第8話 月夜の死体と2人の男女
「だめだわ。もう死んでる。」
流石に茜にも頭を打ち抜いて即死した奴を蘇生出来る程の力はないらしい。
「こっちの子もだめね。死んでから大分時間がたってるみたいだし。命のかけらも残っていないみたい。」
能力の仕組みについて茜から聞いたところによると、肉体に少しでも生命の種が残っていて、それがまだ生きようとする意志を持っていればそれをサポートし肉体のダメージを回復させるという事らしい。命が肉体から乖離する瞬間がどういったものかは突き留められていない。そのため、少しでも可能性があれば、茜がその肉体に力を注ぎ、命が吹き返すかを試してみる他ない。そもそもが適応者としての条件を満たせているかも不明だったが、試しに二人へ力を注いではみたものの、上手くは行かなかったようだ。
「おじさん、大丈夫?」
そう言いながら俺の肩を治し始めた。聞き取れない言葉を唱えている。以前も治してもらう時に聞いていた詠唱だが、単語が聞き取れないというよりは、人に聞こえない程の囁き声でぼそぼそと口の中でつぶやくように唱えているため、音量的な問題で他社へは何をつぶやいているかが届かない。
日はすっかり暮れてしまい、今からふもとに歩いて帰る事も出来たが、この死体の処理を考えなければならない。佐竹や里奈に指示を仰ぐために、携帯電話を取り出す。自分のものはリープの爆発に巻き込まれて失くしていたが、里奈から新しいものを一台受け取っていた。茜が管理すると言い出したが、子供にはまだ早いと説き、俺が保有していた。
しかし、電波が来ていなかった。山奥ならではだ。廊下は非常灯だけはついているが、それ以外の電気は来ていなかった。
「公衆電話みたいなものはあるかもしれねぇな。ただ、今から屋敷内をうろつくのも良くない。明るくなるまで、嬉しくはないがこの死体二人と時間を潰すしかねぇな。」
「あたしは大丈夫だけど、おじさん、大丈夫なの?」
「な、何がだよ!」
「もはや、おばけの素がここに2体もいるのに。」
「うるせぇ!考えないようにしてたんだ。あえて言うなよ。。」
「ふふ。まぁ、もしおばけになって出てきても、あたしの能力で追い払ってあげるわ。」
「おまえ、そんな力あんのかよ。」
「ゲームとかでゾンビとかに回復魔法かけるとダメージが与えられるでしょ。それと同じなんじゃない。」
「そんな安易な、、。おばけはゾンビとはちがうだろうが。まぁいい。もし出ても俺は目と耳を閉じて見ないし、何もしない。いないものとして扱う。」
「触れられたらどうするの?」
「そん時はぶん殴る。」
「ふふ。頼もしいのね。よろしくね。」
俺たちは普段通りの会話をしていた。死人が二人出て、茜が不思議な力を使い、銃で打ち抜かれた俺の肩は既に完治している。俺の感覚はどうなってしまったのだろうか。一体ここで何が起きているのかを正確に理解できているとは思えないが、発狂せずに精神を平静に保てているのは、佐竹から聞いた話に俺も少なからず怒りを覚えた事が発端なのかもしれない。組織の悪に立ち向かっているという優越感があった。誰かに認めてもらいたくてやっているわけではないが、少なくとも誰かのために自分が行動しているという事は嬉しい事だと感じていた。今までに無い感覚だった。俺の感情は既につい先日までの俺自身とはまったく別物になっている。
俺たちは死体から離れたところにあった古いソファの埃をはたき、そこに二人で座って朝を待つことにした。
「ねぇ。おじさん。あたしのこの力って、何のためにあると思う?」
唐突に茜が聞いた。
「ん?まぁ、病気の人とかを治すためなんじゃねぇの。」
「ほんと適当ね。物理的なところはそうだけど、他の人には備わっていない力だし。意味を考えたときに良い事無いなって思うの。こうやって人が死んだりするんだよ。」
「出会い頭で俺を殺そうとしてた奴がよくいうぜ。」
「あは、そうね。でも、それは例外。おじさんも正直死んでもいいなって思ってたでしょ。」
図星だった。だが、あの苦痛を味わった瞬間にそんな生半可な考えはふっとんだが・・。
俺は別の質問を投げかける。
「そういえば、なんで秘密裏に研究とかやってんだ。もっと大々的に広めて怪我した人や病気の人を治す病院でもやれば、ぼろ儲けなのに。なんでやらねぇんだ。」
「・・・はぁ。・・」
茜はため息をついた。
「今までのあほみたいな生き方がたたってるのね。ちょっとは頭使いなさいよ。もし、あたしみたいな力が広まったら、世界のお医者さんや薬が要らなくなるでしょ?そうすると損する人がいっぱい出てくるじゃない。結局、世間はそれが困るから、あたし達みたいな力を研究して、管理下に置いた上で支配したいのよ。」
「なるほどな。それで八百屋はお前みたいなやつを集めてるってわけか。」
「うん。だから・・・。」
「なんだ?」
一拍間があいた。
「あたしの事守ってね。」
茜は目を反らして言った。
「あぁ。どっちかというと、俺のほうが守られている気もするが・・。」
先ほど茜が言ったおばけというワードが頭から離れず、他愛もない会話をあえて続けて気を紛らわせていると、いつの間にか夜が深まった。
ふいに、外の風が強まり、木がすれる音がひと際大きくがさがさいった。茜がびくついて俺に寄り添った。可愛い所もあるじゃねぇかと思ったが、あえて言葉にはせずにそのままにしておいてやった。
そうこうしているうちに、茜は寝息を立て、眠りについたようだ。窓から入る柔らかな月明かりが茜の顔を照らす。髪は細いが子供ならではの艶があった。瞼を閉じているとまつ毛が合わさり目元を彩る。大人になればそれなりの美人になりそうか確かめようと思い、改めて顔を覗き込んだ時、ぎょっとした。幾度も小さなベッドで一緒に眠った千春の寝顔そのままに見えたのだ。
自然に俺の心に疑惑が浮かび、いやしかしと振り切る。それが何度も続いた。それは信じがたい憶測であったため、敢えて考えないようにしていたが、正直なところ心当たりは以前からあった。ただ、あまりにも出来すぎているし、1億を超える人間がいる日本中で巡り合う確率といえば、相当低い。しかし、東京という限定したエリアであればゼロではないようにも思える。それによく考えてみれば常識では語れない現象を体験している今となっては、どんな事もあり得るようにも思え、俺の疑惑を掻き立てている。
東京へ帰ったら、今やっている仕事とは別で確かめなければならない事が一つ出来てしまった。
次の日、明るくなってから、公衆電話を探しに部屋を出て、大階段あたりまで来ると、携帯の電波が入り、バイブで着信履歴が20件以上入っていた事を告げる。公衆電話を探す手間が省けた。俺はすぐに折り返すと、里奈は開口一番罵声を浴びせて来た。俺は事情を説明し、佐竹が警察を手配してくれることになった。
俺たちは昼過ぎまでそこに留まり、長野県警の車がやってくるのを待った。その後、県警がやって来たがそこに佐竹も同乗していて、事情をある程度聞かれた程度で上手く俺たちを解放してくれた。
俺と茜は、そのまま駅まで送られ、その後東京へと戻った。
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