第6話 3つの鍵から始まる物語
「はい。」
俺は、ドアを開けずにインターホンから返事をした。
「茜はいますか?」
まず口を開いたのは長身の男ではなく里奈の方だった。
「おまえ、俺たちを殺そうとしたのか?」
「その説明は中に入ってからさせて頂きます。まずは急ぎドアを開けていただけますでしょうか。」
里奈の口調は未だ店の店員のように丁寧ではあったが、鬼気迫るものがあった。しかし、俺の疑問が晴れるまでは入れるわけにはいかない。俺たちへの殺意の有無を確かめてからだ。
「信用出来るわけがないだろう。ついさっき、店の爆発に巻き込まれた。電話をかけてきたのはお前なのか。」
「電話とは何の事でしょうか。ご連絡先は頂きましたが、当店からご連絡は特にいたしておりませんが。」
後ろから唐突に茜が言った。
「おじさん。入れてあげて。」
「何を根拠に、、。下手したら殺されるかも知れねぇんだぞ!」
「大丈夫、今電話をかけたどうか聞いたでしょ。「違う」って言えば怪しいと思ったけど、「知らない」って自然な答えだったわ。それに、何か企んでるとしても自分のテリトリーじゃない場所ですぐに何か起こす事は考えにくいし、このまま籠城してもこの状況を打開できるとも思えないわ。」
10歳児のくせに頭の切れる事を言いやがる。茜の言うとおりだった。俺たちは部屋に2人を入れた。
長身の男は中に入ってその長身ぶりがさらに明らかになった。玄関の扉の上部に頭が当たりそうになり、頭を下げて通らないといけない程の長身の男性だった。体も屈強で大男という表現がふさわしいかもしれない。2人は部屋に入り、里奈は入り口側に正座する。そのすぐ隣に大男はあぐらをかいた。
「まずは、ご紹介しますね。この方は
里奈は俺の目を見た。恐らく自己紹介しろというサインだ。
「小田切 乃蒼だ。」
「へぇー。おじさんノアって言うのね。そういえば聞いてなかったわね。なんか中性的な名前ね。あ佐竹さん。あたしは、茜。久慈 茜よ。」
「ありがとうございます、茜。では、事の経緯を説明します。」
俺たちは、里奈の顔を睨むように見ながら、話を聞いた。
一連の騒動の発端は、昨日、俺がホテルブルーラインへ向かった後、里奈の店へ一人の客が現れた事から始まった。まだ時期尚早な厚手のダウンをまとった男だった。そいつは店に来るや否や里奈へ襲い掛かった。里奈は応戦したが、男手に勝ることもなく、男が隠し持っていたナイフであわや刺されるすんでの所で、たまたま駆け付けた佐竹が、男へタックルをし、取っ組み合いとなった。里奈は先に逃げ、佐竹もそのあとに続き店を逃げ出したのだった。佐竹が男を捕まえなかった理由は後から解る事になる。
恐らくはその後、その男が店に様々な細工をしかけ、戻った里奈を狙って今日の爆破を仕組んだものだと説明された。
そもそも、里奈がなぜ襲われないといけなかったのかについても説明があった。里奈が営業していたリープは客の問題を支援するという趣旨があった。だがそれは、あくまで表向きの体裁であって、本来は別の目的の元成り立っている組織だという事だ。それは、安易には信じがたいが、世の中には茜のような特殊な治癒能力を持った人間が複数人いる。その人間は公にこそなっていないが、国に管理されていて、その施設に匿われ様々な研究がなされているというのだ。ただ、その研究がどういった目的のためかまでは突き止められてはいないが、そこにとらわれている能力者たちは、人権も尊厳もなく、研究のためにむごたらしい仕打ちを受けてきていたらしい。体を物理的に破壊される事はざらで、おそらくは能力の由来が脳からきていると仮説が立てられ、頭の中にまでメスが入る。失敗すれば即座に廃人と化し、やがて死ぬ。治癒能力にも限界があるらしい。
茜が育った施設はそんな場所だった。何かの物語の話をされているようで、昨日からだが、まだ夢でも見ているような感覚がある。店の裏の目的はその施設から茜のような人間を救う事にあった。
「信じてもらえましたでしょうか。」
「にわかには、信じがたいな。」
俺は言った。
「そうですか。まぁ無理もありませんね。」
「第一、その男は刑事なんだろ。その研究施設の運営元が国なら、そっち側の人間になるんじゃねぇのか?」
俺のその指摘に対して佐竹が自ら話し出した。
「そうだ。私は国家に従事する身だ。それは今も変わらない。仕事だからな。発端は、ある日私のところに怪しい店があると連絡が入った事に始まる。申告のあった住所へ行くと、リープがあった。そこで、柏木さんと出会った。柏木さんは先ほど説明があった一連の店の目的や、現状を正直に話してくれた。ただし、れっきとした犯罪行為も多々あった。すぐにでも逮捕状を請求出来るような証言もあった。ただ、俺はそれをしなかった。理由を伝えてもいいですか?柏木さん。」
「はい。問題ございません。」
里奈は承諾する。
「店で事情を聴取した最後に、映像を見せて頂いた。それは、その施設で暮らす子供たちの生活の記録だった。始めの方は日常の楽しそうな映像だ。公園で遊んだり、食事をしたり、ゲームをしたりする映像だった。だが、急に画面が薄暗い牢屋のような場面へと切り替わる。手術台の上に乗せられ、器具で固定された幼児が、意識があるまま、腹を裂かれ絶叫する映像。テレビゲームに出てくるような大きなハンマーで肋骨を砕かれ聞いたことのない鈍い音が流れる映像。頭蓋骨を外され、脳へ薬品を注射し、変色した部分を削ぎ落とす映像。そんな残酷の極みのような映像が延々と流れているものだった。私は目を覆いたくなった。それを見た後に、綿密に調べ上げられた施設のむごい記録をみて、私の正しさが崩壊していくのが解った。」
佐竹の話は長かったが理解が出来た。さらに続く。
「弱者を助けるために警察組織に入った私のするべき事が解らなくなっていた。もちろんその場だけで気持ちの整理がついたわけではない。柏木さんと何度かやりとりをしているうちに、徐々に自分のするべきことが見えて来た。国側の人間が全て悪いとは思わない。この世の中を本当に良くしようと考えている政治家もいる。ただ、柏木さんより見聞きした内容だけは見過ごすことはできなかった。私は、私自身の職務が何かを気にしている場合ではない事に気づいた。国に背いてでも救うべき弱者はその施設にいる。それで、私は柏木さんへ協力を申し出たんだ。」
俺は納得できた。佐竹が昨日店で襲ってきた男を捕まえなかった理由は、あの店で警察沙汰の事が起きれば、柏木の行動も明るみに出る。佐竹はそれを恐れていたのである。
「佐竹さん、ありがとうございます。私たちから伝えたいことは以上です。何か聞きたいことはありますか?」
俺は質問すべき事柄がないかを考えたが、思い当たる部分もなく理解できていた。
「いきさつは理解できたが、完全に信用したわけじゃないからな。」
「ええ、そこは致し方ないと思っております。」
「それで、俺たちはこれからどうすればいいんだ。」
柏木は、持ってきていた鞄から3つ、三種三様の鍵を取り出した。1つは金色で、まさに鍵といえばその形状を真っ先に思い浮かばせる形をした洋館の鍵。2つ目は、鍵といううよりは何かの仕掛けを外すための器具のような形状の鍵。最後の一つはカードキーだった。
「これです。」
「どういう事だ。」
「他の鍵はすべてあの店に置いてきてしまいましたが、ほとんどがダミーでした。重要な鍵は私が別で保管しておきました。これから、この鍵の合う部屋へ向かっていただきます。決まった日に茜と同じ能力を持った子が現れることになっていますから、まずはその子たちを匿う必要があります。」
「また、刺されるのかよ。痛い目見るのはごめんだぜ。お前たちでやればいいだろう。」
「乃蒼さんに断る権利はありません。この仕事は貴方から頂く対価となります。契約が成立している以上は実施頂きます。」
俺は、今置かれている状況下で対価もくそもないだろうと思った。だが、佐竹からの話は少なからず俺の心を動かしていたようだ。
「分かった。やるよ。」
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