第4話 ローストリープ

(誠に勝手ではございますが当店は閉店致しました。長らくのご愛顧ありがとうございました。リープ 本店 店主)


「ど・・・。」

「どういうことよ!」


 俺が言うより早く、茜が叫んでいた。

 翌日、朝から俺は茜と店にやって来たが、扉の前にはおかしな張り紙が張られている。


「閉店ってどういう事だよ!くっそ!開かない。」


俺は思い切ってドアへ体当たりした。


ドガン!!


 扉は勢いよく上部の蝶番を破壊して開いた。明かりがついていないせいもあり、中は薄暗く、昨日来た時の暖かい雰囲気は無くなっている。家具や小物の配置に変化は無い。ただ、所狭しと掛かっていた鍵はきれいに無くなっていた。俺はフロントの中に入り込み、引き出しを漁る。書類は残っているが、身元や手がかりとなるようなものは見つからなかった。電話があったが、今時黒電話で履歴を調べることは出来ない。部屋の中の一切を探したがその他にも俺たちの求めている情報という情報はきれいさっぱりと持っていかれているようだ。


「くそ!何一つ残ってねえ。お前、柏木の連絡先知らないのか?」


「・・・知らない。」


「使えねえなぁ。そうなると手がかりは名前だけか。偽名の可能性もあるな。もしそうだとしたらお手上げか。」


 呆然とその場に立ち尽くした。しかし、呆けている場合ではない。なるべく早く行動に移したほうが良い事は明白だった。ただ闇雲に動いても状況は打開できない。俺と茜は考えた。気が動転している事も相まって気の利いた対処が思いつかない。

 茜の顔を覗くと、眉間に皺を寄せて未だ何かを考えているようだった。

 ふいに茜が呟いた。


「おじさん。だめだ。すぐここ離れよう。」


「何か解ったのか!?」


「ううん、そうじゃない。」


 その時だった。「ジリリリリリリ。」電話が鳴った。


「だめ、出ないで!」


 茜が言った。


「何言ってるんだ。柏木の事を知っている人物からの電話かも知れないだろうが!」


「でも、、。」


 俺は茜の静止を無視して電話の受話器を取った。その瞬間、店の奥まった所へ空気が吸い込まれ、間髪入れずに轟音が響いた。


 どごぉおおん!!


 瞬時に棚やカウンターが破壊されガラス類は全てが割れた。とっさに俺も茜も目の前で腕をクロスさせて上半身を守るが、気休めにもならない。俺たちは吹き飛ばされ壁に激突した。背中に激痛が走り息ができない。視界は埃で真っ白になっていて、何が起きたかを理解出来ずにいた。恐らくは電話線に細工されていたのだろう。俺たちがここに来ることを見透かされていたという事だ。

 

「・・がっ!・・・がはぁ・・・。」


 なんとかぐうの音だけは出せた。「じりりりり」と今度は火災報知機のベルが鳴り出す。俺は何とか大丈夫そうだが、茜は。あいつは他人を治癒出来る能力があるが、自身はどうなのかはまだ聞いていなかった。


「茜!」


 隣で倒れている茜からは返事がない。気を失っているのか。


「くそ!救急車呼ばなきゃ!」


 しかし、爆発で俺の携帯はどこかに放り出されてしまったようだ。そうこうしているうちにフロントの奥から火の手が上がっているのが見えた。このままここにいるとまずい。


「まずい・・。一旦外に出ないと!」


 俺は茜を抱き上げた。茜の体重は子供とは言えど思っていたよりも軽く、まるで体の中にヘリウムガスでも入っているように力を使わずに抱える事が出来た。

 入口へ向かったが先ほどの爆風で開いた時とは逆の力が加わったようだ。扉が閉まっている。がちゃがちゃとドアノブを回すが開かない。先ほど蹴り壊してしまった事が仇となり通常の力の加減では開かないようにドア枠にいびつに挟まっている。再度体当たりしたが、茜を抱えている状態である事と、助走する距離が店側からだと少なく、徒労に終わる。右手に階段が見えた。入口からは脱出が出来ないと思い、俺は階段で上階に上がる事を考えたが、立ち上る煙が階段から次々と上階へ入り込んでいる。

 そしてこの躊躇いがさらに状況を悪化させた。既に高温となっていた階段の入口付近の木材についに炎があがり、上階へ向けて吹き抜けていた空気がその勢いを瞬時に増幅させた。


「くそ!!しまった・・・。」


 俺は自問する。


「どうする・・。」


 入口は物理的に扉が遮断している。一方で上階への階段は火と煙はあるが物理的には人が通過する事が出来る。


「そっちしか選びようがないか。これ以上迷う時間もねぇ・・。」

 

 茜の口を抑えた方が良いか迷ったが、それはそれで窒息の危険があるような気もした。頭を中心に極力全身を覆うように抱え込み、俺自身は走れる体制を整えた。整うや否や俺は炎に飛び込み階段を駆け上がった。


 勢いに任せて突っ切れば案外大丈夫なのではという憶測はあっけなく打ち砕かれた。階段を1、2段上がったところまでは想像通りだった。3段目、そして一つ飛ばして5段目。火を振り切れない。そして今まで感じたことのない熱波が俺を襲う。

 7段目で服を破り皮膚が燃焼している感覚が訪れ、狂いそうなほどの熱と痛みをあちこちに感じ出した。そこから上階に着くまでは記憶が飛んでいる。気が付けば俺は叫び声をあげながら上階の床を踏みしめ、目の前に現れた窓を蹴り開けていた。そして俺は茜を抱えたまま飛びおりる。


 どさ!


 俺は茜のクッションになるようにと、茜を腹に抱えたまま飛び降りたため背中から地面に叩きつけられた。


「ぐぅぅっ!」


 大通りには既に消防車や救急車が到着していた。


「ん、ううん・・。」


 飛び降りた衝撃がきっかけとなったのか、茜が意識を取り戻したようだ。良かった。死んではいない。


「ケホケホ。お、おじさん・・?」


「う、あ、あ・・・。」


 俺はかなりのダメージを負っていて言葉を発声出来ずにいた。息を吸ってはいるが肺が酸素を体内へ取り込もうとしない。それでも茜の容態が気になった。


「やだ。すごい火傷・・。」


 俺のダメージの重さに気づいた茜はブルーラインでやっていたようにぶつぶつと何かを唱えだした。徐々にではあったが感覚の無くなっていた全身へ触覚が戻っていった。そしてひゅうひゅうと音を立てていた呼吸も元に戻った。

 入口とは反対側の路地側の窓から飛び降りたこともあって救急隊はまだ俺たちに気が付いていない。

 

 俺は店に入る前の状態とほぼ同じ状態にまで回復した。


「もう、大丈夫そうね?」


「あ、あぁ。しかしその治癒能力ってやつは。刺し傷、擦り傷、火傷、なんでもありなんだな。髪の毛までついさっきのままだ。ところでお前は大丈夫なのかよ?自分も治せるもんなのか?」


「うん。まぁ、やり方は違うけど、簡単に言えば寝てれば人より早く治るの。」


「なるほどな。とりあえず、病院でも念のため見てもらったほうがいいんじゃねぇか。」


「だめ!病院は行かない。治るから大丈夫。とりあえず、この場から離れないと。」


「本当に大丈夫なのか?」


「うん。大丈夫。警察や病院で色々聞かれる方が面倒なことになるでしょ。」


 その通りだった。俺たちは気づかれないように通りに出てその場をやり過ごそうと思ったが、流石にボロボロになった衣服と煤のかかった顔を凝視され、引き留められた。


「まだ、中に人がいます!あたし達は大丈夫だからそちらを先に!」


 茜が気転を利かせた。隊員たちはこぞってそれはまずいと、まだ炎上しているビルへと向かって行った。

 

 爆破は証拠隠滅のためか、俺たちを殺すためか、柏木の仕組んだ事なのか。

 疑問は次から次へと出てくるが、整理する必要がある。俺たちのこれからの行動も考えなくてはならない。俺の全財産を吸い込んだパチンコ屋の前を通った時に、俺たちに向けられた視線を感じたが、あたりを見回してもそれらしい人間は見当たらなかった。


 俺たちは今一度家に戻る事にした。

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