第7話 信州といえば蕎麦
ずるずるずるずるっ・・ずずず。
「うん。うましだわね。あ~やっぱり、信州といえばそばよね~。」
俺と茜は遠路はるばる長野へやって来ていた。
「おい。お前、旅行か何かと勘違いしてねぇか?」
「いいじゃない。せっかく遠くまで来たんだから。時間が許す限りは堪能してもばちあたんないわよ。」
「良くまぁ、平常心でいられるな・・。」
俺たちは長野へ来ていた。
爆破事件に唐突な里奈たちの訪問。その翌日に遠出と少ない時間に凝縮された突発的なイベント達に俺は疲れていた。
俺は昨日里奈から受け取った3本のカギの内の一本を明かりに照らし眺めてみる。ロールプレイングゲームに出てくるような洋館の鍵らしきそれは、古びてはいるが気品高い風貌をしていた。
里奈からは、結局のところ能力を持った子供たちを匿う事で、組織側の人間のしっぽをつかむという事がこの仕事の目的のようだ。また、国側の組織は「八百屋」と呼ばれている。正式な名称は解らないが研究のために人を野菜のように切り刻んだりする事とをかけて通称でそう呼んでいるらしい。そこまで話した後、里奈たちは一旦自身達が隠れている仮事務所へ戻って行った。ただし、その仮事務がどこにあるのかは明かされなかった。
これから俺たちはさっきの鍵で洋館の扉を開け、能力者と落ち合わなければならないが気が乗らない。その場所は茜と出会ったあのホテルのように近場のビジネスホテルという訳ではなく、山奥の古びた洋館で、資産家が古くに別荘として購入したが、その後バブルがはじけ首が回らなくなり売りに出されたものの、買い手がつかず、今は手入れもされずに残置されているだけの状況のものらしい。気が乗らないのはそこまでの道中、足がつくといけないから歩いて向かえという指示が出ている事だ。
「こっちは空気が綺麗ね。」
「あぁ、そうだな。」
俺は相槌を打った。
「おじさんのそば、おいしい?」
「あぁ。」
俺は頷いた。
「それにしても、冬はまだ先なのにこっちは流石に寒いわね。」
「あぁ。」
俺は頷いた・・・。
「・・ちょっと。」
急に茜の声色と顔色が変わる。
「あぁ。あぁ?」
俺は頷こうとしたが、違ったようだ。よくわからず聞き返した。
「かー!いー!わー!」
「は?」
俺は何のことを言っているのか想像がつかずにいた。
「あたしばっか話してて、おじさん返事してるだけじゃない。もっとコミュニケーション!ね!わかるでしょ!望んでじゃないにせよ、あたしたちは一緒に行動してるの!しかも生活を共にしてる。もう一度言うけど、望んでじゃないけど!お互いの人となりを解ってないといざという時にうまく連携取れないでしょうがっ!」
なるほどと思うが、子供に心配されていると思うと腹がたった。
「うっせぇな。10歳児が余計な事心配すんな!」
「そんな事だとほんと死ぬよ。」
「関係ねぇよ。まぁ、どちらにしてもそん時はそん時だ。」
といいつつやはり死ぬのは気が引けるが。
かくして本題に移る。
「里奈さんは今回の子には時間と場所と審査としてどういう事をするのかだけを伝えて、それ以外の連絡は昨日の事件で取れなくなったって言ってたから、まずは事情を話さないといけないわね。」
「あぁ。自制の利かないやつだと、話す間もなく襲われる事になる。まぁ、その後で治す手順になってるんだろうから、死ぬことはないだろうがな。」
茜が付け加える。
「あ、今回あたしが一緒って事は言えてないみたいだから、部屋の手前まで一緒に行くけど、まずはおじさんだけで入ってね。」
「あぁ、解った。ひと段落着いたら呼ぶからな。下手に入ってきて混乱させないようにしろよ。」
「言われなくても解ってるわよ。」
その後、俺たちは山へ徒歩で向かう。しかし、アスファルトで舗装されている車道の脇を歩きながら、まれに通る車から見ればこんな山道を子供と中年が徒歩で歩いている事が怪しい事に気づき始めていたが、車を借りに戻る事も面倒なのと、やはり足がつく事には違いがないためそのまま別荘があるところまで向かった。
やっとの思いで別荘についた頃には、すでに日が傾いていた。
うっそうと生い茂る木々が風でざわついている。その木々たちが作る林の奥にその洋館はあった。夕暮れが近くなり、日を遮る木々のおかげで薄暗くなった場所に佇む洋館はいわゆる「おばけ屋敷」感が増長されていた。
「・・お、おい、あれ大丈夫なのか。」
「何がよ。」
「なんか出るんじゃ。。」
「まぁ、出るかもしれないわね。」
「俺はそういう系だけはだめなんだ」
「知らないわよ。いい年したおじさんなんだから、そんな所で弱気にならないで。」
茜が言うのも解るが、幼少期よりオカルト的な事だけは本当にだめだった。怖い夢を見た後は、一人で用を足しにも行けず、夜中よく親を起こしたものだ。
洋館の仰々しい扉を開け、中に入る。埃とカビのにおいが鼻をつく。目の前に二階へと続く大きな階段があり、そこを登って二階へ向かう。階段はところどころぎしぎし音を立て、重心の取り方を間違えると踏み抜いてしまいそうだった。
二階はところどころ破損しており、倒壊した扉が床に転がっていたり、窓ガラスは割れていた。冬になる前だというのに、土地柄か冷たい風が吹き込み、ぴゅうぴゅうと音がなる。それが人の声に聞こえた気がして俺の背筋がびくついた。
「だらしないわね。風の音でしょ。」
「解ってる。解ってるが怖いもんは怖い。ほら、奥のあそこの扉なんて、まさに首つり自殺があって、地縛霊になって今もいるようなおどろおどろしい部屋に見えるだろ。」
おれは、廊下の奥の部屋を見ながらそういった。
「あぁ、あそこだわ。」
茜が悲しい答えを告げた
「え。まじかよ。あそこ開ける自信ねぇよ。」
俺は怖気づいた。
「だめよ。行くのよ。仕事でしょ。ちゃんとしてよおじさん。」
茜は強気だった。しぶしぶ俺はその扉の前まで行く。以前、茜と出会ったホテルの扉でも確かめたように、扉に鍵がかかっていないかを確かめた。が、ドアノブは予想に反してガチャリと回る。鍵が既に開いていた。
俺は茜と目を見合わせた。茜は扉から少し離れ、一人で入れと言わんばかりに顎で俺に指図をした。中に入ると一人の男児が窓際に俺に背中を向けて立っていた。その脇には別の子供が血を流して倒れている。
瞬時に嫌な感覚が全身を貫いた。
「おい!おまえが、里奈が言っていた能力者なのか!?」
ゆっくりと、立っている男児がこちらへ振り向く。目はうつろだが、冷徹で残虐な輝きが瞳の奥に潜んでいる。
俺はとっさに床に血を流して倒れている子供が俺たちの探していた子供で、今立っている奴はそれ以外の誰か。恐らくは敵。八百屋側の人間であると判断し、臨戦態勢を取った。子供相手にこうまで脅かされるのは気に食わないが、一旦はお互いの隙を伺う形となった。いや向こうは隙を伺う様子もなく、ただそこに立っている。反応がない事に腹が立ち俺は再度叫んだ。
「答えろ!どうなんだ!」
奴は答えないどころか声すら発しずに、俺をじっと睨みつけている。茜が俺の怒声に気づき入ってきてもいいものだが、背後に変化はない。だが、後ろを振り向く余裕はない。奴の目を凝視し、改めて隙を探る。
ふいに奴が腕を肩の高さまであげた。その先端には拳銃が握られていて、銃口が俺に向けられている。とっさに体が反応した。
ぱん!
乾いた音が鳴るより少し早く、おれは横に転がる。ぎりぎりのところで一発目をかわしたが、恐怖心が俺に行動を促した。コンマ3秒ほどで俺は奴へ向かって突進を開始する。
ぱん!
二発目が打たれた。それは俺の肩に命中した。なんとか急所は外れたが、激痛が肩から全身に広がる。その痛みを振り切って奴へ向かうスピードを加速させる。俺は次の一発が放たれる前に奴にたどり着き、取り押さえることに成功した。
「おじさん!」
やっと茜が入ってきた。
「がぁぁぁぁ!」
初めて奴が声をだした。しかし俺が聞いたそいつの最初で最後の声だった。次の瞬間。
ぱん!
取り押さえていた手が一瞬だけ解け、三発目が打たれた。弾丸は奴のこめかみを打ち抜いていた。
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