいつも冷静ですよ。そして常によく考えなければいけません。そうでなければ、八百屋のような組織に立ち向かう事は出来ませんから。」


「流石だな。俺は考えがまったくまとまらないっていうのに・・。」


「訓練すればそのうち出来ますよ。」


「そういうもんか。もうこの年だ。今から頑張ろうとも思えないよ。」


「そうなんですね。もったいないと思いますが、ご本人が望まないのでしたら仕方ないですね。さて、これからの行動ですが、まずあのアパートにはもう戻らないでください。」


「あぁ、それは解ってる。それで、茜に繋がる手がかりは何かないのか。」


「はい。残念ながら今はまだ何もありません。」


「まぁ、そうだよな。取りあえず車が向かった方角を調べてみたが、すぐに幹線道路に出るから・・」


 俺の話を途中で里奈が遮った。


「茜の事は一旦忘れましょう。」


 耳を疑った。こいつは何を言ってるんだ。たった今さらわれ、今も死と隣り合わせていることだってありえる。そんな子供忘れて放っておけと言うのか。


「おいおい、何言ってる。理解出来ない。」


「茜は、大丈夫です。殺されることはありません。あの子の能力は他の能力者が持つような治癒能力とは少し違う、いわば能力者の亜種のような所があります。研究素材としては打ってつけですし、八百屋もすぐには殺したりすることはしないでしょう。」


「待て。他の能力者とは違うってのはどういうことだ。」


「彼女が持っているのは治癒能力だけではないんです。傷を治したりも出来ますが、それ以上の事が出来る能力を秘めています。詳しくは解明できていませんし、本当は貴方が適応者だった事もあって、もう少しその部分を調べる予定でしたが、今はもう出来なくなってしまいましたが。」


 俺には良くは理解できなかったが、茜はこの間殺された子供のように、遭遇するや否やすぐに命をとられるような存在でない事は解った。それは、あの部屋ですぐさま殺されずに、さらわれていった事にも裏付けられている。


「じゃあ、どうする。」


「やる事は変わりません。あなたは、残り二つの鍵で能力者と出会い、連れて来てくれれば良いだけです。それ以上の事は求めません。恐らく以前のように八百屋側の人間が関わってくるはずですから、そこから手がかりを見つけましょう。」


「悠長な事を言うもんだな。それしか方法ないのか。殺されないまでも、痛々しい事をされる可能性はあるだろうが。こちらから探しに行くとかはできねぇのか!?」


「こういう時だからこそ冷静に向こうの出方を見るのが懸命ですね。でも、何故そこまで茜にこだわるんですか?」


「あ、あいつは・・。」


 俺は千春の子供かもしれないと推測した事を話そうか迷ったが、やめた。


「まぁ、いい。」


「・・?」


 里奈は怪訝な顔をしたが、直ぐに平常時のそれに戻って続けた。

 

「解りました。でも、今は我慢してください。小田切さんは気がたってますし、少し頭を冷やしてくださいね。今日は寝て明日起きれば、また考えも違うかもしれません。」


 俺は事務所の隣の部屋に通され、そこで休むように言われた。ソファに寝転んで天井を見つめる。長野で見た茜の顔が浮かんでくる。俺は誰かを守るどころか、厄災の元にしかなっていない事に腹が立って仕方がなかった。

 もう一度茜の髪飾りをポケットから取り出した。手で握りしめ、緩め。そこに茜のぬくもりが残っていないかを探したが、金属の冷たさの中にはそれは無かった。じゃあ、思い出が残っていないかを探してみる。すべては俺の作り話でしかない。ただ、その空想に身を任せて想像してみる。千春がこれを俺から受け取り、千春がその時どんな気持ちだったかがこの髪飾りに残っていないか。そして、いずれ千春が茜を生み、この髪飾りを彼女にどんな気持ちで渡し、受け取った茜がどんな気持ちだったかが残っていないか。

 だが何一つ感じることは出来なかった。


 そんな経緯を辿ってこの髪飾りが俺の手元にやって来たとして、本来ならばかつて俺も何度かこれに触れる事があったかもしれない。俺はその場に居なかった事を悔やんだ。

 そしてどうか、俺のこの想像が当たったいて欲しいと思った。いつか、これから先に三人で暮らして、幸せを感じる時間がほんの少しでもあれば良い。結局は俺は罪滅ぼしがしたかっただけだ。何より俺自身の幸せさえも求めているという本音はどうしても消えてはくれなった。


 もどかしさがなかなか消えずその日は朝まで眠れなかった。

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